決戦の舞台へ

 決勝の舞台、リミッツスタジアムへとバスが走り出す。その車中、西島(せいとう)メンバーたちに会話はなかった。

 周囲の期待と緊張。そして廃部を阻止する可能性を繋ぐためのプレッシャー。様々な思いが、重い空気を作っていた。

 白城(しらき)は腕を組んで目を閉じ、隣同士で座る仟(かしら)と要(かなめ)は、窓から流れる景色を静かに見ている。

 遠矢(とうや)は日課であるミットのヒモを確認し、硬い表情の三年生メンバーたちは、フロントガラスを強張った顔で見つめていた。

 そんな中、一奥(いちおく)は白城の隣でイビキをかいて寝ている。ふと目を開けた白城が横目で一奥を見ると、少しあきれてた顔をした後に微笑んだ。

(このバカ。これから大一番だってのに、よくもまぁ呑気に寝られるよな。まさか昨日、本当に睡眠不足だったのか?)

 白城は、一奥の向こう側に広がる窓の外を見た。

(いよいよ本番か……。いつもなら殴って起こす所だが、今は休ませておくか。名京(めいきょう)に勝つには、一奥の力が必要だ)

 そしてバスは、プロ野球名古屋リミッツが本拠地とするリミッツスタジアムへ到着。紀香(のりか)監督がバスを駐車すると、周りは大勢の記者に囲まれた。その様子を見た紀香監督は、「さすが決勝ね。今までとは注目度が段違いだわ」と苦笑いした。

「よし、お前ら!行くぞ!!」
『しゃぁ!』

 立ち上がったキャプテン神山(かみやま)の声に、気合いを入れたメンバーたちがバスを降り始める。最後部に座る白城も立ち上がるが、一奥はまだ寝ていた。

「ったく、しょーがねぇなぁ」

 白城は、一奥のかぶる帽子のつばを叩いた。勢いで帽子が脱げた一奥は、「んあ?」と、ようやく目を覚ます。

「なんだよ白城……」

「んぁ?じゃねぇ。着いたぞ」

「おお!」

「これが、お待ちかねのリミッツスタジアムだ」

 得意気に話す白城。驚いて立ち上がった一奥は、窓から外を見回した。

「スゲェ……これがリミッツスタジアムかぁ。さすがプロのホームグラウンドだな!」

 喜ぶ一奥に、白城は思わず笑った。

「ガキか?お前は。だがそれだけじゃねぇぞ?今日は三万人の観客が入るからな」

「マジかよ!地方大会なのに、そんなに注目されてんのか?」

「あぁ。まぁ、客の目当ては俺のホームランが一番だが、お前が160キロ超えのストレートのみで勝負と言っただけでも高校野球ファンは集まるだろうな。カシカナもいるし、遠矢もプロ入りする愛理(あいり)さんに勝ったキャッチャーだ。それと……」

「ん?」

 白城は、反対方向の窓から少し離れて止まった名京(めいきょう)高校のバスを見る。

「相手は春からさらにパワーアップした選抜ベスト4。勝てば地区大会三連覇に加え、準決勝まで全てコールド勝ちの最強チーム。俺たちは話題性だが、向こうは甲子園の優勝候補だ。高校野球ファンも熱くなるさ」

「なるほど。今や名京は甲子園優勝候補か」

「その呼び声は高いな。後は斜坂(ななさか)のブログも少しは影響……」

「そうかぁ」

 一奥は嬉しそうに両手を握ると、上へと突き上げた。

「燃えてきたぜ!白城、早く行こうぜ!」

「あ?いてっ!このヤロー」

 一奥は白城の足を踏んで前を通り、バスの前にある出口へ向かった。

「星見(ほしみ)とのリベンジもあるしな!ぜってえ負けらんねぇぜ!!」

(なにっ!?)

驚いた白城(しらき)は、「待て!一奥!」と呼び止めた。

「なんだよ?」

「今お前、星見さんにリベンジって言ったのか?」

「だからなんだよ。俺と斜坂はさ、昨日星見にやられたんだ。甲子園行かなきゃ、星見とはやれねぇだろ?」

「あのなぁ……まぁいい。とにかく名京をぶっ倒すぞ!」

「おう!」

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想像を越えた光景

 二人がバスを降りると、ガードマンたちがガイドポールを球場入り口まで設置していた。しかし、そこに観客はチラホラいるだけだった。

「なぁ白城。本当に三万人も来るのか?記者しかいないし、このヒモいらねぇだろ」

「だな……」

「まぁ、いいけど。俺は野球やりたいだけだし」

 二人が笑っていると、バスのサイドドアから道具を下ろしていた遠矢に「一奥」と呼ばれる。一奥に続いて白城もバットケースを肩にかけ、ガイドポールの中を歩いていった。

 選手専用口へ入り、もうすぐグラウンドが目に入る。その通路で、ふと一奥たちの足が止まった。先に行っていた西島メンバーたちが、出口で足を止めている。疑問に思った一奥は、先頭を歩いていたキャプテンの神山に叫んだ。

「神山先輩!早く行こうぜ!」

 しかし、神山から返事はなかった。一奥は「聞いてんのか?神山先輩!」と再び叫ぶと、とてつもない歓声が一奥の耳に届いた。

 目の前に広がる大観衆に、神山たちは立ちすくんでいたのだ。すると、杉浦(すぎうら)は「ガハハ!」と笑いながら神山の肩に腕を回した。

『ウオォォォォォ!!』

 グラウンドに出ると、再び立ち止まった西島(せいとう)メンバーたちが目にしたのは、360度観客で埋め尽くされた光景だった。

 いてもたってもいられなくなった一奥が先頭へと出ると、嬉しそうに口を開けたまま観客席を一周見渡した。

「アハハ、本当に満員じゃねぇかぁ!」

すると、一奥の横にニヤケながら白城が立った。

「だから言っただろ?まだ試合まで二時間あるってのにこれだぜ?」

「ああ!」

 すると、マウンドに見覚えのある制服姿の女性が立っていた。スーツを着た複数の大会関係者と話すその姿に、要が叫んだ。

「愛理さんだぁ!」

 笑顔の要が手を振ると、それに気づいた愛理も小さく手を振ってニコッと応えた。

 西島メンバーが三塁ベンチで支度を進めて始めると、スーツ姿の関係者は一塁側の出口へ。三塁ベンチ側には、愛理と四十後半らしき男性が歩いてきた。

 スパイクに履き替えた要は、ベンチを出て愛理の下へ走った。

「愛理さん!今日はどうしたんですかぁ?」

「ウフフ。一応、ドラフト指名の挨拶よ。そのついでに始球式を頼まれちゃって、断れなくて打ち合わせしてたのよ」

「うわぁ始球式かぁ……スゴいなぁ」

「そんなことないわよ。でね、要。こちらは……「知ってます!リミッツの監督さんです!」

 笑顔の要に、名古屋リミッツ監督の野崎(のざき)と愛理は目を合わせて微笑んだ。

「君は愛理君の中学時代の後輩なんだってね?これからプロ野球は変わる。近い将来、君たちのような女性選手がプロのタイトルを争うような時代が来る事を、私は楽しみにしているよ」

「はいっ!」

「頼もしい返事だな。では、失礼するね」

 要は頭を下げる。そして、二人がグラウンドを後にしようとしたその時だった。

『オォォォォォォ!!』

 再び大歓声がリミッツスタジアム中に響いた。

 一塁側から現れたのは、キャプテン国井(くにい)を先頭に堂々と歩いてベンチへ入る第一シード名京(めいきょう)高校の選手たちだった。一塁側スタンドからは名京名京のコールが連呼され、その圧倒的な応援に、西島メンバーたちは改めて相手の巨大さを思い知らされた。

 ただ一人だけ、愛理たち三人に目もくれず一塁ベンチへと夢中で走り出した男がいた。愛理は、その背番号18を見ながら笑った。

「全く……。一奥(あのこ)らしいわね」

 その声を聞いた二人が微笑む中、一塁ベンチへと到着した一奥が国井を指差す。

「国井!今日は限界バトルだ!ぜってぇ抑えてやるからな!」

「フッ」と笑った国井が目を逸らしてベンチの奥へ行くと、一奥の前に斜坂が立ちふさがる。

「いきがるな。今日のお前はわき役。勝つのは俺たち名京なんだよ」

「へっ!お前こそ初回からピッチング練習しとけよ。名京の三連覇は、俺たち西島が止めてやる!」

「さすが決勝。お前の口もうるさくなるわな。じゃあ一奥、お前の言う初回が九回なら、俺様が投げてやるよ」

「すぐに引っ張り出してやるからな!その余裕も今のうちだけだ!」

 一奥は舌を出し、三塁ベンチへ走って戻った。すると、愛理に「一奥」と呼び止められる。

限りなき挑戦のリスク

「なんだい?愛理先輩」

「左腕を上げなさい」

「へ?」

 不思議がったが、素直に左腕を上げた。

「これでいいの?」

「十分よ。それじゃ、スタンドで試合を見させてもらうから、頑張ってね」

「おう!任せとけ!!」

 下ろした左手を握ったやる気満々の一奥に満足し、愛理は野崎監督と通路へ入った。

「愛理君」

「はい」

「彼は確か、MAX163キロを記録した西島高校のエース。だがまだ一年生だよな?」

「そう……ですね……」

 すると、二人が真剣な表情に変わる。

「通常ではあり得ない成長スピードだが……これはあるリミッターのみに起こる現象に似ている。しかし、それと比べても異常すぎる成長は、他に何か原因でもあるのか……」

「それはキャッチャーです。西島キャッチャーの遠矢君は、投手の力を引き出してしまう限界(リミット)リミッターですから」

「なにっ!?リミットリミッターだと!!それが本当なら、今の名京相手では壊れるぞ!」

「私も……そう思っています。いえ、正確には三回戦で戦った時から、気づいていました」

 すると、必死な形相に変わった野崎監督が愛理の前で立ち止まった。

「君は詳しく知らないかもしれないが、ノーリミッターとリミットリミッターだけは、絶対にバッテリーを組ませてはいけない!互いが破滅して……」

「監督。それはご自身と西島(にしじま)一(はじめ)選手の事ですか?」

 キッと歯を食い縛る野崎監督。思わずグラウンドへ戻ろうとしたその瞬間だった。

 バシッ……

 愛理は右手で、野崎監督の右手首を掴んで止めた。

「……愛理君……」

 すると、目を閉じていた愛理が、にこやかに野崎監督を見つめた。

「私はこの夏、あのバッテリーと最高の勝負をしました。その時決めたんです。私は止めない……って」

 野崎監督は、愛理の表情とは裏腹に、ものすごい力で自分の手首を握られている事に気づいた。愛理はリスクを十分わかっていると、野崎監督は悟った。

「わかったよ……。私も限界(リミット)と呼ばれたリミッターだった。だから君たちの野球に対する気持ちがわかる。君は……いや、君たちはその先を見ているんだな」

 再び二人は歩き出した。

「はい。特殊な状況化でなければ超えられない限界……奇跡を可能にするトラストリミッターの存在を、私は信じています」

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