二宮(にのみや)のタイムリーでついに一点差となった西島(せいとう)高校対 梯(かけはし)高校の練習試合。木村(きむら)監督が動いた直後に始まった怒涛の四連打。

 

さらにノーアウト満塁で迎えるは、四番キャッチャーの九条(くじょう)。

 

しかし、西島(せいとう)内野陣は集まらなかった。各々が顔を見合わせ、大丈夫だと頷いていた。

 

九条(くじょう)は、ネクストバッターズサークルへ向かう前に木村(きむら)監督から貰ったアドバイスを頭に、左バッターボックスへ入った。

 

「四連打でノーアウト満塁。遠矢(とうや)、俺たちへの攻め方は変えないのか?」

「七回までこのままって言ったからね。変えるつもりはないよ」

 

(やはりそうか……だが、お前の計算はすでに狂っている)「なら……俺は俺のバッティングをするだけだ」

 

九条(くじょう)は冷静な表情で構えた。

初球、遠矢(とうや)は外のスライダーを選択したが、バッターの九条(くじょう)はピクリとも動かず見逃した。

 

「ボール」

 

二球目、またも遠矢(とうや)は外のスライダーを選択。だが、まるで初球のリプレイ映像のように九条(くじょう)は見切っていた。

 

「ボール。ツーボール」

(やはり変化球はボール……)

 

九条(くじょう)は遠矢(とうや)のミットに収まったボールも見ず、右手でバットを下から前へ出した後、同じ軌道で戻して両手で掴む。そのまま左肩にバットを置くと、マウンドの一奥(いちおく)をジッと見た。

 

「ふぅ……」と軽く息を吐いた遠矢(とうや)は、サインを出してインコースへ寄った。

 

続く三球目。わずかに沈むインコースのストレートを、遠矢(とうや)ボール球に選んだ。そして一奥(いちおく)が抜群のコントロールでサインに応える。遠矢(とうや)は九条(くじょう)の呼吸に合わせて一奥(いちおく)に投げさせたが、タイミングが合っていたにもかかわらず、九条(くじょう)のバットはピクリとも動かなかった。

 

「ボール。スリーボール」

 

再びバット左肩に置き、マウンドの一奥(いちおく)を見ていた九条(くじょう)の表情は、変わらず冷静なままだった。

 

(ここまでは木村(きむら)監督の読み通りだ。この俺の打席、遠矢(とうや)は満塁だというのにストライクを要求しない)

 

そして九条(くじょう)は、木村(きむら)監督の言葉を思い出していた。

 

“ 九条(くじょう)君、いいですかな?フォアボールで押し出しのこの場面ですが、遠矢君は君にストライクを要求しないでしょうな。スリーボールからの四球目は、呼吸をズラした変化球でしょう”

 

そして、九条(くじょう)が構える。

 

(監督はそれ以上言わなかった。満塁のスリーボールでストライクは来ない……後は俺次第ということか……)

 

四球目、遠矢(とうや)は九条(くじょう)の呼吸のタイミングを外した。だが九条(くじょう)は外されるとわかっていた。

 

ただ、向かってくるボールに対して完璧なスイングをする事に集中する九条(くじょう)。

 

そして一奥(いちおく)の投げたインコースのスライダーが、左バッター九条(くじょう)を背中から襲った。

 

(スライダー!インコースギリギリのボールか?)

 

その瞬間、予測した九条(くじょう)が驚く。スライド回転したボールは、予想以上に曲がっていなかった。

 

「!!」(遠矢(こいつ)。俺が逃げないと踏んでわざと狙いやがったのか!)

 

遠矢(とうや)は満塁でスリーボールの状況を作り、曲がりきらないスライダーのビーンボールを要求していた。

 

(やはり九条(くじょう)はビーンボールでも打ちにきた。でもこれなら……)「なっ!?」

 

今度は遠矢(とうや)が驚いた。遠矢(とうや)の予測を九条(くじょう)が超える。

 

踏み出した右足で斜め後ろへステップし、着地した左足に体重を乗せた九条(くじょう)はそのままスイングした。

 

「うおぉぉぉ!」

 

グラウンドに快音が響く。ビーンボールを得意のインコースのスライダーにとっさに変えた九条(くじょう)は、流れるようなスイングで見事に打ち返した。

 

マスクを外し、立ち上がって右中間へ飛んだ打球を見た遠矢(とうや)は、「要(かなめ)~!」と叫んだ後、一塁へ走る九条(くじょう)を見た。

 

(やられた……まさかビーンボールまで読まれていたとは思わなかった……)

 

ありえない勝負を制した九条(くじょう)へのご褒美かのように、右中間へ上がった打球が風に乗る。

 

フェンスオーバーはないと判断したライトの鶴岡(つるおか)はクッションボールに備え、打球を直接捕りにいったセンターの要(かなめ)は、右手では届かないと判断し、左用グローブを左手にはめた。

 

しかし、九条(くじょう)の打球はフェンスをギリギリ越えようとしている。

 

センターの要(かなめ)は、右足でジャンプしてフェンスに登った。高さ1メートル程のフェンスの上へ着地し、左足一本でフェンスの向こう側へ飛ぶ。

 

そして、捕球後に右手でグラウンド内へボールを放り込む作戦の要(かなめ)が、斜め上へ飛びつき懸命に左腕を伸ばした。

 

「あれあれ?」

 

要(かなめ)のグローブは打球に届いたが、逆手であったのが不運だった。ホームランこそ防いだが、弾いたボールはフェアグラウンドのフェンス際にポトリと落ちた。

 

フェンスから少し離れてクッションボールを待っていたライトの鶴岡(つるおか)が、すぐにフェンス際へボールを拾いに行く。

 

その間、同点・逆転、そして打った九条(くじょう)は打球を見て二塁を回った。

 

ボールを拾い、中継のセカンド仟(かしら)へ鶴岡(つるおか)が返球したのと同時に、再びフェンスを登った要(かなめ)が叫んだ。

 

「仟(かしら)~!ホームバックー!」

 

仟(かしら)のグローブにボールが届いた時、一塁ランナーの二宮(にのみや)がホームインし2点差。そして九条(くじょう)は勢いに乗って三塁を回った。要(かなめ)の声で迷いなく仟(かしら)バックホームする。

 

(ノーアウトなのに三塁で止まらない?これは暴走、刺せる!)

 

仟(かしら)は九条(くじょう)のチャレンジに驚きながらも、強く腕を振ったん

 

暴走に見える九条(くじょう)が三塁を回ったのは、三塁ベース手前で目にした木村(きむら)監督が、ベンチから嬉しそうに右腕を回していたからだった。

 

(あの監督にあんな顔をされたら、期待に応えるしかないだろ!ここは勝負だ!)

 

九条(くじょう)がホームへ目をやると、遠矢(とうや)はホームベースの前に立ち、一奥(いちおく)はホームベースの後ろに立っていた。

 

(俺以外のランナーはいない。後ろへボールを逸らしてもカバーのいらない状況ならではの作戦か!)

 

そして、二人の姿を木村(きむら)監督も見ていた。

 

(一奥(いちおく)君が邪魔で、九条(くじょう)君は右に回り込みにくい。一奥(いちおく)君が捕れば、タッチに突っ込むようなものですな。左はもっと無理です。返球に近い遠矢(とうや)君のタッチの餌食になりますな。これで九条(くじょう)君の進路は、がら空きの直線へ二人に絞らされてしまった)

 

そして、仟の投げたボールがホームへと返ってくる。それに合わせて遠矢(とうや)と一奥(いちおく)が構えた姿に、九条(くじょう)は吠えた。

 

「うおぉぉぉ!」(どっちが捕ろうが関係ない!真っ向勝負だ!)

 

ワンバウンドになった送球に、遠矢(とうや)は左向きで捕球体勢に入った。

 

足から真っ直ぐ突っ込んだ九条(くじょう)は、遠矢(とうや)が捕ればアウトのタイミング。だが九条(くじょう)は本能的に遠矢(とうや)のタッチをさける為、一奥(いちおく)のいる右側へ無理矢理方向を変えて回り込んだ。

 

(やはり捕るのは遠矢(とうや)。もらったぁ!)

 

その瞬間だった。回り込んだ九条が「なにっ!」と驚く。

 

ボールは構えた遠矢(とうや)のミットをスルーし、後ろにいた一奥(いちおく)のグローブに収まった。遠矢(とうや)が横目で一奥(いちおく)を見る。

 

(任せた!一奥(いちおく))

 

キャッチした一奥(いちおく)へ突っ込んでくる九条(くじょう)に、一奥(いちおく)はニヤリと笑った。

 

「もらったぜ!九条(くじょう)」

 

一奥(いちおく)がタッチに行った。

 

(まだだ!)

 

九条(くじょう)は、右足を前にスライディングをしたその足を地につけ、左へ頭から飛びこんだ。

タッチに行った一奥(いちおく)の右手はかわされ、九条(くじょう)はうつ伏せのまま右手でホームベースを狙う。

 

一奥(いちおく)も右手を伸ばしながら、九条(くじょう)の右手へと飛んだ。

 

その時、九条(くじょう)は空中で右手をひっこめ、右回転にあお向けになると、今度は左手でホームを狙った。

 

二人が並んで倒れこみ、見上げた九条(くじょう)と振り向いた一奥(いちおく)が球審に目をやった。砂ぼこりが去ったその時、審判の手が動いた。

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木村が動けば試合が決まる

「セーフ!」

「しゃあ!」

 

右腕でガッツポーズをした九条(くじょう)が立ち上がると、ホームインした二宮(にのみや)、七見(ななみ)、五十嵐(いがらし)と順番に右手でハイタッチをした。

 

結果は、九条(くじょう)の意地のランニング満塁ホームラン。

 

膝をついた遠矢(とうや)は、「やっぱりすごいね。木村(きむら)監督のリミットは……」と、隣に座る一奥(いちおく)に笑顔で言った。二人は、ベンチへ下がる四人を満足そうに見ていた。

 

「やられたな。元上橋(あいつら)と木村(タヌキ)監督が組むと、このままじゃ手がつけられねぇな」

「本当だよ。ここまで見事に読みきられたのは、木村(きむら)監督が初めてだね。さすがだよ」

 

「まぁ、あの監督が普通じゃないなんてのは、半年前のセレクションでも知ってただろ?」

「アハハ、だよね」

 

立ち上がった遠矢(とうや)と一奥(いちおく)は、マウンドへ向かいながら話していた。するとそこへ、自然に内野陣が集まってきた。

 

マウンドへ歩く二人に笑顔を向けたのは、セカンドの仟(かしら)だった。その顔に一奥(いちおく)は、申し訳なさそうに左の掌を向けた。

 

「仟(かしら)、悪い。アウトのタイミングだったんだけど、セーフになっちまった」

 

気にした様子のない仟(かしら)が一奥(いちおく)に首をかしげると、話し始めた遠矢(とうや)に目を向けた。

 

「仟(かしら)、僕がスルーしなかったらどうだったかな?」

 

仟(かしら)は、「う~ん」と両腕を組んで目を上へ向けた。

 

「そうですね。どちらと言うより、クロスプレーを見てドキドキはしましたよ?あのような守備体系を見たのは、私初めてですから!」

 

思い出しながら話す仟(かしら)は、少し興奮気味だった。すると、一奥(いちおく)の前にファーストの杉浦(すきうら)が腕を組んで立った。

 

「一奥(いちおく)、あれは俺でもホームランだったぞ」

「はぁ?ないない。だって杉浦(すぎうら)先輩は鈍足じゃん」

 

「バカめ。俺の打球なら要(かなめ)のグローブごとホームランだ!ガハハ!」

 

上機嫌の杉浦(すぎうら)に、一奥(いちおく)は冷たい目線を送っていた。

 

(今度練習で、杉浦(すぎうら)先輩にビーンボール投げてみようかな……)

 

そんな中、マウンドに集まる西島(せいとう)内野陣を見ていた前西島高校監督の木村(きむら)は、微笑みながらも複雑な心境でいた。

 

(失点後に言い合いばかりしていた彼らが、この場面を笑顔で話すようになるとは……これが去年の夏に……。いけませんなぁ。梯(かけはし)高校の監督の私が、今考える事ではありませんな……)

 

そして、ショートの神山(かみやま)が少し呆れた表情で遠矢(とうや)に話しかけた。

 

「遠矢(とうや)、後何点取られる予定だ?」

「予定ですか?そろそろ神山(かみやま)先輩のファインプレーが見れるかな?とは思っていますよ?」

 

遠矢(とうや)の笑顔に、神山(かみやま)もニコリとした。

 

「面白い。ならドンドン打たれろ!俺の守備で止めてやる」

 

その姿に、一奥(いちおく)は笑った。

 

「アハハ、こりゃ楽しみだ。頼むぜ!キャプテン」

「あぁ。このグラウンドで野球を楽しむのは、お前らだけの特権ではないからな」

 

すると、右手で自分の顔を指差したサードの村石(むらいし)が一奥(いちおく)と神山(かみやま)の間に入った。

 

「俺も忘れんじゃねぇぞ、神山(かみやま)」

「当たり前だ。よし、行くぞ!」

 

『おーぅ!』

 

キャプテン神山(かみやま)号令で守備に戻る西島(せいとう)内野陣の姿は、初回とはまるで違うチームになっていた。

 

逆に3点のリードを奪われ、また追う立場になった西島(せいとう)高校。だが、ベンチにも気を落とす者はいなかった。

 

ベンチメンバーたちは、紀香(のりか)監督が檄を飛ばさなくても自然に声が出ていた。それを横目で嬉しそうに見ていた紀香(のりか)監督は、視線を木村(きむら)監督へ移した。

 

(木村(きむら)が動けば試合が決まる……か。今の梯(かけはし)高校は、かつての西島(せいとう)野球そのもの。これで木村(きむら)監督は、完全復活のようね)

 

微笑んだ紀香(のりか)監督は、三塁ベンチから笑顔でグラウンドを見つめる梯(かけはし)ナインに心地よい懐かしさを感じていた。それと同時に、西島(せいとう)ナインにも同じものを感じ始めていた。

 

そして、五番の八木(やぎ)がバッターボックスへと歩いていく。

 

(木村(きむら)監督の指示は変わらない。まだまだ行くぜ!西島(せいとう)高校)

 

八木(やぎ)がバットを構え、遠矢(とうや)のサインに頷いた一奥(いちおく)は、セットポジションから投げた。呼吸を外された沈むストレートに、八木(やぎ)はニヤリとスイングに入った。

 

(一奥(いちおく)、この球はもう通用しないぜ!)

 

インハイをコンパクトに振り抜いた八木(やぎ)の打球は三遊間を襲い、サード村石(むらいし)が対応する。

 

(抜かせるかぁー!)「くそっ!」

 

飛びついた村石(むらいし)は、グローブに当てるのが精一杯だった。

 

「任せろ!」
「神山(かみやま)ぁ!」

 

村石(むらいし)がはじいて小フライになった打球を、ショート神山(かみやま)が素手で捕ってそのままジャンピングスロー。

 

「アウト」

 

「よし!」と、軽く右手を握る神山(かみやま)に村石(むらいし)は、「お前、有言実行すぎるぜ!」と、うつ伏せのまま笑顔を向けた。

 

このプレーを一番喜んだのは、一塁カバーからホームへ小走りで戻る遠矢(とうや)だった。

 

「村石(むらいし)さん、神山(かみやま)さん、ナイスプレー!」

 

そして遠矢(とうや)は、ホームから西島(せいとう)ナインに右の人差し指を上げながら声をかけた。

 

「ワンアウトー!」

 

この時、梯(かけはし)高校監督の木村(きむら)は、少し難しい顔をしていた。

 

(この回最低でも打者一巡と考えていましたが……早くも流れを切るプレーが出るとは思いませんでしたなぁ)

 

だがその顔もつかの間。木村(きむら)監督はグラウンドを見ながら微笑んだ。

 

「ホホッ……」(そうでした。相手は新たに誕生した、西島(せいとう)野球でしたな)

 

八木(やぎ)のアウトに腰を浮かせていたが、木村(きむら)監督は静かに座り直した。そして、打ち取られた八木(やぎ)は悔しがりながら戻ってきた。

 

「くそっ」

 

その姿を、ネクストの三好(みよし)が笑顔で出迎えた。

 

「いい当たりだったぞ」

「三好(みよし)。奴らの攻めは変わっていない。頼むぜ」

 

「あぁ、任せろ!」

 

そして、六番の三好(みよし)が打席に立った。

 

「さぁ、来いや!一奥(いちおく)」

 

叫んだ三好(みよし)の姿に、マウンドの一奥(いちおく)は微笑んだまま唇を噛んだ。

 

(粋がるなよ、三好(みよし)。……って言いたい所だけど、まだ打たれるんだよな……)

 

一奥(いちおく)がセットから投げた。

 

(みんな……頼んだぜ!)

 

呼吸を外した沈むストレートが、三好(みよし)の得意なアウトコースを襲う。

 

(コンパクトに振り抜く!)

 

流し打ちした三好(みよし)の打球は、一・二塁間を襲った。守備範囲が極端に広いセカンドの仟(かしら)だが、芯を捉えた三好(みよし)の球足がいい。

 

仟(かしら)は、一・二塁間の深い位置にダイビングで止めるのが精一杯だった。

 

(ここままでは間に合わない)

 

仟(かしら)はうつ伏せのまま左手にはめたグローブを外し、寝そべったまま左手でボールを一塁へ投げた。

 

「なにぃ?」

 

仟(かしら)の動きを見た三好(みよし)は、とっさにヘッドスライディングへ切り変えた。

 

「アウト!」

 

間一髪アウトにした仟(かしら)は、「やった……」と小さく呟きながら立ち上がった。すると、ファーストの杉浦(すぎうら)がすぐに叫んだ。

 

「ナイスだ!仟(かしら)!」

「はいっ!」

 

仟(かしら)が笑顔で応えると、マウンドの一奥(いちおく)も興奮していた。

 

「おぉ!仟(かしら)、あのまま左で投げるのかよ!お前器用過ぎるだろ!」

「これも、左利きの要(かなめ)のせいですから」

 

照れるのをごまかすように、仟(かしら)は一奥(いちおく)を見ながら守備位置へ戻った。

 

「仟(かしら)~!ナイスプレー!ツーアウト、ツーアウト!」

 

再びナインに声をかけた遠矢(とうや)の姿は、紀香(のりか)監督の目を丸くさせた。

 

(二連続ファインプレー……でも、これが野球と言えば野球よね。悪い流れを断ち切れば、その流れがさらなる好プレーを引き寄せる。西島(ウチ)も負けてないわね!)

 

その視界を、打ち取られた三好(みよし)が悔しそうに通りすぎる。紀香(のりか)監督は、その姿を目で追っていた。

 

(バッターが本気なのは間違いない。木村(きむら)監督の作戦を実行しての結果と、あの姿が物語ってるわ。それにしても、遠矢(とうや)はどこまで計算して試合を作っているのかしら……)

 

紀香(のりか)監督が微笑む中、三好(みよし)の前にネクストの六川(ろくがわ)がきた。

 

「三好(みよし)、お前の一塁へのヘッドスライディングなんて初めて見たぞ」

「ああ?……まぁ、そう言われるとそうだな。よくわかんねーけど、熱くなって気がついたら飛んでたわ」

 

「そうか。でも俺は嫌いじゃねぇけどな」

「誉めてもらっても悔しいな。ここで終わるなよ、六川(ろくがわ)!」

 

「当たり前だ!」

 

しかし、五連打から二つのファインプレーの結果に、流れを戻そうとした六川(ろくがわ)は力んでしまった。

 

「くっ……」

 

平凡なセンターフライが要(かなめ)に飛ぶ。だが、落下点に入った要(かなめ)にグローブを出す気配がない。そして、ボールはそのまま要(かなめ)の後ろを通過してしまった。

 

「アウト!チェンジ」

「エヘヘ」

 

ベンチへ戻る途中、背面キャッチをした要(かなめ)は仟(かしら)に怒られた。

 

「もう!普通に捕ってよ」

「だって、ファインプレーに見せたかったんだもん」

 

「背面キャッチは遊びなの!」

「えへへ」

 

そんな二人を、笑顔の遠矢(とうや)がベンチ前で出迎えた。

 

「まぁまぁ、仟(かしら)。二桁取られる予定が、半分で終われたんだから」

 

その瞬間、要(かなめ)は口を丸くし、仟(かしら)は驚いた。

 

「遠矢(とうや)さん?二桁取られる予定だったのですか?」

「うん。もう十数年前の言葉だけど、木村(きむら)が動けば試合が決まる!って、聞いた事ないかな?」

 

「あー!知ってます。要(かなめ)と西島(せいとう)高校をネットで調べていた時、どこかのサイトで見ました。そうですか、この回がそうだったのですね……ハッ!」

 

仟(かしら)は、ショックを受けた顔をしながら固まった。

 

(木村(きむら)監督が動き、そして逆転を許した。それは名言通り、確か試合終了を意味していたはず……)

 

仟(かしら)の頭は、自然に下がった。

 

「遠矢(とうや)さん……それではこの試合……西島(ウチ)の負け、ですか?」

「だね……」

 

仟(かしら)は肩を落としたままベンチへ座り、遠矢(とうや)は隣に座った。

 

「常勝だった西島(せいとう)高校が負ける時は、木村(きむら)監督が動いても逆転出来なかった時だった。木村(きむら)監督は、相手の心を折る組み立てをするからね。選手を深く知り、分析した上で作戦をチームに授ける。そして一気に逆転する。そんな醍醐味のある試合が甲子園を盛り上げていたし、僕も憧れた。だから木村野球にチャレンジしたんだけどね。想像以上だったよ」

「遠矢(とうや)さん……」

 

肩を落としたままの仟(かしら)がチラッと遠矢(とうや)見ると、両肘を膝につけて手を組み、下を向いていた。

 

その姿に仟(かしら)は、すぐに正面を向いて小さくため息をついた。目を閉じた仟(かしら)の耳に、遠矢(とうや)の参ったような声が入った。

 

「相手チームも、木村(きむら)監督が動くまでは何点リードしていても油断する事はなかった。そして観客は、木村(きむら)監督が動くと連打連打の猛攻が始まると知っているから、今か今かと興奮してた。追い付けないと誰もが思う点差の試合を、当時の西島(せいとう)高校はことごとく逆転していたね」

 

そんな二人の姿を、三塁ベンチの木村(きむら)監督は見ていた。そして、空を見つめた。

 

(五連打で終わりましたが、懐かしい感覚でしたなぁ。思えば上手くいかない試合が重なり、私は年齢からくる衰えと思っていました。この試合は、これで決した事にはなりましたなぁ……)

 

その時、仟(かしら)が立ち上がり、頭を下げたままの遠矢(とうや)と向かい合った。

 

「でも遠矢(とうや)さん。わかっていたのなら、逆転の策はありますよね?」

 

仟(かしら)の目は、遠矢(とうや)に策はあると言って欲しいように訴えていた。だが顔を上げた遠矢(とうや)の目には、それに応える力はなかった。

 

「仟(かしら)、ネクストバッターだよ?」

「遠矢(とうや)さん!」

 

叫んだ仟(かしら)から視線を外した遠矢(とうや)は、ペットボトルの水を一口飲んで再び頭を下げた。

 

「策は……ないよ……」

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