遠矢(とうや)がホームへ戻ると、一奥(いちおく)は九条(くじょう)を挑発した。

 

「なぁ九条(くじょう)。お前には土産を開けて帰ってもらうぜ」

「なんだそれは」

 

「開けて欲しい奴がたくさんいるって事だよ」

「そんなものは簡単だ……破ればいい。」

 

九条(くじょう)が構え、一奥(いちおく)が投球モーションに入った。

 

「その通りだ!」

キン「ファール」

 

(速いな……)

 

九条(くじょう)がバットを見つめていると、再び一奥(いちおく)が叫ぶ。

 

「九条(くじょう)。三塁ベンチで土産を持って帰った奴らが見てるぜ?」

「フッ。やはりお前は、俺たちのバッティングを鍛えていたんだな」

 

「さぁな……」

 

一奥(いちおく)が二球目を投げる。

 

「俺は勝負が好きなだけだ!」

キン 「ファール」

 

リプレイのように、打球がバックネットに突き刺さる。押し負ける九条(くじょう)は、足場を強く固めた。

 

(小細工のない、ただのインハイのストレート……フフッ、面白い)

 

そして、帽子を拾った一奥(いちおく)がニヤつく。

 

「なかなか開かねぇなぁ、九条(くじょう)。次で終わりだぜ?」

「開けてやるさ」

 

一奥(いちおく)が三球目の投球モーションに入った。

 

「九条(くじょう)。お前が開けないなら、後三十年俺の球は打てないぜ!」

 

パキーン!

 

「おお!」

 

声を出した木村(きむら)監督は、九条(くじょう)の打球を見てベンチを飛び出した。打球は、校舎の屋上から試合を見ていた西島(にしじま)理事長目指して飛んでいく。

 

そして、屋上のフェンスを越えた。

 

パシッと音をたて、西島(にしじま)理事長は直接左手で九条(くじょう)のホームランボールを掴んだ。

 

「フフッ……」(伝説か……見事なホームランだ)

 

西島(にしじま)理事長は、掴んだボールを見ながら懐かしい思い出に浸っていた。

 

そして、一塁を回った九条(くじょう)がマウンドの一奥(いちおく)に話しかける。

 

「一奥(いちおく)。この試合、俺はまた1つ限界を超えた。礼を言うぞ」

「今のまま公式戦で当たっても、つまらないだけだ」

 

「フッ」と笑った九条(くじょう)とすれ違うように、セカンドの仟(かしら)が笑顔で一奥(いちおく)の下へ来た。

 

「やっぱり伝説は本当だったのですね?」

「だな。仟(かしら)に言われて何度も挑戦したけど、マジで届くとは思わなかったからな」

 

「一奥(いちおく)さん、見て下さい」

「ん?」

 

仟(かしら)が指差したのは、三塁ベンチ前に出ていた木村(きむら)監督。正に、開いた口が塞がっていなかった。その表情に、再び仟(かしら)が「フフッ」と笑った。

 

「あの顔を見ると、木村(きむら)監督は生涯二本目の屋上ホームランだとわかりますね?」

「西島一(にしじまはじめ)の伝説か……。すげぇバッターだったんだろうな。対戦出来ないのが残念だ」

 

そこへ、木村(きむら)監督を見つめていた遠矢(とうや)が歩いてマウンドへ来た。

 

「一奥(いちおく)、伝説達成おめでとう!」

「遠矢(とうや)、俺じゃないんだけど……でもさ、これで屋上に届くってわかったんだ。俺たちもまた挑戦しようぜ!」

 

「そうだね。……まぁ、息子の白城(しらき)さんならやりそうだけど」

「遠矢(とうや)、白城(しらき)は右バッターだぞ?」

 

「え?それは一奥(いちおく)らしくない言葉だね。僕には無理って聞こえるけど?」

「アハハ、確かにそうだな。白城(あいつ)なら、右でも屋上ホームランを打つかもしれねぇ」

 

すると、仟(かしら)が閃いた顔をした。

 

「この回の裏に、白城(しらき)さんに回りますよ?」

『おぉー!!』

 

二人が嬉しそうに声を合わせた。そして一奥(いちおく)が続ける。

 

「あいつらに土産も開け方もやったし、三十年前の伝説も本当になった。夏の廃部はゴメンだからな。さっさと終わりにして、白城(しらき)の屋上サヨナラホームランと行こうぜ!」

「それはいいけど、サヨナラにするなら仟(かしら)か要(かなめ)が塁に出ないとね?」

 

「はい。要(かなめ)がダメでも私が出ます!」

「頼もしいぜ!よっしゃ、じゃあ行くぜ!」

「はい!」「うん!」

 

九条(くじょう)がホームインし、二人は守備位置に戻った。三塁ベンチ前の木村(きむら)監督は、屋上の西島(にしじま)理事長に心で話しかけていた。

 

(西島(にしじま)君、思い出しますなぁ。結局、君以外屋上(あそこ)まで飛ばすバッターはいませんでした。そもそも、普通は届くと思いませんがな……)

 

そこへ、九条(くじょう)がベンチに戻ってきた。

 

「監督、どうしましたか?」

「いえ……。九条(くじょう)君、本当に懐かしいプレゼントでした。私の長い監督人生で、あの屋上フェンスを越えたのは君が二人目なのですよ」

 

「そうですか」

 

話を聞いた九条(くじょう)は、ようやく一奥(いちおく)の言葉の全ての意味を理解した。

 

「フッ……八木(やぎ)、お前まで一奥の土産を持って帰る必要はないからな」

「おう!」

 

九条(くじょう)のスイングを見た五番の八木(やぎ)は、気合い十分で打席に立った。真っ向勝負の一奥(いちおく)に対し、八木(やぎ)もフルスイングで応える。しかし、初球、二球目とファールになった。

 

「一奥(いちおく)、俺たちは九条(くじょう)についていく。九条(くじょう)が打ったなら、俺も打つ!」

「当たり前だ!夏は俺に……土産を持って来いよ!」

ズバーン「ストライクバッターアウト!チェンジ」

 

「くっそぉー!」

 

三球空振り三振した八木(やぎ)が悔しがる。その姿に、一奥(いちおく)はマウンドを下りながら声をかけた。

 

「まぁ、受け取る気はねぇけどな」

 

懐かしい梯(かけはし)ナインの姿に、一奥(いちおく)は夏が楽しみになった。

 

「これで一点リードだ!試合を終わらすぞ!」

『しゃーぁ!!』

 

九条(くじょう)のかけ声で、梯(かけはし)ナインがグラウンドに散る。十回の裏、西島(せいとう)高校は一番センター要(かなめ)から始まる。

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梯高校戦決着

攻撃前、西島(せいとう)高校はキャプテンの神山(かみやま)を中心に円陣を組んだ。

 

「いいか!とにかく塁に出でて繋ぐぞ。松原(まつばら)のオーバースローも頭に入れておけ!」

 

その言葉に遠矢(とうや)が続く。

 

「一奥(いちおく)に投げたのはナックルカーブです。一応、サイドからのナックルカーブもあると思っていて下さい」

 

遠矢(とうや)が話を終えると、神山(かみやま)がかけ声を合わせた。

 

「西島(せいとう)~fly!」『high!!』

 

中腰の姿勢から、全員が右手を高々と上げた。そして、要(かなめ)がバッターボックスへ向かう。

 

「要(かなめ)!出ろよ!」
「この回でサヨナラだ!」
「西島(せいとう)の粘りを見せてやれー!」

 

(これは、期待大大だね)

 

バッターボックスに立った要(かなめ)は、くのいち打法の構えではなかった。その姿に、一奥(いちおく)と隣り合わせで座る遠矢(とうや)が話しかけた。

 

「いい判断だね!」

「あぁ。小山田さんや遠矢(とうや)の粘りのおかげで、俺も松原(まつばら)からナックルカーブを引き出せたからな。ヘトヘトの松原(まつばら)なら、要(かなめ)は楽勝だ!」

 

二人が話す中、投球モーションに入った松原の左足に要の右足がシンクロする。それを見て、二人は思わず叫んだ。

 

『一本足打法!』

 

だが、サイドから投げられたスライダーに要(かなめ)は大振りした。

 

二人はすぐに仟(かしら)を見る。すると、ネクストの仟(かしら)は右手で頭を抱えていた。その姿に、一奥(いちおく)と遠矢(とうや)が苦笑いした。

 

「遠矢(とうや)……」

「うん……。要(かなめ)の狙いは、伝説の屋上ホームランだね……」

 

「だけど、要(かなめ)ならやるかもしれないぞ?」

「確か、校舎の壁が最高だったよね?」

 

そう遠矢(とうや)が言った瞬間、二球目を捉えた要(かなめ)の快音が響いた。

 

「いったぁ!」

 

一奥(いちおく)は叫び、遠矢(とうや)とベンチを乗り出してライトへ上がった打球を見た。高々と上がった打球の角度はいい。

 

しかし打球は失速。フェンス手前でライト三好(みよし)のグローブに収まった。

 

笑顔で悔しがる要(かなめ)がベンチへ戻ると、一奥(いちおく)が「惜しかったな!」と、声をかけた。

 

「バットの先かな?」

「うん、思ったよりボールが来なかった」

 

遠矢(とうや)に苦笑いを向ける要(かなめ)
。しかしそれは、ピッチャー松原(まつばら)の体力の限界を表していた。

 

すると言葉通り、仟(かしら)が初球のシュートを難なくレフト前へコンパクトに運んだ。

 

「なら、こうなるわな」

 

一奥(いちおく)は、当然といった表情で仟(かしら)のヒットを讃えた。隣に座る要(かなめ)も、「さすが仟(かしら)」と、拍手をしていた。

 

「要(かなめ)、次は白城(しらき)だ。試合が決まるぞ!」

「アハハ。仟(かしら)が抜かれなきゃね!」

 

サヨナラの期待を胸に、一奥(いちおく)たちはベンチから乗り出して試合を見始めた。

 

一方、キャッチャーの九条(くじょう)は苦しんでいた。

 

(ここで白城(こいつ)か。確か名字は西島(にしじま)。それなら前の打席のホームランも納得できる。木村(きむら)監督の言ったバッターの息子だろう。本来なら、歩かす場面。だが……) 「球審、タイムを」

 

九条(くじょう)は、マウンドに全員を集めた。外野までマウンドに集まる異様な光景に、一奥(いちおく)は首をかしげた。

 

「なんだ?九条(くじょう)の奴、外野まで集めたぞ?」

 

それに遠矢(とうや)が応える。

 

「一奥(いちおく)。もしかすると、二塁に一人置いて後はみんな外野に置くかもしれないよ?」

 

「それ、遠矢ならやりそうだな……」

 

二人が見守る中、九条(くじょう)が話を始めた。

 

「試合を含め、ここまで俺たちには色々あった。全てを踏まえて、お前らの気持ちを確認しておきたい」

「変わらねぇよ。九条(くじょう)」

「五十嵐(いがらし)……」

 

五十嵐(いがらし)は、両手を後ろに回してニコリ九条(くじょう)へ笑みを送る。

 

「そうだな。結局この試合も17対16の泥試合だしな!」

 

さらに笑いながら言ったのは、ファーストの八木(やぎ)だった。続いて他のメンバーも、同じような言葉を発する。

 

九条(くじょう)の決意は固まった。

「そうだな。俺たちは泥試合に全国で一番慣れている。そして全て制した。勝つのは……」

『俺たちだ!』

「フッ……」

 

内外野はそれぞれのポジションへ戻り、九条(くじょう)は一人にしてしまった一奥(いちおく)に心の中で謝罪した。

 

(すまなかったな、一奥(いちおく)。だがお前は不思議な奴だ。今のお前には、俺たちとは違う素晴らしい仲間がいる。そして、お前への謝罪は野球で返す!松原(まつばら)を、チームの九人目としてな)

 

九条(くじょう)と一奥(いちおく)の目が合う。二人は一瞬だけ、微笑み合った。そして、九条(くじょうが松原(まつばら)の肩に手をやる。

 

「松原(まつばら)、梯(かけはし)高校は攻撃のチームだ。それは守備も同じ。白城(あいつ)に、ホームランの借りを返せよ」

「当たり前だ!俺はな、チーム1の負けず嫌いなんだよ」

 

「フッ……。信じているぞ。松原(まつばら)」

 

去り際、九条(くじょう)は野球人生で初めてピッチャーに信じると言った。それは決して、任せるという弱気な意味ではない。

 

天才と呼ばれ、ある意味孤独だった九条(くじょう)という一人の野球バカが、本当の野球を始めたという意味だった。

 

ホームへ戻った九条(くじょう)に、バッターボックスに立つ白城(しらき)が話しかける。

 

「俺にダイエットはさせるなよ?」

「愚問だ。梯(かけはし)に守りはない」

 

「上等だ」

 

白城(しらき)が構え、九条(くじょう)は外からストライクになるシュートを要求した。ストライクの球を、白城(しらき)は見送った。

 

白城(しらき)すでに、ピッチャー松原(まつばら)の球は把握している。九条(くじょう)も承知しているが、臆することなく二球目も同じ球を要求した。

 

「ストライクツー」

 

またもや見逃した、白城(しらき)が、ここで打席を外した。

 

「九条(お前)、わかってんだろ?」

「あぁ、わかっている。白城(お前)はリミッターだ」

 

「なら……それでいい」

 

九条(来ると)は白城(しらき)を打席に迎えた時から、サヨナラを覚悟していた。

 

どのコースに何を投げても、今の松原(まつばら)ではホームランを打たれる。

 

梯(かけはし)ナイン全員を集めたのは、自分たちの野球を貫いて、負ける確認の為でもあった。

 

その先を見る為に……。

 

三球目、九条(くじょう)はオーバースローでのど真ん中のストレートを要求した。

 

そのサインに、松原(まつばら)は首を横に振らなかった。

 

セットポジションから、松原(まつばら)は残る力の全てを込めて、おもいっきり腕を振る。

 

今日最速の141キロが、真ん中に構える九条(くじょう)のミットに迫る。

 

そして白城(しらき)が打撃体勢に入り、スイングが開始される。

 

九条(くじょう)は、あの見事なホームランを見届けようとボールに集中していた。その時だった……

 

ズバーン!「ストライクバッターアウト!」

 

九条(くじょう)には、何が起こったのかわからなかった。収まるはずのないボールが、ミットの中に入っている。そのまま白城(しらき)を見上げると、ヘルメットで目元は見えないが、白城(しらき)は歯を食いしばっていた。

 

下を向いた白城(しらき)が、無言でベンチへ戻る。納得のいかない一奥(いちおく)はベンチを飛び出そうとした。

だが隣にいた遠矢(とうや)が、左手で一奥(いちおく)の右手首を掴んで止めた。

 

すれ違ったネクストの杉浦(すぎうら)も、深刻そうな白城(しらき)に声をかけなかった。

 

誰も動けず、沈黙する西島(せいとう)ベンチ。白城(しらき)はベンチへ戻ると、バットとヘルメットを片付けて外へ出た。

 

白城(しらき)が水道から水をかぶる激しい音がする中、杉浦(すぎうら)の打球がセンター七見(ななみ)のグローブに収まった。

 

延長十回、17対16。

 

勝った梯(かけはし)ナインが喜ぶ中、キャッチャーの九条(くじょう)はベンチの外にいる白城(しらき)の背中を見ていた。

 

試合終了……。

 

西島(せいとう)高校は、梯(かけはし)高校に破れた。

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