「ストライクバッターアウト!チェンジ」

 

見逃し三振した神山(かみやま)は、静かに一塁ベンチへ下がった。二塁から戻ってきた杉浦(すぎうら)が神山に声をかける。

 

「神山。なにを考えているんだ?」

「すまない。だが付き合ってくれ。みんな、守備の前に少し話を聞いてほしい」

 

ベンチ前の神山の声に、西島(せいとう)メンバーが耳をかたむける。

 

「西島(ウチ)は先制されるまで点は取らない。先制されたら逆転する。以上だ……」

 

意味がわからない選手たちが戸惑う。足取り重くナインが守備へつく中、紀香(のりか)監督が神山に聞いた。

 

「神山君。まさかとは思うけど、新道(かれ)はリミッターなの?」

「はい、そうです」

 

「そう……それがわかれば十分だわ」

「ありがとうございます、監督」

 

神山はダッシュでサードへ向かった。その姿を三塁ベンチで見ていた新道(しんどう)は、イラついていた。

 

「偉そうに言ったこの一年の成果がこれか。上手くなるどころか、リミッターに頼った結果ふ抜けになっただけじゃないか!」

 

タオルをベンチに叩きつけた。不穏な雰囲気の中、新道に近づいたのはキャッチャーの小沢(おざわ)だった。

 

「新道、まぁいいじゃないか。弱小だった西島が、リミッターのおかげでベスト16まで来たんだ。それを知ってここで消える。神山たちも満足だろ?」

 

「まぁな」

 

そして、一回の裏が始まった。ピッチャーの鶴岡(つるおか)は気持ちを入れ直し、気合いが乗った表情でマウンドに立っていた。キャッチャー村石(むらいし)のサインに頷き、投球モーションに入る。

 

(行くぜ!村石)

(来い!)

 

パーン「ストライク」

 

村石のミット音を聞いた新道と小沢は、同時に電光掲示板を見た。

 

「142キロか。鶴岡にはなかったストレートの速さだな。アイツは少しは成長したって事か」

「小沢、それでも142だ。たいした球ではない」

 

「だな……」

 

一方、受けたキャッチャーの村石は鶴岡の出来に調子の良さを感じていた。

 

(いってー!今日の鶴岡はキレてるぜ!よし、スライダー来い!)

 

二球目も外いっぱいに決まる。返球する村石も、鶴岡の球に同調する。

 

「鶴岡!ナイスボールだ!」

「あぁ!」

 

(次はコントロールだ!)

 

三球目、村石はインローのボールになるストレートを要求した。サードゴロに詰まらせる。

 

「神山!」

「オッケー!」

 

サードの神山はスムーズにさばき、ファーストの杉浦も乗ってきた。

 

「ナイスプレーだ!神山」

「あぁ!ドンドン来い!」

 

一連のプレーを見ていた新道は、立ち上がって腕を組んだ。

 

(なるほどな。守備は良くなっている……)

 

そんな新道の背中をポンと叩き、小沢はネクストへ向かった。

 

「そんな固い顔するなよ。この回、お前に回すからな」

「あぁ」

 

二番バッターが打席に立つ中、ネクストバッターズサークルの小沢は鶴岡の球をじっくり見ていた。

 

(村石の強引なリードも、やっとまともになったようだな。俺にソックリだぜ)

 

二番もショートフライに打ち取り、三番の小沢をバッテリーは迎えた。

 

「村石、いいリードするようになったな」

「そうか?なら、お前の見本がよかったんだろ」

 

「調子に乗るなよ。まだまだって所を、俺のバッティングで教えてやるよ」

「それはありがてぇ」

 

初球、村石は外のスライダーから入った。ボールになった球に、小沢は頷くだけだった。二球目もバッテリーは外のスライダーを投げた。今度はストライクを奪ったが、やはりバッターの小沢は頷くだけだった。

 

(それなら狙いはこれか……)

 

村石がサインを出す。鶴岡の投げたストレートがインコースを襲った。

 

カキン……

『オォォォォォォ!』

 

小沢の打球はレフトスタンドへ消えた。美平館(みへいかん)高校の先制のソロホームランに、スタンドの愛理(あいり)が呟く。

 

「今のインコースはボールで良かった。これで、新道(かれ)のリミットが始まるわね……」

 

先制のホームを踏んだ小沢は、キャッチャーの村石に向けてニヤッと笑う。

 

「惜しかったな、村石。リードは間違っていなかったが、相手が悪かったって事だ」

「そうか。わざわざ忠告ありがとよ」

 

ネクストの新道とハイタッチをした小沢がベンチへ下がり、四番の新道が右バッターボックスに立った。

 

「どうやら、秋と少しは違うようだな」

「当たり前だろ。今やってる試合は、秋の一回戦と夏のベスト16の差があるからな」

 

「フッ。村石、お前はまだリミッターの力でここまで勝ち抜いて来たと言いたくないのか?」

「あぁ。俺たちのキャプテンは神山だからな。あいつがそう言うなら、俺たちの気持ちも一緒だ」

 

バッターの新道は、(神山の気持ちか……)とサードの神山を見てバットを構えた。

 

初球、村石はインローのボール球から入る。三塁線を鋭く襲った新道の打球は、サード神山を狙ったかのように左へ飛んだ。神山は飛びつくが、ボールはファールグラウンドを転がっていった。

 

二球目、新道は外のスライダーを見逃す。ボールとなり三球目、バッターの新道は外のストレートを流し打ちした。今度はファーストの杉浦を狙ったかのように右へ飛ぶ。杉浦も飛びつくが、打球はファールグラウンドを抜けていった。

 

四球目、外のスライダーが外れる。見切られたキャッチャーの村石は、インコースのスライダーを選択した。しかし、

 

カキン……

「これもいった!」
「文句なしだな」

 

バックネット裏の観客が話す中、新道の打球はレフトスタンドへ飛び込んだ。一塁を回る新道は、ファーストの杉浦の顔を見る。だが杉浦は、腕を組んだまま一塁ベースを見ていた。

 

(杉浦、俺が踏み忘れるとでも思っているのか……)

 

そして、三塁ベースへ近づいた新道がサードの神山に話しかける。

 

「神山、これで二点差だ」

「問題ない。逆転するだけだ」

 

神山の台詞を聞いた新道は、フッと笑って三塁ベースを蹴った。ホームへ近づいた新道がバッテリーを見ると、秋のような同様は感じられなかった。

 

(お前らの成長は認める。だが試合結果は変わらない。成長したのはお前らだけではないからな。ゆえにその差は……縮まる事はない)

 

新道が静かにホームインし、小沢に続く連続ホームランで2対0となる。ベンチへ戻った新道は、守備の支度をする小沢に話しかけられた。

 

「新道、やはり試合は変わらない。前の二試合と同じように、先制・中押し・ダメ押しで終わりだな」

「あぁ。……だが少し残念にも感じる。一昨日感じた神山の気迫は本物だった。お前に言わなかったが、神山がリミッターを使わないと言ったあの時、俺はそれを証明して欲しい気持ちが瞬時に生まれた。それは、あいつらが俺たちの野球を肯定する意味になるからな」

 

「そうか。でもそれだと、俺たちに勝つ方があいつらにとって辛い事になるんじゃねぇのか?」

「……かもしれないな」

 

二人が会話をする中、バッテリーは五番バッターをセンターフライに打ち取り初回を終わらせた。チェンジになり、小沢がミットで新道の背中を押す。

 

「さて、この試合も二点先制だ。新道、いつものように終わらせようぜ」

「あぁ」

 

美平館バッテリーが守備につく。一塁ベンチへ戻ったピッチャーの鶴岡は、神山に「すまない」と謝った。

 

「気にするな鶴岡。これでいい。ここから逆転してこそ、この試合は意味があるんだ。みんな、集まってくれ」

 

西島高校は円陣を組んだ。

 

「いいか!俺たちは昨日の愛理の野球を貫く。とにかく離されずに、一点ずつ返して行くぞ」

『おう!』

 

だが愛理と遠矢の思惑通り、この回からピッチャー新道の球が一変した。五番の加藤(かとう)は外のスライダーでファーストゴロに打ち取られ、打席には六番の鶴岡が入る。鶴岡は、出塁する事だけを考えていた。

 

「くっ」

 

しかし三振に終わり、鶴岡は悔しそうに打席を後にする。

 

(バッティングの成長は、それほどでもなかったな。残念だせ、鶴岡)

 

そうキャッチャーの小沢が思う中、ベンチへと歩く鶴岡は厳しい表情をしていた。

 

(やはり速い。今日の新道なら、150キロが出てもおかしくない。アイツは尻上がりに調子が上がるというのに、二回でこれほどの球がくるとは……)

 

頭を下げながら戻ってきた鶴岡の姿に、神山は確信した。

 

(新道のリミットが発動したか……やはり条件は変わっていない……)

 

続く七番の小林はインコースをつまらされ、サードゴロに終わった。二回表、無得点に終わった西島メンバーに対して神山はベンチを出ると同時に叫んだ。

 

「鶴岡!この点差のままついて行くぞ!」

「ああ!」

 

その言葉通り、鶴岡は3人で二回裏を抑える。だが、それを見た美平館バッテリーに焦りはなかった。

 

「俺たちの試合展開(ペース)だ。こっちも行くぞ!新道」

「任せろ!」

 

三回表、八番の影山(かげやま)はバットを振らずフルカウントまで粘る。しかし際どいアウトローに手が出ず、惜しくも三振となった。

 

それを見届けたネクストの光(ひかり)は立ち上がると、(なぜこの僕が一奧(いちおく)と同じ九番なんだ……)と不満顔をした。すると、一塁ベンチの神山が声をかける。

 

「光!お前からだ。繋いで行くぞ!」

(俺から?)

 

光は瞬時に悟り、ベンチの神山を見てニヤリと頷いた。

 

(この打順。次は本来四番の杉浦さんではないか!ということは、今の僕は三番!)「フフッ……」

 

左バッターボックスに立った光は、「かかって来なさい!」と右手に持ったバットをピッチャー新道に向けた。

 

(そういえば、こんな奴がいたな……くだらない)と、新道は全く表情を変えない。

 

それを見ていたスタンドの一奧は、「いけー!めんつゆ先輩!!」と叫んだ。

 

ようやく構えた光に対し、キャッチャーの小沢も全く変わらなかった。初球、光は外のストレートをファールにした。二球目、外のストレートを見逃しボール。三球目、今度は外のスライダーをファールにした。

 

カウントはワンツー。光は追い込まれた。

 

四球目、インハイのストレートを見逃しボール。その時、キャッチャーの小沢がニヤリとした。

 

(次で終わりだ!)

 

五球目、ピッチャーの新道はインローへスライダーを投げた。

 

(よし!ナイスボールだ!新道)

 

しかし次の瞬間、キャッチャーの小沢が驚く。

 

(当てた?)「セカンド!」

 

引っ張った光の打球が、ゆっくり一・二塁間を襲う。コロコロ転がる打球に対し、深い位置で腕を伸ばして捕ったセカンドが一塁へ送球した。

 

「セーフ」

「よっしゃー!めんつゆ先輩が出たぜ!」

 

一奧の叫び声が光の耳に届き、一瞬光はムッ!っとスタンドを見た。しかしすぐに「ナイスだ!光!」と叫んだ西島ベンチの神山を見る。

すると、サインを出した神山に光の口が僅かに開いた。バッターボックスの杉浦も驚きを隠せない。

 

キャッチャーの小沢も神山を見ていたが、(ワンアウト。ここは強行ゲッツーで終わりだな)と思っていた。だが慎重な小沢が初球に選んだのは、(だがまずは……)とエンドランを警戒した外のボールになるストレート。

 

新道が投げた瞬間、バッテリーは驚いた。

 

(あの杉浦がまたバントだと?)

 

構えた杉浦は、冷静にバットを引いてボールを奪う。それを見たスタンドの愛理は仟に聞いた。

 

「この采配、仟はどう思う?」

「私は打たせます。まだ三回ですから」

 

「まだ?」

「はぃ……私、変な事を言いましたか?」

 

「仟、それならあなたは何回なら送るの?」

 

ハッとした仟は愛理から目を逸らして下を向き、「そっか……」と呟いた。

 

「わかったみたいね。神山君が選んだこの送りバントに、ツーアウト二塁を作る意味はない。その気持ちを見せるのが狙いなのよ」

 

頭を上げた仟は、納得するように頷いた。

 

「だから愛理さんは、オーソドックスの前に超を付けたのですね」

「そうよ。相手が嫌がる事をしなきゃ、この試合は動かせない。オーソドックス相手におおざっぱな野球は楽勝よ。イニングが進めば、その傷はドンドン大きくなるわ。特に一発勝負はね」

 

「そうですね」

「でも、神山君の狙いはもっと深いかもしれない……」

 

「深い?ですか?」

「えぇ……」

 

二球目も外のストレートを投げたバッテリーは、バットを引いた杉浦にバントを確信する。

 

(やらせるぞ!新道)

(わかった)

 

三球目、バッテリーは真ん中のストレートを選んだ。転がった打球を新道が処理し、杉浦は見事な一塁線へのバントで光を二塁へ送った。ベンチへ戻る杉浦は、右手を強く握りながら険しい顔で歩いていた。すぐに神山が声をかける。

 

「オッケーだ!杉浦」

「神山……」

 

杉浦は、歯を食い縛ったまま小さく頷いた。そして二番の小山田がバッターボックスへ入る。表情は気迫溢れるものだった。

 

(杉浦さんのバントを生かすには、初球から狙うしかない!)

 

小山田は、初球の外のストレートを狙った。

 

パン!「アウト、チェンジ」

「ああ……」
「惜っしい……」

 

西島ベンチから声がもれる。ファーストライナーに倒れた小山田も、打った後に悔しがった。

 

(ボールなのはわかっていたのに!振り遅れた……)

 

悔しがる小山田に、守備へ走る神山が声をかける。

 

「いい当たりだった。切り替えろよ!」

「神山さん。はい!」

 

三回裏、ピッチャーの鶴岡はナインに檄を飛ばすように九番から始まる攻撃を3人で終えた。「オッケー!鶴岡」と鶴岡を指差しながらベンチへ下がるキャッチャーの村石に、鶴岡は笑顔で右拳を向けた。

 

序盤三回を終え、試合は2対0のまま中盤四回へ突入。西島高校の攻撃は、クリーンアップの三番村石から。

 

しかしさらにエンジンを上げたピッチャー新道の球に、村石・神山・加藤は三者三振に倒れてしまった。加藤を三振にした外のストレートは、150キロを計測。

 

ベンチへ下がったキャッチャーの小沢は、新道の球にいつも以上のキレを感じていた。

 

「今大会最高の球が来てるぜ!いい感じだ。あいつらに今のお前は絶対打てねぇ」

「そうか。俺もいい手応えを感じていたところだ」

 

「ハハッ、だろうな。それなら……」

 

防具を外してバットを両手で掲げた小沢が宣言した。

 

「この勢いで、そろそろ中押し点と行くか!」

 

不気味な笑みでバッターボックスへ近づいてくる小沢の顔が、キャッチャー村石の目に入る。ラストボールをセカンドへ送球すると、村石はマウンドへ行った。

 

「鶴岡。わかってるな」

「あぁ。絶対に小沢を抑える」

 

「よし、いい目だ!」

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流れを決める次の一点

村石がホームへ戻る。四回裏、三番小沢の打席が始まった。初球、村石は外のストレートを選択。小沢はストライクを見送る。

 

(あくまでオーソドックスでくるか……。だがそれでいい。九回をトータルで考えれば、ギャンブルリードは必要ないんだ。ようやく勝つ為に、俺たちの野球を認めたようだな)

 

二球目、アウトコースのスライダーを小沢はファールにした。

 

(そうだ村石。次はインコースの見せ球か……)

 

小沢はボール球を見切る。

 

(いいリードだ村石。キャッチャーは、ワンツーのカウントを作る事を考えればいい。こうなれば、次の球は何でもアリだ)

 

小沢は、外のスライダーも見切った。

 

(村石。ここで決めたつもりだっただろうが、これでカウントはツーツー。スライダーには目が慣れたぞ)

 

続くスライダーを、小沢はカットしてファールにした。

 

(俺に同じ球は通じない。コースが厳しくてもカットはできる。だがいい攻めだぞ!村石。こうなれば次は……)

 

鶴岡はインローのストレートを投げた。しかし小沢はニヤつく。

 

(こうなるよな……)

 

パン「ボール。フルカウント」

 

(ここまでだ村石。残念だが、鶴岡に決め球があれば……)

 

カキーン!

 

(こうはならなかったな……)

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