翌日。西島(せいとう)グラウンドでは、杉浦(すぎうら)がバットをブンブン振り回しながらイライラしていた。

 

「一奥(いちおく)はどこに行ったぁ!」

「昨日の今日だ。勘弁してやれ」

 

「なにぃ?」

 

キャプテンの神山(かみやま)が杉浦(すぎうら)をなだめるが、どうにも気持ちが収まらない。そこへ、鶴岡(つるおか)と村石(むらいし)が来る。

 

「杉浦(すぎうら)、俺たちが相手をしてやるぜ!」

「まだ、俺たちはバッテリーを諦めたつもりはないからな」

 

「フン、面白い。だがダメだ!白城(しらき)はどこ行った!ホームラン競争だ!」

 

やれやれと、神山(かみやま)は一奥(いちおく)たち5人の心配をしていた。

 

(小山田(おやまだ)と仟(かしら)がいれば、問題にはならないと思うけどな……)

 

ふと神山(かみやま)が気づくと、鶴岡(つるおか)と村石(むらいし)はマウンドとホームへ歩き出し、杉浦(すぎうら)もホームへ歩き出した。

 

「神山(かみやま)!お前がホームラン競争の相手をしろ!」

「わかったよ」

 

神山(かみやま)が心配していた5人とは、一奥、遠矢、仟、要、そして小山田の5人だった。

 

彼らの姿は、去年の1回戦で当たった川石(かわいし)高校にあった。現在グラウンドでは、野球部が練習をしている。

 

「なぁ遠矢(とうや)、何でこんなにこそこそしてるんだ?」

「う~ん、偵察の定番かなと思ってね」

 

一奥(いちおく)と遠矢(とうや)が話す中、彼らはレフト側にある校舎の影からグラウンドの様子を見ていた。

 

ふと目が合った小山田(おやまだ)に、一奥(いちおく)がニヤリと提案した。

 

「ここはさ、やはり2年の小山田(おやまだ)先輩が行くべきだな」

「ぼぼぼぼ、僕なの?」

 

「小山田(おやまだ)先輩、緊張しすぎだろ。じゃあいいや、俺が行くか」

 

一奥(いちおく)は、紅白戦の最中のグラウンドへ入ってしまった。それに気づいた川石(かわいし)メンバーから声がかかる。

 

「おい!部外者がグラウンドに入るな!」

「まぁまぁ、そう怒るなって。それは、俺の球を打ってから言えよ」

 

「いい度胸だ。誰だか知らないが、それならマウンドへ上がれ。勝負だ!」

(きたきた!)「もちろんいいぜ!」

 

一奥(いちおく)は、ダッシュでマウンドへ行ってしまった。

 

「一奥(いちおく)さんが行くと、結局こうなるのですね……」

「まぁまぁ、仟(かしら)。とりあえずきっかけは出来たから」

 

おでこを抑えた仟(かしら)を遠矢(とうや)がなだめる。4人が見守る中、一奥(いちおく)はすっかり目的を忘れていた。

 

「行くぜ!」

「来い!返り討ちだ」

 

だが、一奥(いちおく)は打たれまくった。

 

Yシャツの制服に運動靴姿で投げる一奥(いちおく)。止められた時、すでに九人を相手にしていた。

スポンサーリンク

幸崎との出会い

「ちょっといいかな?君、西島(せいとう)高校だろ?」

「あぁ。1年の斉藤一奥(さいとういちおく)だ」

 

「僕は、3年の幸崎(こうさき)だ。ヨロシク」

「幸崎(こうさき)?」

 

10人目のバッターとして右打席に立ったのは、一奥(いちおく)たちが探しにきた人物だった。

 

(こいつが幸崎(こうさき)……う~ん、まぁ後でいいか) 「じゃ、行くぜ!」

 

スパーン 「ストライク」

「どうした?打っていいんだぜ?」

「今のは打っても内野ゴロだよ」

 

「うっ……」

「アハハ。その顔を見ると、どうやら図星だったようだね」

 

「面白れぇ!」(なら見極めてみやがれ!)

 

一奥(いちおく)は、回転数を上げたストレートを投げた。そして笑顔の幸崎(こうさき)がフルスイングで応える。

 

「そろそろ全員出てきてもらおうか!」

 

パキーン!

「なっ!」

 

改心の当たりに一奥(いちおく)が驚く。幸崎(こうさき)の打球は、言葉通り4人がいるレフト後方の校舎に向かって飛んだ。

 

そのまま打球は校舎の前にある大きな木に当たり、ガサガサと音を立てた。ビックリした4人の前にボールがポトンと落ちた時、グラウンドから声が聞こえた。

 

「おーい!ボールを取ってくれないかー?」

 

バッターの幸崎が叫ぶ。嬉しそうにボールを拾って投げ返したのは要(かなめ)だった。

 

「えへっ、バックホームー!」

 

要(かなめ)の投げたボールは、ツーバウンドでマウンドの一奥(いちおく)のグローブへ入った。

 

「あれ?間違えちゃった」

「じゃ、バレちゃったし僕らも行きますかね」

 

遠矢(とうや)に続いて、要(かなめ)と仟(かしら)が歩き出す。だが、小山田(おやまだ)はためらっていた。気づいた遠矢(とうや)が振り向く。

 

「小山田(おやまだ)さん、行きますよ?」

「う、うん……」

 

本当に控えめな人なんだなと、遠矢(とうや)は思った。結局小山田(おやまだ)は、要(かなめ)に背中を押されてグラウンドへ入った。

 

4人が歩く中、一奥(いちおく)が幸崎(こうさき)に話しかけた。

 

「幸崎(こうさき)さんだっけ?まだまだ余裕って感じだな」

「そうかい?でもそれは、君も同じなんだろ?」

 

「へへっ、バレてるのか。なら見せてやってもいいぜ!その代わり、俺が勝ったら1つ頼みがある」

「頼み?……それは聞けないな」

 

幸崎(こうさき)の目つきが鋭くなる。

 

「僕が……勝つからね……」

 

構えた幸崎(こうさき)は、足に根が生えているかのようにどっしりと立つ。

 

もうワン勝負あると気づいた遠矢(とうや)は、仟(かしら)をフェンス際に移動させた。要(かなめ)も小山田(おやまだ)を引っ張る。

 

そして、一奥(いちおく)が振りかぶった。

 

(こいつ、九条(くじょう)と同等か?なら……九条(くじょう)に投げた球で勝負だ) 「いっくぜぇ!」

 

スタンスを少し広めに取った幸崎(こうさき)の構えは、九条(くじょう)や白城(しらき)のように前足をタイミングに使っていなかった。

 

一奥(いちおく)が投じたストレートが近づいても、まだスイングが始動しない。

 

その姿に、一奥(いちおく)は気づいた。

 

(こいつ!ギリギリまでボールを引き付けて見極めるのか!)

 

幸崎(こうさき)は頭を軸に、コンパスをくるっと回すような無駄のないスイングで一奥(いちおく)の球を完璧に捉えた。

 

その打球は、二球続けてレフトの木へ運ばれた。

 

「僕の勝ちだ。悪いけど、頼み事は諦めてくれ」

 

幸崎(こうさき)が一塁ベンチへ歩き出す。すると、三塁側ファールグラウンドから小山田(おやまだ)が叫んだ。

 

「幸崎(こうさき)さん!待って下さい!」

 

そのまま小山田(おやまだ)は走り出した。幸崎(こうさき)が立ち止まると、そこへ小山田(おやまだ)が来る。

 

「突然すみません。僕は、西島(選手)高校2年の小山田(おやまだ)と申します」

「2年生か。小山田(おやまだ)君、後輩に指導してくれとは言いたいけど、斉藤(さいとう)君にはいい練習をさせてもらったよ。悪いけど、僕はこれ以上君たちに用はない。彼を連れて帰ってくれるかな?」

「あの……怪我は……幸崎(こうさき)さんの怪我はもう大丈夫なのですか?」

 

「怪我?」

「はい。去年の夏の試合の怪我です」

 

幸崎(こうさき)は、腕組みをして目を閉じた。

 

「僕はさ、ピッチャー返しを頭に受けたようだけど……覚えていないんだよ。気づいた時には2年の夏は終わっていて、ベットの上だった。あぁ、怪我はもう大丈夫だよ」

「そう……ですか」

 

「だけどね、わだかまりというか、悔しい思いをした気持ち悪さだけはあるんだ。チームメイトに話を聞いてもリアリティがなくてね。県予選の一回戦だし、その映像もない。まぁ、思い出したいとは思っているよ」

「それなら、西島白城(にしじましらき)という名前はわかりますか?」

 

「西島(にしじま)……?」

「はい。幸崎(こうさき)さんの球を打った本人です」

 

「そうか。君たちが今日ここにきた理由がわかったよ。その彼の為だね?」

「はい」

 

「悪いけど、力になれそうにないよ。もし彼が気にしているなら、もう大丈夫と伝えてくれるかな?」

「はい……わかりました。練習中に突然失礼して、すみませんでした」

 

「いいよ。楽しかったし構わない。それじゃ。……あ、もしまだ見学するなら、三塁ベンチを使って構わないから」

 

幸崎(こうさき)は、一塁ベンチ裏のブルペンへ行ってしまった。せっかくなので、一奥(いちおく)たちは川石(かわいし)高校の練習を見させてもらった。

 

しかし、考えるのはこれからの事だった。練習を見ながら、一奥(いちおく)が呟く。

 

「ピッチャー返しが頭部に……か」

 

答えたのは小山田(おやまだ)だった。

 

「うん。一奥(いちおく)君の言った通り、白城(しらき)は本当に木製バット専用バッターなのかもしれない」

 

「そうなんかなぁ……あの白城(しらき)がねぇ……」

 

そこへ、遠矢(とうや)が口をはさむ。

 

「白城(しらき)さんがトラウマになっているなら、腕が動かなくなっている可能性は残りますよ」

「遠矢(とうや)君……」

 

すると、ボールでお手玉をしていた要(かなめ)が話した。

 

「ねぇねぇ、白城(しら)先輩を荒治療するってのはどぉ?大丈夫だよね?仟(かしら)」

「うん……やってみる価値はあるかもしれないね」

 

「よし!ならさっそく明日からやってみようぜ!」

 

一奥(いちおく)の言葉に、みんなの気持ちは決まった。5人は挨拶をして、川石(かわいし)高校を後にした。

スポンサーリンク