先攻は梯(かけはし)高校。一番の五十嵐(いがらし)が左バッターボックスへ向かう中、投球練習をするマウンドの竹橋(たけはし)へスタンドの愛理(あいり)が厳しい視線を送る。

 

「先発は竹橋君……これで明日の決勝は斜坂(ななさか)君って訳か。はぁ~、結局私は、彼のクライシスリミットを超えられなかったのよねぇ……」

 

愛理の話に、遠矢(とうや)が驚きの眼差しを向けた。

 

「リバースリミットの愛理さんがですか?」

「ええそうよ?意外だったかしら?私たちが白城(しらき)君に打たれたのと同じよ。破のリミッターは自分の限界を破る。それに対して超のリミッターは、チームの限界を超える影響を与える。だから破のリミッターは、超のリミッターに強いのよ。ね?一奥君?」

「へ?俺?」

 

突然笑顔で話をふられた一奥は、首をかしげて苦笑いをした。再びグラウンドへ目を移した愛理が語り続ける。

 

「私があなたたちにやられたストレートは、162キロだった。私の限界が160キロだと遠矢君に見破られた訳だけど、一月前の竹橋君にそこまでのスピードはなかったわ。私が空振りしたあの瞬間、竹橋(かれ)はストレートの回転数の限界を破ったわ」

「回転数ですか?」

 

「ええ。遠矢君、三回戦で望月(もちづき)が止まる球を投げたわよね?」

「はい」

 

「限界は自分で作るもの。だからリミッターとして再現できるのは、自分が本当に超えられると思うリミットに限られる。でも個人個人が違うのと同じで、種類は違うわ。全てのリミットがそうではないけれど、終速を操る望月の球は、アイツの性格そのものなのよ」

「そうだったのですか」

 

「そうなのよぉ!……全く!待ち合わせすれば遅れるし、アレもこれも何から何まで遅すぎるわ。それでいてたま~に早いから、訳がわからない」

 

熱くなって立ち上がった愛理を、姉の舞理が「愛理ちゃん?」と呼んだ。

 

「な、なによ……?」

 

姉に呼ばれた愛理が周りを見ると、皆唖然としていた。愛理は顔を赤らめスッと座る。

 

「私が言いたかったのは望月の……私が付けちゃうけどシィリィリミットではないの!これよ!」

 

愛理が指差したのは、空振り三振する四番九条の姿だった。

 

グラウンドでは、左中間に二塁打を打った先頭の五十嵐以降、七海(ななみ)、二宮(にのみや)と三振していた。

 

「わかった?九条君に4本ホームランを打たれた一奥ちゃん!」

「わかった!わかりましたぁ!」

 

愛理は、隣にいる一奥の胸ぐらを両手で掴んで揺らした。舞理が「愛理ちゃん!」と、笑顔で愛理の肩をポンと叩き、愛理は手を離す。一奥はぐったりとした。

 

「ふへぇ~。マジで試合前に殺されるかと思った……」

「それより一奥君。見たでしょ?今の竹橋君の球」

 

「へ?う~ん、見たけど普通のストレートじゃないの?スピードも151だったじゃん」

「それは初速。問題は終速よ。あの一球は、質が違うのよ」

 

すると、遠矢が驚いた顔で立ち上がり愛理を見る。

 

「愛理さん!まさか、浮いてるって事ですか?」

「そう、さすがね。望月の球は、止まるけど沈むわ。でもクライシスリミッターの球は違う。止まるように浮くのよ。言うまでもないと思うけど、彼は破のリミッター。追い込まれれば追い込まれる程、その限界を破るわ」

 

「厄介ですね。愛理さんを抑える為に限界を破るストレートを投げた結果が、その回転数を上げすぎたストレートを生んだんですね」

「ごめんね~。私は引退試合の予定だったし、ハリキリ過ぎちゃったみたい。望月は通常140キロだけど、彼は150を超えてくる。同じストレートでも、初速と終速の差はとんでもない数字になるわね」

 

「愛理さん。聞くのもアレなんですけど、その三振の結果は150キロの球に対して振りが早かったって事ですか?」

「いいえ。そうはならなかったわ。プロでも見たことあるでしょ?バットがボールの下を通過するシーン」

 

「はい。ありますね」

「タイミングはみんな合ってるのよ。当然よね?合わせにいってるんだから。それが空振りになるって事は……遠矢君ならわかるでしょ?」

 

「つまり、バッターがボールの下を叩こうとしているから!ですね」

「そう。だからといって、ボールの上を叩く事はできない。打球は飛ばないし、内野ゴロの山よね」

 

遠矢が対策を考える中、全てを聞いていた仟が愛理に話しかけた。

 

「もう一度愛理さんが竹橋さんと勝負するなら、どうやって打つのですか?」

「私?私ならそうね……リバースリミットを超えるわ」

 

「さすがですね……」

 

苦笑いをした仟に、愛理は呆れた。

 

「仟……リミッターの意味がわかってるあなたに言うのも失礼だけど、そもそもリミッターは特別な存在じゃないのよ?不可能と思われる事を可能にした者の名称。だって、球が浮いてはいけないの?浮かないと決めたのは、あなた自身よ?」

 

仟は愛理を見て目開いたが、視点は定まっていなかった。その仟の顔を見た愛理は安心し、静かに優しく話し出した。

 

「誰に何を言われたのかはわからない。野球の歴史が、三割で一流バッターと証明しているのもわかる。でも私は、四割でも五割でも打ちたいと本気で思ってる。私の常識を崩した、要(かなめ)のくのいち打法のようにね」

 

話終えた愛理が要の顔を覗き込むと、要は照れ笑いをしていた。

 

「それに、そこにもいるじゃない。いい見本がね」

 

そう言った愛理の視線を四人が追うと、真っ直ぐマウンドを見つめる白城の背中があった。

 

「サイクルホームランとかバカげた予告をして、本当に達成しちゃうんだから」

 

すると、ふと視線に気づいた白城が後ろを見上げた。

 

「ん?なんすか?」

 

笑顔の6人が白城を見つめる中、一奥が白城に叫んだ。

 

「白城!お前は松原も竹橋も打てるよな!」

「はぁ?んなもん当たり前だろ。ナメてんのか?」

 

すると、6人は白城の言葉に笑った。白城は呆れ、愛理に話す。

 

「愛理さん。こいつらなんなんすか?」

「なんでもないわよ。ただ、竹橋刃の球が浮くって話してただけよ」

 

「へぇ~、やっぱり浮いてたのか。そいつは面白れぇ」

 

ニヤッと笑った白城がグラウンドを見ると、試合は二回裏まで進んでいた。打席には、名京高校の絶対的四番、国井定勝(くにいさだかつ)が向かっていた。

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静かな一振り

白城が鋭い視線を国井に送る中、国井は初球のシュートを強振。結果は打った瞬間決まった。

 

『オォォォォォォ!』

 

先制は名京高校。国井の一振りはレフトスタンドへ飛び込む。淡々と一周する中、キャッチャーの九条はマウンドの松原の下へ行った。

 

国井がホームインする姿に、遠矢は姿は見えないが三塁ベンチを見下ろしていた。すると、一奥が嘆く。

 

「くっそ~。これじゃ国井のタイムリミットが始まっちまうじゃねぇか。木村(タヌキ)監督はどうするんだよ」

 

そんな一奥を横目に、遠矢もそう思った。

 

(一奥の言う通りだ。木村監督……ここからどうしますか?)

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