頭から水をかぶり続けていた白城(しらき)を、キャプテンの神山(かみやま)が呼ぶ。
両チームが整列し、球審の右手が上がった。
「ゲーム、梯(かけはし)!」
『ありがとうございました』
両選手が各ベンチへと下がり、紀香(のりか)監督は木村(きむら)監督の下へ行った。
「木村(きむら)監督、お疲れ様でした。本気で試合をして頂き、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。まだまだ大変ですが、お互い頑張りましょう」
「はい。では、遠矢(とうや)を病院へ連れて行きますので、失礼します」
木村(きむら)監督は、一塁ベンチへ戻る紀香(のりか)監督を厳しい表情で見ていた。
(これで、西島(せいとう)野球部は夏で廃部となってしまいましたなぁ……白城(しらき)君も、気になるところではありますが……)
ふと木村(きむら)監督が気づくと、そこへ九条(くじょう)が現れた。
「監督、帰りましょう。戻って練習をします」
「九条(くじょう)君……」
「俺たちは、この試合に勝ったとは思っていません。これから、改めてよろしくお願いします」
『お願いします!』
九条(くじょう)が帽子を取って頭を下げると、梯(かけはし)メンバー全員がそれに合わせた。
「君たちまで……わかりました。帰って練習しましょう」
『はいっ!』
「やったぜ!」
「今度は一奥(いちおく)からホームランを打つ!」
「夏はボコボコにしてやるぜ!」
騒ぎながら帰り支度を終えた梯(かけはし)メンバーは、一塁ベンチに軽く頭を下げながら笑顔で通りすぎた。
一番最後を歩く九条(くじょう)は、白城(しらき)を気にするように一塁ベンチの様子を見る。そして一奥(いちおく)に近づいた。
「一奥(いちおく)」
「あ……九条(くじょう)か。どうした?」
九条(くじょう)の目に映った一奥(いちおく)の表情は、負けて悔しいというより混乱しているように見えた。
「いや……なんでもない。またな」
「あぁ……」
九条(くじょう)は白城(しらき)を目で探したが、すでに白城(しらき)の姿はなかった。
白城(しらき)はチームに一言謝り、グラウンドを後にしていた。
梯(かけはし)高校の選手たちが去り、一奥(いちおく)たち一年生はグラウンド整備を始めた。上級生も帰り始める中、遠矢(とうや)は紀香(のりか)の車で治療へ行った。
夕暮れのグラウンド
薄暗くなったグラウンドで、一通り整備を終えた一奥(いちおく)が大の字に倒れた。
「あ~ぁ。何で白城(しらき)は見逃し三振したんだろうな」
そこへ、仟(かしら)が顔を出した。
「そうですよね……。あの瞬間、白城(しらき)さんに何が起こっていたのか、私にもわかりません」
仟(かしら)は立てたトンボを両手で持ちながら、遠くを見ていた。
「元気だせ~!一奥(いちおくん)」
「うぉ!」
そこへ、笑顔の要(かなめ)が寝ている一奥(いちおく)の真上でトンボを振り回す。
「要(かなめ)!あぶねぇだろ」
「えへへ」
「要(かなめ)さん、トンボの使い方が違うよ?」
「ん?」
声の方へ振り向く要(かなめ)。三人の下へ現れたのは、制服に着替え終えた2年生の小山田(おやまだ)だった。
一奥(いちおく)がムクッと体を起こす。
「あれ?小山田(おやまだ)先輩まだいたの?」
「帰ろうと……思ったんだけどね……」
小山田(おやまだ)は、足下にあった小石を拾って場外へ投げた。そして仟(かしら)が問いただす。
「白城(しらき)さんのことですね?」
「うん……仟(かしら)さんなら、何か知ってるかなと思ってね」
「すみません。私たちにも、どうして白城(しらき)さん程のバッターがど真ん中を見逃したのかわからないのです」
「ど真ん中か……ど真ん中!」
小山田(おやまだ)の顔が固る。それを見た一奥(いちおく)が、ガバッと立ち上がった。
「小山田(おやまだ)先輩!白城(しらき)とど真ん中に関係があるんだな?」
「う~ん、ごめんね。かもしれないってだけだよ。白城(しらき)は、一奥(いちおく)君のど真ん中をセンターフライにしてるから……」
「そうだよなぁ。あいつ、仟(かしら)がキャッチャーの時も見逃したけど、手が痛いとかなんとか言ってたし……」
その時、仟(かしら)が小山田(おやまだ)に疑問をぶつけた。
「小山田(おやまだ)さん、白城(しらき)さんは普段から木製バットで打っていたのですか?」
「どうして?」
「私が紀香(のりか)監督に頼まれて白城(しらき)さんをグラウンドに連れていったあの日、私は途中で少し待たされたのです。そしたら白城(しらき)さんは、木製バットを持ってきましたので」
「そうなんだ。理由はわからないけど、白城(しらき)が木製バットを使うのはティーバッティングの時だけだったよ。しっかりボールを芯で捕らえる為だって、言ってたけど」
「そうですか……」
仟(かしら)が考え込むと、今度は一奥(いちおく)が小山田(おやまだ)に問いただす。
「じゃあ、俺のど真ん中を打った時の木製バットは、フリーで初めて使ったって事だよな?」
「うん。初めて見たよ」
「なぁ仟(かしら)、これじゃ白城(しらき)は金属バットだとど真ん中が打てないって話にならないか?」
「一奥(いちおく)さん……それはありませんよ……」
「アハハ、だよな」
すると、小山田(おやまだ)が驚いた顔をした。
「まさか……まだ白城(しらき)はあの試合から……」
三人が小山田(おやまだ)を見る。話したのは一奥(いちおく)だった。
「小山田(おやまだ)先輩、あの試合って去年の夏ってこと?」
「うん。去年の夏の大会、白城(しらき)は全て見逃し三振だったんだよ」
「あの白城(しらき)さんが?全てですか?」
驚いたのは仟(かしら)だった。
「うん。一回戦の一打席目に、事故が起こったんだ」
「事故?」
「うん。でも、今日は満塁ホームランも打ったし、関係ないと思っていたんだけど」
すると、小山田(おやまだ)の前へ一奥(いちおく)が迫る。
「小山田(おやまだ)先輩、間違いないぜ!」
「一奥(いちおく)君……」
「それで、その一打席目の事故はどんな事故だったんだ?」
「それは……」
事故を思い出した小山田(おやまだ)は、ショックを受けた表情に変わる。
「ど真ん中のストレートを打った後だったよ……」