ちょっと待て!遠矢』

「あ?」「ん?」

 

一奥と杉浦が同時に声を出した。

 

「え?僕何か変な事を言ったかな?」

「なぁ遠矢。気持ちはわかるけどさ……監督を怒らせたら、帰りのバスは命懸けだぞ?」

 

「そうなの?一奥」

「あ、そうか。遠矢は寝てたな……」

 

その間、仟がメンバー票を書き上げていた。

 

一番セカンド小山田 (2年)
二番レフト西島 (2年)
三番ショート神山
四番ファースト杉浦
五番キャッチャー村石
六番ピッチャー鶴岡
七番ライト影山 (2年)
八番センター光 (2年)
九番サード杉浦 (2年)

 

以上となった。

 

「神山さん、お願いします!」

「おう、行ってくる」

 

仟から票を受け取った神山は、メンバー票交換へ急いだ。写し紙の控え票を見た杉浦は、やはりツッコんだ。

 

「仟、お前は優秀だ。メンバーが代わっても、やはり四番は俺しかいないんだな……」

「はい」

 

「だが……九番は弟(あいつ)でいいのか?」

「はい」

 

すると、杉浦と同じ巨漢が横に来る。杉浦の2倍遅い声で、兄に話しかけた。

 

「にぃさーん、僕がスタメンでいいのかなーぁ」

「太(ふとし)、仟が決めたんだ!自信持て」

 

「うーん、そーだよねー。ガンバルよ~」

 

二人を見ていた一奥は、面白くなってきた。

 

「フハハ!遠矢。ここまで狙ってたのか?」

「一奥、選んだのは仟だよ?」

 

「でもさぁ、まさか仟が弟先輩を選ぶとは思わなかったぜ。まさに秘密兵器だな?」

「そうだね」

 

すると、一奥と遠矢の二人に話しかけるウザイケメンが、髪をかき上げながら現れた。

 

「君たちに開花された僕の才能という華麗な花を、この試合でオーディエンスにご覧頂こうか」

「ん?綿密(めんつゆ)先輩スタメンなの?」

 

「一奥!僕の名前は綿密(めんみつ)だ!光綿密(ひかりめんみつ)。それに、スタメンじゃなくてイケメンだ!全く……、君はいつになったら覚えるんだ……」

「だって、めんつゆ先輩の方が言いやすいし……もうすぐ夏だしさ……」

 

「夏は関係ないでしょ!」

(お姉キャラまで開化した?)

 

一奥と綿密が会話をしていると、遠矢の下へ同じく2年の影山(かげやま)が来た。

 

「遠矢……」

「影山さん、どうしました?」

 

笑っていた遠矢に、影山はかすれ声で話しかける。

 

「俺、ま…初…で…れ…いの?」

「え?すみません影山さん。もう一度……」

 

「俺、…た…回…代わ…ばい…?」

(えーと。俺、また初回で代わればいいの?だよね……) 「違いますよ?期待してますからね!」

 

影山は、うんと頷き遠矢と拳を軽く合わせた。

 

そして、戻ってきたキャプテンの神山が円陣を指示する。神山を中心に、西島メンバーは指示に従った。

 

「いいか!この二ヶ月、俺たちは一奥と遠矢にしごかれまくった。その成果をあいつらに見せつけてやれ!いいな!」

『おー!』

 

「西島(せいとう)~、fly!」『high!!』

 

そして、審判団の声が響く。

 

「集合!」

 

「よっしゃー!行こうぜ!」

 

ベンチを元気よく飛び出した一奥は、なぜかグローブを持っていた。隣で走っていた遠矢は、ツッコまずにはいられなかった。

 

「一奥、スタメンじゃないからグローブはいらないよ?」

「あ!そっか、間違えた!アハハ」

 

両チームの挨拶が終わり、後攻の西島ナインはグラウンドに散った。

 

ベンチへ戻る仟と要の姿を見た観客からは、ため息とも言える声が出ていた。しかし仟は笑顔を取り戻し、要と元気よくベンチへ入った。

 

仟は、遠矢に感謝した。

 

「遠矢さん、ありがとうございました!」

「いや。初対面で毒づいた仟が、観客を気にするとは思えなかっただけだよ」

 

「ですから、それはもう忘れて下さい……」

「仟はずっと、チームの事を考えてたんだね」

 

「はい!目指せ甲子園です!」

 

仟は、グラウンドで生き生きしている西島ナインが眩しく見えた。

 

「でも遠矢さん。私たちの為に遠矢さんまでスタメンを外してしまい、すみませんでした」

「え?」

 

「え?……あー!」

 

イタズラ顔の遠矢の言葉を聞いた仟は、遠矢がずる賢い事を思い出した。

 

「またやられました……」

「それより仟、実はもう1つやりたい事があるんだよ」

 

「やりたい事ですか?」

 

すると、一奥と要がベンチを楽しもうとメガホンを持ってきた。

 

「ほれ、遠矢」

「はいっ、仟」

「いいねぇ!」「ありがとう、要。」

 

「エヘヘ、私は二刀流!」

 

要は2つのメガホンを両手に持ち、左右に腕を広げてポーズをとった。

そして、遠矢の隣に座った一奥が遠矢に声をかける。

 

「で、二人で何を企んでたんだ?」

 

「それがさー、一奥。仟が西島のST(ストック)野球を見せてくれるそうだよ?」

「マジ!本当か?仟」

「あー!」

 

「へ?」

 

混乱する一奥と、またもや驚いた仟を見た遠矢は、楽しくて仕方がなかった。

 

「仟って、本当面白いよね」

「御言葉ですが遠矢さん。1年を外すという言葉だけで、普通そこまで考えているとは思いませんよ……」

 

遠矢がここまで計算できたのは、自ら磨きあげてきたリミットリミッターのおかげだろう。

 

そしてその原点は、幼い頃に一奥とテレビで見た木村野球があったからでもある。

 

遠矢は仟を外すのではなく、1年全員を外して仟を救い、鍛えた控えメンバーの力試しをし、自らは両チームの力をベンチで分析し、木村監督のやったストック野球をやろうとしている。

 

そして1年生が先発を外れるとだけ言い、試合に出ないとは言わなかった。

 

これでは、仟が感心を通り越して呆れるのも無理はない。その上、試合まで楽しんでいる始末。

 

そして、試合が始まった。片肘を膝につき、一奥は試合を嬉しそうに見守った。

 

「さぁて、名京高校二軍の力はどうかな?」

 

それに遠矢が応じる。

 

「鶴岡(つるおか)さんは、フォークに磨きをかけたからね。一奥はブルペンに入らないから知らないかもしれないけど、かなり投げ込んでいたよ」

 

「へぇ~フォークか。鶴岡さんは真面目だからな。それで遠矢、抑えられそうか?」

 

一奥の質問に、遠矢は「う~ん」と間を取る。そして話しだした。

 

「そうだね。名京の二軍は、一ヶ月前の梯(かけはし)高校の九条と松原以外と同等……ぐらいかな」

「おぉ、さすが名門。まぁ、梯(あいつら)はこの一ヶ月で限界を上げてるはずだけど、そう思うと名京二軍打線は甘くないな」

 

すると、打球がセカンドの小山田の下へ。これを難なくさばいた。

 

「オッケー小山田先輩。ワンアウトー!」

 

一奥は、メガホン越しにベンチから声をかける。そして遠矢に話した。

 

「先頭を取ったのは大きいな。鶴岡先輩だけじゃなくて、キャッチャーの村石先輩も調子良さそうだ!イケるんじゃねーか?遠矢」

「うん。でも問題は二周目からだね」

 

「だな。あ!そう言えば、遠矢は名京のピッチャーを知ってるのか?」

 

「竹橋さんだよね?春の選抜のブイなら見たよ」

「そっか。で、どうだった?」

 

「それがさ、これといって特徴がないんだよね。一言で言えば普通なんだよ」

「普通?そんなはずはねぇぞ?試合前に斜坂がリミッターだと言ってたぜ?」

 

「リミッター?それが本当だとすると……」

 

その言葉を聞いた遠矢は、恐るべき推測を立てた。

 

「一奥。もしかすると、先制されれば西島(ウチ)は負けるかもしれないね」

「へ?」

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不気味なスコアボード

「先制されたら負けるだって?」

「うん。偶然ならいいけど、選抜の名京にはシーソーゲームがないんだよね。気にはなるよ」

 

「ふ~ん。全国でそれは珍しいな。でも数試合だろ?」

「それが、そうではないかもしれないよ?」

 

すると遠矢(とうや)は、仟(かしら)にスマホで秋季の東海大会の結果を調べてもらった。

 

「遠矢さん、名京(めいきょう)高校は東海大会を優勝していますね」

「仟、得点経過はわかる?」

 

「ちょっと待って下さいね」

 

仟が調べている間、ピッチャーの鶴岡(つるおか)は二番バッターをセンターフライに打ち取った。そのプレーに、一奥(いちおく)がメガホン越しに叫ぶ。

 

「いいぞー、綿密(めんつゆ)先輩!」

 

すると、要(かなめ)が「ん?」と小首をかしげた。

 

「ねぇ一奥(いちおく)ん、綿密(めん)先輩が何か騒いでるよ?」

 

「ほっとけ、要。どうせ僕はめんつゆじゃない!とか言ってるだけだよ」

「遠矢さん!」

 

呼ばれた遠矢が仟を見ると、仟の人差し指が止まっていた。その目は、スマホの画面に奪われている。

 

「名京高校は、全ての試合で先制しています!そして逆転されていません。これでは本当に、先制されたら負けるのかもしれません」

「これは参ったね。まだリミッターの影響かはわからないけど、偶然とは考えにくいなぁ」

 

その時、カキーン!と快音がグラウンドに響く。

「ん?」「え!」

 

打撃音を聞いた遠矢と仟が、打球を目で追った。レフトの白城に全く追う気がない。

 

打球はそのまま、レフトフェンスを越えた。この結果に、仟のまばたきが自然に増える。

 

「ホームラン……先制された……遠矢さん!」

「落ち着きなよ、仟。まだ初回で一点だよ?いくらデータが物語っていても、真実はわからないんだからさ。それに、一奥なら平気で大量点を取られてるよ?」

 

「おい!遠矢。ツッコんだ方がいいよな?」

「アハハ、遠慮しておくよ」

 

一奥と遠矢が話している間も、仟は不安を隠せなかった。

 

「竹橋(たけはし)さんはリミッター。どんな限界を超えたのかはわからないけど、本当に遠矢さんの推測が正しければ……」
「これで試合は……決まりだね」

 

遠矢が遠目に言い、仟はうなずいた。

 

仟はこれまで、遠矢を始め名京高校キャプテンのタイムリミッター国井(くにい)や、川石高校のリズムリミッター幸崎(こうさき)を見てきた。

 

常識では考えられない限界を超えてしまうリミッターたちの野球を知っているからこそ、このホームランをたった1点とは思えなかった。

 

仟の唯一の救いは、打者の限界を知る事ができるリミットリミッターの遠矢が笑みを浮かべている事だった。

 

1点先制されはしたが、鶴岡(つるおか)と村石(むらいし)のバッテリーは、続く四番バッターを抑えて初回を終わらせた。

 

ベンチを出た一奥(いちおく)と要(かなめ)は、帰ってくる西島(せいとう)ナインに声をかけていく。

 

「白城(しらき)、さっきのホームラン取れよ!」

「一奥(アホおく)。強打者は守備が苦手と決まってるんだよ。諦めろ」

 

「なんだよそれ、やる気ねぇなぁ。なら竹橋のリミットはぶち破れよ!」

「当たり前だ!俺のバッティングをナメてんじゃねぇぞ」

 

一奥と白城が会話をする中、遠矢はキャプテンの神山に試合前のトスの結果を聞いていた。

 

「すみません神山(かみやま)さん。試合前のトスは勝ったんですか?」

「今更何だ?まぁいいが、トスは負けたぞ。名京(むこう)は先攻を取ったが、それがどうしたんだ?」

 

「いえ、十分です。それなら早い回に逆転して下さい。どうもデータが怪しいんですよ」

「なに?遠矢、説明しろ」

 

「はい」

 

遠矢は、仟と得たデータと推測を西島ナインに伝えた。すると、白城が興奮ぎみに声を上げた。

 

「面白れぇ!小山田(おやまだ)、出ろよ!俺がツーランを叩き込む。すぐに逆転だ!」

「うん……うん……」

 

緊張している小山田の背中を、白城は笑顔で押したり

 

「冗談だよ。気楽に行ってこい!」

「おわっ?」

 

転びそうになった一番の小山田と白城が、それぞれバッターボックスとネクストサークルへと歩き出す。すると、二人に遠矢がついてきた。

 

「白城さん。白城さんが二番なんて、仟は送りバントをする気のない打順組みましたね?」

「だな。遠矢、小山田が出ても、俺に送りバントなんてサインを仟に出させんなよ」

 

「出ませんよ。それは大丈夫です。白城さんがバッターボックスで仟と目が合っても、ニコッと頷かれて終わりですから」

「まぁ、送りバントのサインを仟が出しても、俺は無視するけどな!」

 

「でも、相手のリミットを見破るのは無視しないで下さいね?」

「あ?そうだったな……。だが俺は、そういうのは得意じゃねーんだよな……」

 

「そう言わずに白城さん、お願いしますね!」

「わあったよ」

 

遠矢はベンチへ。白城はネクストバッターズサークルへ移動した。そして、一軍の小山田が打席に立った。

 

「小山田先輩!反撃だぜー!」
「だぜだぜー!」

 

メガホンで応援する一奥と要を目にしながら、遠矢はベンチへ座る。

 

そして、名京高校元エースの竹橋刃(たけはしやいば)がついにベールを脱いだ。しかし初球・二球目と、仟と遠矢の印象に特別なものはなかった。

 

「遠矢さん、どうですか?特に変わったボールには見えませんね」

「余裕なのかな?隠してるようには見えないけどなぁ」

 

一番小山田はフルカウントまで粘ったが、結局ファーストゴロに打ち取られた。そして、二番の白城が打席へ向かう。

 

その姿を見ながら、仟が遠矢に話しかけた。

 

「最後はスライダーでしたね」

「うん。ブイで見た通り、オーソドックスな右のオーバースロー。初回だし、まだリアルな情報が足りないね」

 

仟と遠矢がピッチャーの竹橋刃をベンチで分析する中、バッターボックスに立った白城もリミットについて考えていた。

 

(小山田には、普通にストレート中心の好投手って感じだったな。ボールも特別速くはない。俺から変わるのか?……にしても、何でアイツの帽子は斜めなんだよ?その方が気になるぜ)

 

白城の見たピッチャー竹橋刃の被る帽子は、つばで左目を隠していた。

 

初球、白城は外のストレートを見逃す。

 

「ボール」

 

(140も出てねぇな……伸びもたいした事ねぇ。こいつ、変化球投手か?)

 

続く二球目、ピッチャーの竹橋はど真ん中のストレートを投げた。

 

(ど真ん中だと?ナメられたもんだぜ!)

 

スイングした白城のバットからパキーン!という快音が響く。

 

「わおー!」「いったぜ!」

 

要と一奥が喜ぶ中、白城の打球はバックスクリーンに当たった。

 

『うおぉぉぉ!しゃあ!』

 

西島ベンチが盛り上がる中、仟も喜び、遠矢も流石といった顔をしていた。

 

「遠矢さん、追いつきましたね!」

「白城さんは、参考にならないかもね……」

 

「あ……確かにそうですね……」

 

川石(かわいし)高校幸崎(こうさき)との一件以来、一奥・遠矢のバッテリーから、白城だけは打ちまくっていた。

 

遠矢は個人的に大きな声では言えなかったが、白城は自分の限界を超える一奥の球を、次々に捉えていた。特に、ど真ん中のストレートはほぼ放り込まれていた。

 

その白城のここ一ヶ月の姿を、仟は思い出していた。

 

「遠矢さん、白城さんはブレイクリミッターでしたよね?」

「うん。白城さんは、ピッチャーの限界をさらに超えてくるバッターに目覚めたよ。……だから最近は、ホームラン以外なら抑えた気になるんだよね……」

 

「わかります……見ていて、バッテリーのお二人の苦労が伝わりますから」

 

苦笑いした仟は、一奥と遠矢が白城と勝負している時のレベルの違いに気づいていた。

 

常に楽しんでいる三人の見た目ではわかりにくいが、一奥のボールと遠矢のサインは、白城用になっていた。

 

練習でホームランを放つ白城に、杉浦は手を抜くな風にバッテリーへツッコミを入れていたが、遠矢はマスクの向こうで苦笑いをしていた。

 

クールに一周した白城に、一奥が嬉しそうに絡んだ。

 

「白城!カッコつけすぎだろ!」

「あぁ、悪い。つい打っちまった」

 

「なんだよそれ!」

 

すると、その会話に遠矢が加わる。

 

「あ~!一奥。それこっちの話だから」

「遠矢?」

 

首をかしげる一奥の横から、遠矢が白城を覗き込む。

 

「白城さん。その言い方だと、何も感じませんでしたか?」

「まぁ、名京(あっち)もあっちで、俺たちの力を見ているんだろうな」

 

振り返った白城は、名京ベンチから笑顔でピースをする斜坂の姿を目にする。面白くなかったのか、ヘルメットを外してベンチへドカッと座った。

 

続く三番神山・四番杉浦もいい当たりだったが、それぞれサードライナーとレフトライナーに倒れた。

 

「くっそー。いいとこ守ってんなー」

 

一奥の言葉を聞いた仟は、遠矢に問いかけた。

 

「これは、偶然ですよね?」

「川石高校の幸崎さんならやりそうだけど、リミットと言うよりさすがの守備力だね」

 

「そうですね。にしても、表情というか全く感情が表に出ないピッチャーですね……」

「うん。それが上から目線なのか、すでにリミットは始まってるのか……まだまだ先のようだね」

 

「はい」

 

だが、回が進むにつれて遠矢の予想は少しずつ外れていった。

 

毎回ランナーで踏ん張る西島ピッチャーの鶴岡だが、地味に一点ずつ失っていた。しかし、西島高校も一点ずつ返していく。

 

そして五回を終えたスコアボードは、ゼロではなく両チーム1が並ぶ異様な光景になっていた。

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