「監督!」

 

時は大会3日前。仟(かしら)は練習前の職員室にいた。

 

「仟、静かに」

 

感情的になった仟を紀香(のりか)監督がなだめる。仟は職員室を見渡して注目を浴びた事を知り、ほほを赤らめた。

 

「すみません……でも、説明して下さい!私は納得出来ません」

 

椅子に座る紀香監督は、フゥっと息を吐いて足を組み直した。

 

「一昨日の事よ。加藤(かとう)君と小林(こばやし)君がここに来て、直接私は彼らに言われた。あなたと要(かなめ)を、ベンチに入れて欲しいとね」

「そんな……。だって私たちがベンチに入っても、意味がないのは監督もご存知のはずです。それなのに、どうして許可……」
「勝つ為よ!」

 

紀香監督の声が職員室に響く。

 

「勝つ……為……」

「私は采配を知らない。仟、誰がベンチでサインを出すの?」

「それは、遠矢(とうや)さんがいます」

 

「無理よ」

「えっ?」

 

紀香監督は腕を組み、窓の外を見つめた。

 

「仟、遠矢がランナーの時はどうするの?公式戦では、ランナーがバッターにサインを送る行為は禁じられているわ。主に球種を教える行為だけど、そうでなくても注意されたら……もう遠矢は動けない」

「ハッ!……そう……ですね……」

 

仟は一度下を向いたが、すぐに紀香の目を見て話しだす。

 

「監督……それでもキャプテンの神山(かみやま)さんや村石(むらいし)さんが……」

 

紀香監督は、左の掌で仟の言葉を止めた。

 

「あなたの気持ちは十分理解している。それでも納得できないなら、直接本人たちに聞きなさい。話はその後よ」

 

しばらく下を向いた仟は、「……わかりました」と紀香監督に返事をし、「失礼しました」と職員室を去った。

 

部室へ着いた仟は、沈んだ顔でドアをノックする。

 

「仟です。神山さんはいますか?」

 

すると、中から「ちょっと待ってろ」と返事があり、しばらくして着替え終えた神山が出てきた。

 

「どうした仟。まだ着替え……」
「すみません。少しお話したいのですが……」

 

察したキャプテンの神山は、右手を腰に当てて横を向いた。

 

「納得してないのか……」

「神山さんは納得しているのですか?私には……無理です」

 

下を向く仟に、神山は「仟」と呼んだ後、校舎の影を指差して共に歩き出した。

 

「お前の気持ちもわかる。だが、あいつらの気持ちも考えろ。俺は共に約3年仲間としてやってきた。その上で、あいつらの気持ちに応えると決めた。だから俺は、監督に何も言うつもりはなかったんだよ」

「それでも私にはわかりません。皆さんの言い分はわかりますが、やっぱり納得は出来ません」

 

「なら仟、どうすれば納得するんだ?」

「それは……」

 

黙ってしまった仟に神山は、「なら、あいつらと勝負しろ」と、仟の目を見て言う。

 

「神山さん、そういう問題ではありません」

「なら、どういう問題だ。西島高校(ここ)はかつて野球バカの聖地とまで呼ばれた場所。俺はな、そのグラウンドが選んだと言っているんだ」

 

それは仟はわかっている。だが、気持ちのやりどころがわからない。仟の両手は、無意識に強く握られた。

 

神山は、「早く着替えてグラウンドに来いよ!」と仟に声をかけながらその場を去る。

 

仟は何も決められないまま、更衣室で着替え終えてグラウンドへ。すると、選手全員が一塁ベンチ付近に集まっていた。

 

「遅くなってすみません」

 

仟が皆の前で帽子を取りながら礼をすると、キャプテンの神山が全員に話し始めた。

 

「これで全員だな。いいか!今から夏のベンチ入りメンバー18人を全員で決める。1年も3年も男も女も関係ない。このグラウンドが決める。いいな!」

『はい!』

 

すると、神山は1枚の紙を後ろポケットから取り出した。

 

「これには、十数年前まで木村(きむら)前監督が実際に行っていたセレクション内容が記載されている」

 

当時は集まりすぎていたセレクションメンバーを選ぶ為の、いわば予備セレクションが行われていた。

 

神山は仟と別れた後職員室へ行き、紀香監督からこの紙を受け取っていた。

 

「走攻守だけではなく、感情や性格まで数値化されるシステムになっている。だが大会まで時間はない。今回は走攻守のみで実施する。では始めるぞ!」

『はいっ!』

 

「待ちなさい」

 

突然低く重い声が一塁ベンチへ響く。皆が声の聞こえたバックネット裏の階段を見上げると、そこにいたのは西島(にしじま)理事長だった。ゆっくりと階段を降り、一塁ベンチへスーツ姿のまま入ってきた。

 

「事情は監督から聞いた。神山君。キャプテンの君がそう判断したのなら、経験者の私が木村監督の代わりをやろう。皆も、それでいいかな?」

『はいっ!』

 

西島理事長の突然の登場に戸惑った選手たちだったが、野球を始めるとなれば別。気持ちはすぐに切り替わり、いつものように笑顔が溢れていた。

 

その様子を見ていた西島理事長は微笑み、しばらくしてキャプテンの神山を呼ぶ。

 

「神山君、私は容赦なく君も落とす。そして、ベンチ入りが18人と考えるのも辞めろと、先に言っておくよ」

「もちろんです。よろしくお願いします!」

 

神山は、深々と礼をした。

 

「では、集合だ」

「はい!集合!」

『おーぅ』

 

アップを終えた選手たちが、再び集まる。

 

(いい表情だ……)「今からやることは実戦。先に言っておくが、西島高校には当たれば飛ぶバッターや、肩が強いが打たれる投手・守れない野手、足は速いが盗塁出来ない選手はいらない。細かくはセレクション通り省略するが、私は君たちの野球力を見ると思ってくれ。では、それぞれ希望のポジションへ。またこちらから指示を出す」

『はいっ!』

 

神山が用意したゼッケンを一人一人が受け取ると、もらった順に守備へ散った。

 

すると、ここでちょっとした珍事が起きる。それは、紀香監督や仟の考えに反旗を翻(ひるがえ)すような光景だった。

 

ピッチャーに一奥と鶴岡(つるおか)。キャッチャーに遠矢と村石。
ファーストに杉浦(すぎうら)兄弟。セカンドに仟と小山田(おやまだ)。サードは神山のみ。ショートはなんと誰もいない。

 

レフトは白城のみ。センターは要(かなめ)と光(ひかり)。そしてライトへ走った選手の数名が空いているショートへ、ライトへ向かう途中で移動した。

 

すでにセレクションは始まっている。

真っ直ぐ向かう者。
少し迷った者。
一度はポジションにつき変更した者。
二度変更した者。

 

ペンを持つ西島理事長の右手は、すでに動いていた。その動きが止まった時、選手たちの希望ポジションも決まった。

 

「これでいいのか?今ならまだ、変更を認めるぞ!」

 

すると、西島理事長の右手が再び動き出す。

 

今の西島理事長の声を聞いて移動する選手はいなかったが、細かい挙動を西島理事長は見逃さない。

 

後ろを向く者。
キョロキョロ横を見る者。
話をする者。

そして、堂々とする者。

 

その他様々な挙動が、すでにセレクションに関係していた。

 

「決まったようだな。では、一番前の選手だけそこに残れ。二番目の選手は三塁ベンチへ。残りは一塁ベンチへ移動」

『はい!』

 

西島理事長のかけ声でグラウンドに残ったのは、

 

ピッチャー鶴岡
キャッチャー村石
ファースト杉浦 兄
セカンド小山田 (2年)
サード神山
ショート工藤 (2年)
レフト西島白城
センター仲沢 要
ライト加藤

 

そして二番目のメンバーは、

 

ピッチャー斉藤一奥
キャッチャー田坂遠矢
ファースト杉浦 弟 (2年)
セカンド小林
サード中谷
ショート福澤
レフト大榎
センター光綿密 (2年)
ライト川辺 (2年)

 

以上となった。

 

仟は、足を組んでベンチに座る西島理事長の隣に腰を下ろした。そして、興味深い目で西島理事長を見る。

 

(この人が伝説のパーフェクトプレイヤー、西島一(にしじまはじめ)……)

 

すると、西島理事長が仟の視線に気づいた。

 

「なにかね?」

 

仟はサッと両手を膝に置くと、「いえ、なんでもありません」と、少し照れながら下を向く。すると、西島理事長が叫んだ。

 

「三塁ベンチ!打順は問わない。野球を始めてくれ」

『はい!』

 

三塁ベンチのメンバーたちが返事をすると、一奥と光がもめ始めた。

 

「一奥、僕が一番だ」

「めんつゆ先輩は四番だろ?一番は俺だ」

 

その言い合いを、遠矢が止めた。

 

「確か西島理事長は、野球力を見るって言ってたよねぇ。それってやっぱりチームワークもかなぁ……」

 

遠矢の呟きを聞いた一奥と光は、同時に『ん!』と動きを止めて遠矢を見た。

 

「一奥、ここは君に華麗に譲るとしよう」
「いやいや、めんつゆ先輩。ここは先輩の顔を立てるぜ」

 

結局二人がもめていると、その隙に遠矢がバッターボックスへ行ってしまった。その姿を目にした二人が『ああー!』と遠矢の背中に叫ぶ。

 

声を聞いて微笑んだ遠矢は、そのままバッターボックスへ入った。しかし、今度はピッチャーの鶴岡が投げようとしない。

 

「理事長」

「どうした?」

 

「すみませんが、審判はどうされますか?」

 

鶴岡の問いに、西島理事長はペンを差し向けながら問いで返す。

 

「必要か?」

 

西島理事長の意外な言葉に、鶴岡だけではなくグラウンドにいる全員が黙ってしまった。

 

「お前たち。このグラウンドには、常に18人と審判がいたのか?」

 

その言葉に、ここにいる誰もが心を打たれた。

 

「もう少し話そう。今から日頃の成果を見せるなどと考えている奴は、グラウンドを去れ。過去のお前たちを見ても面白くはない。以上だ!始めてくれ」

 

一体、何人の選手が今の西島理事長の言葉を理解したのだろう。

 

実はこの予備セレクションは、誰もが合格してしまうシステムだった。

 

昨日より、ただ野球が好きで、ただ速いボールが投げたくて、ただ打球を遠くに飛ばしたい。

 

そんな純粋な心を持った選手を集めるだけの内容だった。数値化、システム、テストの緊張感や雰囲気は、全てブラフ。

 

何かを書いていた西島理事長の右手は、合格か不合格をチェックしていただけだった。

 

(さぁ、君たちの限界を私に見せてくれ。そして、臆する事なく常に高く飛べ。毎日が、今この瞬間が成長のチャンスなのだ。セレクションも練習も試合も関係ない。君たちがやっているのは、いつもと変わらない大好きな野球なのだと、その心を忘れるなよ……)

 

わずかに西島理事長が微笑む。隣にいた仟は、なぜ今西島理事長がセレクションに動いたのかを考えていた。

 

すると、悩んでいた事が恥ずかしくなった。この時仟は、ただ野球バカに認められる野球バカになりたいと心から思った。昨日より上手くなった自分を見てほしいと、西島理事長を見てそれだけの気持ちになれた。

 

(ありがとうございます、西島理事長。神山さんが言ったグラウンドがメンバーを決めるというのは、こういうことだったのですね。でも今一番ワクワクしているのは、私には西島理事長に見えますよ?一奥さんは、木村前監督をタヌキだと言いました。西島理事長は代わりをやると言いましたが、それを一生懸命隠してる……本当にただ、野球が大好きなのですね)

 

西島理事長の楽しそうな顔を見て、仟はつい笑ってしまった。気づいた西島理事長にチラッと見られたが、西島理事長は1つ咳払いをして無理矢理真剣な顔を作り直した。

 

すると、仟が打席の遠矢に向かって元気よく叫ぶ。

 

「遠矢さーん!バックスクリーン越えのホームラン以外は認めませんよ~!」

 

そんな仟に、ほとんどの選手が驚く。西島理事長の狙いに気づいていた遠矢は、当然のように予告ホームランをした。

 

すると、遠矢につられるように一奥がいつもの調子で言った。

 

「見せるなぁ遠矢!今日こそバックスクリーン越えで白城に追いつけ!」

「当然だよ!」

 

そしてセンターの要もつられるように、すでにフェンスの上に立って両手を上げていた。

 

そんなグラウンドを見ている仟は、楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 

笑いそうになる仟の右手が口から離せないのと同じく、西島理事長の咳払いの回数が半端ない程増えていた。

 

「エヘン……ウウン」

「大丈夫ですか?西島理事長。よろしければ、上着とネクタイをお預かりしますけど」

 

「エヘン……そうだな。さすがにこの季節のスーツは堪える。頼むよ」

「はい!」

 

理事長が脱いだ上着を仟がたたんで自分の膝に置き、二人は再びグラウンドの光景を楽しみだしだ。

 

今、西島野球部の想いが一つになる。マウンドの鶴岡も、いつもの調子に戻っていた。

 

「遠矢、俺は今日こそ一奥からエースの座を奪う。お前に打たれてたまるか!」

 

その気迫に、キャッチャーの村石が応えた。

 

「そうだ!鶴岡。遠矢を抑えて、俺もコイツからキャッチャーを奪い返すぜ!」

 

二人の熱い気持ちに、バッターの遠矢は微笑んで構えた。

 

「残念ですが、僕も限界を越えますから覚悟して下さいね」

 

「いくぞ!」と鶴岡がストレートを投げる。遠矢は完璧に捉えた。

 

「くそぉ!要~!取れー!」

 

ピッチャー鶴岡が叫び、要はバックスクリーンを越えようとしていた遠矢の打球に向かってグローブを投げた。

 

「おー!当たった!」

 

フェンスからグラウンドに飛び降りると同時に、落ちてきたボールを素手でキャッチした。

 

「鶴岡(つる)先輩!取ったよー!」

「よーし!よくやったぁ!」

 

要と鶴岡の変な会話が交わされたが、ホームランを打った遠矢はダイヤモンドを回る。二塁ベースを蹴る時、センターの要に声をかけた。

 

「要~、今のはバックスクリーンを越えてたかなー?」

「遠矢(とや)君、越えてたよー!」

 

「よし!」と遠矢が三遊間付近に到達すると、今度はレフトの白城から声がかかる。

 

「遠矢!今のはギリギリ越えてねぇ。俺は横から見ていたから確かだ」

「本当ですかぁ?白城さん。僕には強がりに見えますけど?」

 

「うるせぇ!早くホームインしろ!」

 

白城は腕組みしながら、すねた表情をして横を向いた。すると、センターの要が白城に問う。

 

「ねぇ~白城(しら)先輩。今のは本当に越えてたよぉー?」

「お前もうるせぇぞ!要。まぁいいんだよ。俺は今日こそ、伝説を超えるからな」

 

ホームインした遠矢に仟が「ナイスバッティング!」と声をかけると、遠矢は左腕でガッツポーズをして三塁ベンチへ下がった。

 

もめていた一奥と光は、結局テンションの上がった三塁メンバーから八番光、九番一奥と告げられていた。そんな一奥が、遠矢を出迎える。

 

「遠矢!やったな!」

「ありがと、一奥。でも今日の白城さんは、マジで伝説超えを狙うと思うよ?」

 

「マジかよ!ついに屋上ホームランか!……くっそぉ。ただでさえいつもの九番だってのに、俺は白城の立役者になるのか……」

「名誉だよ。打たれるピッチャーがいないと、伝説は生まれないからね」

 

「まぁな。でも、簡単には白城にやらせねぇけどな」

 

一奥と遠矢の会話が続く中、仟と要にベンチ入りを譲った一人の小林が右バッターボックスに立った。

 

すると、いつもバットを短く持っていた小林が今日はバットを長く持っている。その事にキャッチャーの村石が気づいた。

 

「どうした?小林。遠矢はともかく、鶴岡の球はお前には速いぜ!」

「あぁ、わかってるよ。でもなぜか、そんな気分なんだ」

 

体は決して大きくない平均的な小林は、杉浦や白城の豪快なバッティングと自分をいつの日か比較していた。その結果、バットを短く持ってコンパクトに短打を狙うスタンスになっていた。

 

(ずっとタイプが違うって諦めてたけど、僕も鶴岡の球をホームランにしてみたい!)

 

そんな気迫溢れる小林の姿に、キャッチャーの村石が笑わない訳がなかった。

 

「面白れぇ。いい感じだぜ小林。鶴岡は全力のストレートで勝負にくる。打てるもんなら打ってみろ」

 

村石の言葉に、小林は唾をゴクンと飲み込んだ。すると今度はマウンドの鶴岡が叫ぶ。

 

「村石。俺は昨日、MAX143キロをついに超えたからな。今日は一気に145へ到達する。行くぞ!小林」

「こいっ!」

 

ズバン!

「くっ」(やっぱり速い……)

 

小林は鶴岡を睨み、キャッチャーの村石は微笑んだ。

 

「小林、空振りストライクだ。鶴岡!今のは140キロってとこだな」

「そうか?141だろ?」

 

するとキャッチャーの村石が一塁ベンチの仟に「仟!計ってくれ」と、スピードガンを構えるように頼んだ。

 

仟は嬉しそうに膝のスーツを西島理事長の横に置くと、跳び跳ねるようにスピードガンを持ってバックネット裏へ移動。

 

「いいですよー!鶴岡さん」

 

鶴岡が二球目を投じる。

 

「行くぜー!うらぁ!」

 

パーン!
再び空振る小林。そして村石が返球する。

 

「小林、鶴岡なんか無視して打っていいんだぜ?」

 

一度素振りをする小林。ボールを捕った鶴岡は、仟に問いかけた。

 

「仟!今のは何キロだ?」

 

「143です」

「くそ、昨日の俺か。今度こそ……

 

鶴岡が三球目を投じる。

 

「145だぁ!」

カキーン!

(いけぇー!)

 

小林のバットが快音を残す。打球はレフトへ飛び、白城は腕組みしたまま全く動かない。

 

打球がフェンスを越えたその瞬間、三塁ベンチが吠えた。

 

「スゲー!」
「あの小林が……あんなでかいのが打てたのかよ……」
「ナイスバッティングだ!やったな小林!」

 

打った小林は、人生初ホームラン。嬉しすぎてよくわからない小林は、あっという間にホームへ戻ってきた。

 

満足そうな顔のキャッチャー村石が、小林に声をかける。

 

「やられたぜ、小林。見事なホームランだったな」

「村石……あ、ありがとう」

 

二者連続ホームランを打たれたマウンドの鶴岡は、両手を膝にガックリきていた。

 

「仟……、俺は何キロを小林に打たれたんだ」

「鶴岡さん、最速更新ですよ」

「なんだと?」

 

驚いた鶴岡が顔を上げる。

 

「おめでとうございます!自己新の145キロです!」

 

「本当か!しゃぁ!」

 

打った小林も、打たれた鶴岡も喜ぶ異様な光景。だが西島理事長は、それを笑顔で頷いた。

 

(紀香が血相を変えて理事長室に飛び込んできたが、あいつはここまで立派にチームを作り上げていたか……)

 

指示すると言った西島理事長は、自由にプレーする選手たちを無言で見守る。選手たちは、すでにセレクションを忘れていつも通り野球を楽しんでいた。

 

「ガハハ、もう引っ掛かるものか!ボールだ!」

「いえ杉浦さん。入ってますよ?」

 

「なにっ?」

 

遠矢の判定に、杉浦は悔しがる。

 

「くそっ、まぁいい。次で仕留める。こい!一奥。今日こそ叩き込むぞ!」

「打てるもんなら……打ってみろー!」

 

「だりゃーー!」カキーン!

 

杉浦の打球がレフトフェンスを越えた。

 

「うおぉぉぉぉ!見たかぁ!一奥」

 

喜び一周する杉浦に、一奥は微笑んだ。

 

(チェッ、ついにやられたな……)

 

膝に手をつきながら、一奥は叩き込まれたレフト方向を見ていた。すると視界に杉浦が映る。

 

「よし!よし!よーし!見たか!どうだ!一奥」

「なぁ杉浦先輩、わかったってばぁ……」

 

「ガハハハハ!やったぞ!」

 

一奥から初めて真剣勝負でホームランを打った杉浦を、ホームで白城が迎えた。

 

「ガハハ!見たか?白城」

「えぇ。マジで刺激されましたよ」

 

「そうか?だろうな!ガハハ!」

 

杉浦は、上機嫌で一塁ベンチへ下がる。

 

「さてと……」

 

バッターボックスに入った白城は、父である西島理事長にバットを向けた。

 

「伝説超え。やらしてもらいますぜ!大先輩」

「ほぅ……。右バッターのお前が、屋上まで届くのか?」

 

気合いを入れて構える白城。そして一奥が投球モーションに入った。
投じられた球に、集中した白城がスイングに入る。

 

(今それを……証明してやる!)

カキーン!

『おぉぉぉぉ!!』

 

一塁ベンチも三塁ベンチも一斉に声を出す。西島理事長も、思わず腰を浮かせた。打った白城は、打席から一歩も動かず打球の行方を見守る。

 

(昨日は屋上フェンス直撃……手応えはあった!)「いけぇー!」

 

高々とライトへ上がった打球は、屋上フェンス付近で無音で消えた。

 

「どっちだ?ボールはどこだ?」
「越えたよな……」
「間違いねぇ!屋上ホームランだ!」

『うおぉぉぉ!』

 

右拳を突き上げ、白城はガッツポーズをして走り出す。その背中を一塁ベンチから見ていた西島理事長は、思わず立ち上がっていた。

カタンと音を立て、西島理事長の太ももに置かれていたクリップボードが落ちた。

 

我に返った西島理事長が「フッ」と笑う。そして金属バットを握った。理事長にそうさせたのは、白城の屋上ホームランボールを拾った紀香の姿だった。

 

(そこでずっと見ていたんだな……紀香)

 

金属バットを握ったまま、西島理事長はバッターボックスへ向かう。そして、ホームを踏んだ息子の白城に話しかけた。

 

「白城、レフトへ行け!」

「レフト?あ……はい」

 

左バッターボックスに立った西島理事長は、次々に選手交代を告げた。

 

その結果、

 

ピッチャー 一奥
キャッチャー遠矢
ファースト杉浦
セカンド小林
サード神山
ショート小山田
レフト白城
センター光
ライト加藤

 

グラウンドは、以上のメンバーになった。その時仟と要は、一塁ベンチにいた。

 

「仟、これが理事長さんが選んだ野球バカかな?」

「うん、そうだね」

 

そして西島理事長は、一塁ベンチに向かって話し始める。

 

「もう言わなくてもわかっているな?一塁は、ホームの西島ベンチだ」

「えー?」

 

驚いたのは、要ただ一人。

 

「どどど、どうしよう。仟」

「要、三塁ベンチを見てみなよ」

「三塁?」

 

仟と要が真っ直ぐ見つめた先には、誇らしげにグラウンドを見つめる野球バカたちの顔が並んでいた。

 

「みんな……」

 

立ち上がった要は、選んでくれた三塁ベンチのメンバーに向けて深々と礼をした。三塁ベンチのメンバーたちは、大きな拍手をグラウンドに送った。

 

場の空気を見計らい、西島理事長が口を開く。

 

「さて、お前たちは選ばれた野球バカの中の大バカだ。そのお前たちなら、今から私を抑えるのは容易だろう。三塁ベンチの期待を裏切るなよ」

 

西島理事長は、ヘルメットも被らずに構えた。その姿に、マウンドの一奥はニヤリと笑う。

 

「理事長!いや……伝説のバッター、西島一(はじめ)大先輩!俺たちは、あんたを超えて甲子園へ行くぜ!」

 

西島理事長は、一瞬ニヤっと笑う。

 

(斉藤一奥か……昔の自分を見ているようだな……)「私がヘルメットを被らなかった理由は、わかっているな?」

「もちろんだ!あんたは西島史上最高の野球バカだからな」

「勝負だ!こい!」

 

「いっくぜー!西島一の限界は……俺たちが超える!」

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夏の大会、初戦開幕

「仟……仟!」

「え?あ、はい」

 

試合前のシートノック中、仟は慌てて紀香監督にボールをトスした。

 

「ボーッとしてない!」

「すみません……」

 

ノックから上がった一奥が、仟に話しかける。

 

「何ボーッとしてたんだ?」

「あ……いえ」

 

仟は、ベンチ入り出来なかった仲間がいるスタンドをチラッと見た。一奥は仟の視線を追う。

 

「そっか。みんなの分も、絶対勝とうな!仟」

「はい!頼みますよ?一奥さん」

 

「へへっ、任せろ!」

 

紀香監督がキャッチャーフライを打つ。

 

「ラスト!」

『キャッチャー!』

 

遠矢がキャッチし、神山が声を上げる。

 

「礼!」

『ありがとうございました』

 

頭を上げた一奥が上目に見つめる先には、一週間前にゲームセンターで戦った棚谷高校の倉部(くらべ)がいた。

 

(さぁ、いよいよ本番だぜ!)

 

視線に気づいた倉部は不気味に笑う。

 

(ククッ……西島高校、粋がるのも今のうちさ……)

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