いにしえの恋の歌を語るセーニャ

いにしえの時代より聖地ラムダに伝わるという悲しき恋の歌。初見はベロニカとセーニャの歌かな?と思いますが、矛盾している点がありますよね。

 

そもそも恋の歌であり、姉妹の絆の歌ではありません。そうなると、これは一体誰が誰を歌っている詞なのでしょうか?

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いにしえの恋の歌

こちらが全文です。

いにしえの恋の歌の歌詞1

いにしえの歌の歌詞2

では、考察してみましょう。

後の世もひとつの葉に生まれよ

ベロニカとセーニャは、双子でなければセニカの再来と呼ばれていたようです。実際に二人はひとつの葉で生まれなかったので、後の世もという部分はおかしい。

 

ですが、これがもしセニカが歌った詞だとさらにおかしな事になります。

 

セニカは誰とひとつの葉だったの?となりますのでね。

 

しかし、おかしな話ではないかもしれません。なぜなら、聖地ラムダにある聖画のローシュのパーティは三人ですよね?セニカらしき賢者はいません。

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涙と共に命を散らさん

この詞はベロニカの異変前のシーンに似ていますが、もっと似ているシーンと言われれば、忘却の塔でセニカが絶望で倒れた場面ですね。

 

ベロニカは大樹で泣いていません……。

 

その涙の玉ですが、なぜこの詞が涙と共に命を散らさんではダメだったのか?玉という言葉は涙を指してしるのか?

 

そこまで深くはないかもしれませんが、ドラクエ11の作りを考えると気になりますね。

かたはのきみよ

後の世も……ということは、その時はひとつの葉だったと思えます。しかし次の文章では、かたはのきみよと歌っています。

 

このような現象がロトゼタシアで起きたのは、ウラノスとウルノーガの二人ですね。でもこれは恋の歌なので、男女じゃないとおかしい。

(もしウラノスが化ける女性とこの歌の関係を疑うなら可能性は残りますが、それはないでしょうね。笑)

 

“かたはのきみ”なので、元々はひとつの葉が男女に分かれ、ロトゼタシアに存在していた事になりますね。

うつろう時に迷い、追えぬ時に苦しみ

これはもうセニカそのものですね。これでは元々ひとつの葉だったのは、ローシュとセニカになってしまいます。

 

本編では出てきませんが、ベロニカかセーニャがこのような思いをした可能性はありますね。

もがくてがいかに小さくとも

これはベロニカを歌っているように見えますが、おそらく自分の無力さを小さい手に例えて表現していると思います。

 

ローシュを失ったセニカ……ですかねぇ……。そうとは証明できないってばさ!

恋の歌はベロニカとセーニャ?それともセニカとローシュ?

ローシュはセニカに一目惚れしています。それは元々ひとつの葉だった時系列があったと仮定すると、再び出会った二人が運命を感じたのかもしれません。

 

ですが、この歌の二人は契りをかわしています。時系列で考えると、もしかすると一度の人生で行われたイベントではないかもしれませんね。記憶が重なっているかもしれません。

 

よってローシュとセニカの恋の歌と考えると、なくもない話に見えます。残る謎は、二人が一枚葉だったのか?ですね。

 

次はベロニカとセーニャ。

この二人の歌の場合、聖地ラムダの紋章が双子なので、いにしえの時代の歌でもあり得ます。ですが、恋の歌ですからね?これをくつがえせれば、ベロニカとセーニャの歌でいいと思います。

 

最後に大穴!笑
勇者とエマ

 

関連付ける事柄はありませんが、エマは重要人物であるにもかかわらず、あまりに関係する情報が少ないです。

 

そしてネルセンがエマとの結婚を願いにするほど、勇者にとっては大きな事でした。でも、この恋の歌と勇者・エマは全然繋がらないんですよね。

 

なので、ローシュ・セニカと考えるのがスムーズではないかと思っています。(本当に勇者とエマなら、それはそれで面白いけどね!)

 

ではでは

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