「神山(かみやま)さん、出来ました」

 

仟(かしら)がメンバー表を書き終えると、神山はチェックして遠矢(とうや)に渡そうとする。

 

「遠矢、これでいいな?」

「僕が見るまでもないですよ。仟が選んでますから」

 

「そうか、わかった。先攻後攻はどうする?」

「どちらでも構いませんね。五回で終わらせる予定ですから」

 

あまりに余裕な遠矢を見て仟は微笑んだが、神山の表情は固かった。

 

「まぁいい。行ってくる」

 

駆け足で神山が球審の下へ着くと、棚谷(たなや)高校キャプテン倉部(くらべ)はのんびり歩いてきた。

 

「では、メンバー交換して下さい」

 

球審を挟んで神山がメンバー表を倉部に渡そうとするが、倉部は全く受け取る様子がなかった。

 

「まぁ待て。それを受け取る前に、球審に聞きたい事がある」

「なんだね?」

 

「西島(むこう)のベンチに女子部員がいるが、高校野球はダメだろ?」

 

すると、神山が倉部を睨む。

 

「待て。あいつらはマネージャーだ」

「はぁ?お前に聞いてねーんだよ。俺は審判という神様に聞いてるんだ。黙ってろ!」

「くっ」

 

球審が紀香監督に確認する。戻ってくると、倉部に説明しだした。

 

「西島(せいとう)キャプテンの言う通りだ。問題はないよ」

「ふ~ん。まぁわかったけどさ、あいつら何でユニフォーム着てんだよ?マネージャーなら制服にしてくれねぇとなぁ」

「お前!」

 

頭にきた神山が叫ぶ。

 

「だから黙ってろ。俺は球審と話してんだよ!」

「黙っていられるか!大切な仲間を侮辱されたんだぞ!」

 

神山が倉部に迫ると、倉部は左手で顔を隠した。

 

「おぉー怖い怖い。西島高校ってのはこんな気性の集まりなのかよ」

「このヤロー!」

 

球審が二人の間に入る。

 

「西島高校、辞めなさい。お互いスポーツマンシップに欠ける行為は気をつけなさい。ではメンバー交換を」

 

球審の声に、倉部は尻ポケットから丸まったメンバー表を神山に渡した。それを広げるが、神山の怒りは頂点だった。それを必死にこらえる。

 

「くっ」

「なんだよ?その顔は。読めるだろ?まぁ、お前に日本語が解るならな!」

 

そして球審がトスを始めた。

 

「では、ジャンケンを」

 

神山と倉部の右手が出される。

 

「最初はグー」
「ポン」

 

神山は当然グーを出し、倉部はパーを出した。再び神山が静かに怒鳴る。

 

「おい……真面目にやれ。最初はグーだろ」

「はぁ?そんなルール知らねぇわ。そもそも出したタイミングは合ってたじゃねぇか?お前は口でジャンケンするのかよ」

 

呆れた神山は、球審に呟いた。

 

「球審、棚谷高校に決めさせて下さい」

「いいのかね?」

 

球審に神山がうなずくと、倉部は得意気な顔をした。

 

「じゃあ後攻だな!」

 

倉部は尻ポケットに両手を入れたまま、三塁ベンチへ帰っていった。

 

一塁ベンチに戻った神山が丸まったメンバー表を仟に渡すと、「くっそぉ!」と叫んだ。神山の怒りが収まらない。

 

「白城(しらき)!なんだあいつの態度は!」

「あれが倉部っすよ。ぜってぇ許さねぇ……」

 

神山はさらに続けた。

 

「一奥(いちおく)!あいつを許すなよ。いいな!」

「当たり前だ!」

 

「まぁまぁ皆さん、冷静になりましょう」

 

遠矢がなだめるが、神山の怒りはチーム全体に広がってしまった。そして、雰囲気は最悪のまま球審から集合の号令がかかる。

 

両チームが整列すると、棚谷高校の倉部(くらべ)がまたもや仕掛けてきた。

 

「なぁ、キャプテン。俺と握手したいか?」

「必要ないな」

 

するとまた球審が注意する。

 

「待ちなさい。両チームキャプテン、握手して」

 

神山は、しぶしぶ倉部との握手に応じた。その後だった。

 

「なんだこれは!」

 

神山の右手にくっついていたのは、ガムだった。それを見た球審が倉部を注意する。

 

「棚谷高校!ガムは捨てなさい」

「違いますって。ゴミをポケットに入れたのを忘れてただけっすから」

 

「以後気をつけなさい。では、礼!」

 

お互いまともに礼をしないまま、棚谷高校は守備へつく。西島高校は一塁ベンチへ戻り、神山を中心に円陣を組む。

 

「いいか、お前ら!あいつらをボコボコにするぞ!」

『おぉぉ!』

 

そんなイラつく西島ベンチの様子を、マウンドの倉部は「ククッ」っと笑いながら見ていた。

 

(単純な奴らだ。こりゃ楽勝だな。……西島(にしじま)ぁ、ゲームの借りはたっぷり返してやるぜ!)

 

一回の表。一番センターの光(ひかり)がバッターボックスに立った。光はいつも通りカッコをつける。

 

「神山さんを怒らせた罪は重い。君には華麗なピッチャー返しをプレゼントしよう」

 

その態度に、ピッチャーの倉部が呆れる。

 

(なんだ?こいつは。気持ちわりーな……まぁ遊んでやるか)「おい、バッター。俺からは泥臭いプレゼントだ」

 

初球、倉部はマウンドからボールを転がした。見送れば当然ボール。だが、光はゴルフスイングのようにコロコロボールを打った。

 

「ククッ、ちょろいもんだぜ」

 

倉部は転がってきた打球を処理。光はピッチャーゴロに倒れた。しかし西島ベンチからは、光を称える声がかけられた。マウンドの倉部は「へっ」と笑って様子を見る。

 

(バカが。一番があんな球を初球から打つかよ。さすが一回戦ボーイの西島高校だな。所詮野球はこんなもんだぜ)

 

続く二番はショートの小山田(おやまだ)。普段は真面目で大人しい小山田だが、今は違った。打席に立った小山田は、倉部に向かって挑発する。

 

「さぁ、ゴロでも何でもこい!」

「ハハッ、何でもいいのか。ならお前も打ってみろよ」

 

倉部は「ほれ」と、またボールを転がした。小山田のバットはボコンと音を立て、打球は平凡なセカンドゴロになる。

 

「くそぉ!」

 

一塁を駆け抜けた小山田は、悔しさに我慢できず叫んだ。だが倉部は、小山田の姿にわずかな違和感を持った。

 

(何かおかしい。悔しそうに感じないのはなぜだ……こいつら、わざとか?)

 

そして、三番の神山が打席に立った。

 

「どうせゴロだろ?こいよ」

「ああ?」

 

すると神山は、倉部がゴロを投げる前提でバットをホームベースの前に寝かせた。

 

「ハハッ、なんだそれは。打つ気がねぇならバットを持ってくるなよ」

 

軽く投げた倉部が、あっさりストライクを取る。神山はバットを置いている為、文字通り見送った。返球を受けた倉部が、二球目を投げる。

 

「こんな球はどうだ?」

 

ボールはワンバウンドし、キャッチャーミットに収まる。神山のバットは横向きに置かれている為、ツーストライクとなった。

 

倉部は腹を抱えて笑う。

 

「アッハッハ!こりゃ傑作だぜ」(こいつら、やはり弱小のアホ集団だ)

 

三球目、倉部は再びワンバウンドを投げた。

 

「終わりだ!」

 

しかし神山は、倉部が投げた瞬間サッとバットを拾う。打撃体勢に入った神山のタイミングは、バッチリ合っていた。ボールはワンバウンドし、ど真ん中に向かっている。

 

それを見た倉部が(しまった……)と焦った瞬間だった。神山は、そのボールを見逃した。

 

「どうした?自信のある球なんだろ?もう一球投げてこいよ」

 

神山は、再びバットをホームベースの前に寝かせる。その態度に、倉部はムカついた。

 

「チッ……」(それならゴロで十分だ。そこで寝ているバットに当ててやる)

 

四球目、倉部はボールをコロコロと転がした。そして様子を伺う。しかし神山は、バッターボックスで立っているだけだった。

 

転がってきたボールは、そのまま寝ているバットにコンと当たった。

 

全く転がらなかったボールをキャッチャーが拾い、走らなかった神山にタッチした。そして球審の手が上がる。

 

「アウト、チェンジ」

 

三塁ベンチへ戻る倉部は、バットを拾う神山に言い放った。

 

「ナイスバントだったぜ」

「そうか……せっかく誉めてもらったが、次は打たせてもらう」

 

「おいおい、そう言わずにまたバントを見せてくれよ。楽しみにしてるからな。アッハッハ!」

 

倉部がベンチへ戻ると、ゲームセンターにいた一人が話しかけた。

 

「楽勝だな、倉部」

「あぁ。まぁ、普通にやっても楽勝だけどな。せっかくだ!まだまだ楽しませてもらうさ」

 

そして、一奥がマウンドに立つ。一奥の投球練習を見た倉部は、一週間前を思い出していた。

 

(奴はピッチャーだったのか。ん?あのキャッチャーもいたな……ククッ、にしても何だぁ?あの遅い球は。試合はキャッチボールじゃねぇんだぜ?)

 

すると倉部は、バッターボックスの手前にいる一番バッターに声をかけた。

 

「おい、初回からボコボコにしてやれ」

「おう!」

 

一回裏、棚谷高校の一番が打席に立った。そして一奥が初球を投げる。だがその球は、倉部が投げたゴロボールだった。

 

それを見たベンチの倉部が笑う。

 

「おいおい!どうしようもねぇな。ピッチャー、真面目にやってくれよ」

 

バッターは普通に見送った。投球はもちろんボール。

 

「アッハッハ!傑作だな。そんな球、打つ訳ねぇだろ。お前らじゃねぇんだからな」

 

上機嫌の倉部が見ている中、一奥はボールを転がし続ける。もちろん各バッターは見送り続けた。

 

「ボール、フォア」

 

当然だが、三番まで歩く結果となった。ノーアウト満塁で迎えるは四番の倉部。

 

だが倉部は、その様子に頭にきていた。バッターボックスへ向かいながら、マウンドの一奥を睨む。

 

「てめぇ、いい加減にしろよ。それで勝ったつもりか?」

「つもりじゃねぇよ。勝つんだよ」

 

一奥は余裕の表情で返す。いつの間にか、倉部の方が心を乱されていた。

 

「バカかてめぇ。勝てる訳ねぇだろ!おいキャッチャー、あのピッチャーは本物のアホか?」

「えぇ、そうですよ。僕にはどうする事もできないんですよねぇ。ですので、ゴロボールを打ってもらえると助かるんですが」

 

「しょうがねぇなぁ」

 

倉部が構え、一奥はゴロボールを投げる。しかし、倉部は「へっ」と笑って見送った。ボールの判定に、キャッチャーの遠矢が思わず声を出す。

 

「あれ?打ってくれないんですか?」

「バーカ。打つわけねぇだろ。クソボールだクソボール。立ってるだけで押し出しじゃねぇか」

 

それでもバッテリーは、二球目もゴロボールを投げる。見逃した倉部はしらけていた。

 

「おいキャッチャー、俺は打たねぇと言っただろ。まだ続ける気かよ」

「そうですね。倉部さんは打てないようなので続けますよ。打たれる球は投げられませんから」

 

「はぁ?」(こいつ、何を言ってるんだ?)

 

遠矢の予告通り、三球目もゴロボール。倉部は当然見送る。ボールを捕った遠矢は、ホッとした表情で呟いた。

 

「倉部さん、やっぱり打てないんですね……よかった……」
「よくねぇだろ!押し出しだぞ?これのどこがお前らにとっていい事なんだよ」

 

ニコッとした遠矢が返球する。

 

「簡単です。僕らは打てるという事ですよ」

「なにぃ?」

 

倉部は考えた。

 

(弱小チームが打てて、この俺が打てないだと?……待て、乗せられるな。これはハッタリだ。こいつは俺を挑発して、打たせようとしているだけだ!)

 

コロコロ転がる四球目が、倉部の目に映る。

 

「くっ」(耐えろ!見逃せば押し出しだ!耐えろ……)

 

ガチガチに力を入れる倉部。それだけ頭にきていたが、冷静な気持ちが勝った。

 

「ぷはぁ……ハハッ、これで先制だぁ!誰がお前らの挑発に乗るかよ」

 

遠矢に捨て台詞を言い、倉部は一塁へ走って行った。

 

(くっそ……あのキャッチャーのせいで気分悪いぜ)

 

一塁に着いた倉部は、ネクストバッターに声をかける。

 

「おい!絶対打つんじゃねーぞ!」

「ああ!」

 

(そうだ!それが普通じゃねぇか。乗せられてたまるかよ!)

 

倉部がニヤつく。するとファースト杉浦(すぎうら)の笑いが、倉部の耳に入る。

 

「ガハハ!」

「なんだよ、てめぇ」

 

「あんなに美味しい球を、見逃す奴がこの世にいるとはな。俺には信じられないぞ」

「はぁ?ここにもバカがいるのかよ」

 

すると杉浦は、倉部をニヤリと見た。

 

「それは誉め言葉だ。覚えておけ」

「ケッ!」(くっそ、ムカつくぜ。こんな試合、早く終わらせてやる!付き合ってられるか)

 

そして倉部のもくろみ通り、カウントはスリーボールとなった。

 

(そうだ、これが当たり前なんだよ。こんなゴロボールを打つ方がアホなんだ)

 

だが、冷静になっていたのは倉部だけだった。続く四球目、四番が「くっそぉ!」と叫んでゴロボールを打ちに行く。

 

(なに?)

 

気づいた倉部は焦った。

 

「バカ!冷静になれ!」

 

しかし遅かった。ボコンと音を立てた打球はピッチャーゴロ。それを見た倉部が急いで走り出す。

 

「チッ、乗せられやがって」

 

打球を捕った一奥は、素早くバックホーム。遠矢はサードに投げ、キャッチした神山はファーストへ投げた。

 

「なにっ!」

 

二塁到達寸前で、倉部は一塁を振り返る。目にしたのはトリプルプレーの完成だった。

 

『よっしゃー!』

 

西島ベンチは大喜び。倉部はヘルメットを地面に叩きつけた。

 

「バカが!トリプルプレーなんかくらいやがって」

 

倉部が控え選手からグローブを受け取ってマウンドへ行くと、ゴロを打ったバッターがマウンドにきた。

 

「すまん、倉部……」

「お前、あのキャッチャーに挑発されたんだろ?」

 

「あぁ……」

「バカ野郎、冷静になれ!あんなゴロボールがまともに打てる訳ねぇだろ。……まぁいい、次はヘマすんなよ」

 

「わかった」

 

そして倉部が軽く投球練習を始める。

 

(とりあえず先制はした。俺がゴロを投げれば、あいつらは振ってくる。そして俺たちは振らない。試合はコールドで終わってるんだ)

 

すると、倉部の目に一塁で挑発した四番の杉浦が映る。杉浦は、ブンブンとバットを振って打席に向かっていた。

 

(次はあいつだったか。なら早速、美味しいと言ったゴロを打ってもらおうじゃねぇか)

 

ニヤつく倉部。

 

(行くぜ!デカぶつ。極上のゴロを、せいぜい美味しく味わえ!)

 

だが次の瞬間、ゴロボールを投げた倉部が杉浦を睨む。

 

「はぁ?」(振らないだと?)

 

杉浦は普通に見逃した。不気味に微笑む杉浦に、倉部は「チッ」と舌打ちした。

 

(ハッタリだったか……マズイな……)

 

ボールを捕った倉部は、杉浦を挑発した。

 

「おいバッター。今の球は美味しいんじゃなかったのかよ」

「あぁ?ヨダレを拭いていただけだ。次は貰うぞ」

 

その言葉に、倉部がニヤつく。

 

(引っかかったぜ。バカが!)

 

倉部がゴロボールを投げる。

 

(ほれ。宣言通り打ってくれよ)

 

そして杉浦がスイングに入る。その姿に倉部はニヤリとした。

 

カキーン!

「なにいぃ!」

 

快音に倉部が驚いた打球は、ライナーでレフトスタンドへ突き刺さった。打った杉浦は、笑いながらバットを一塁側へポイッと投げ捨てた。

 

「ガハハ!見たか!一奥、白城ぃ!ガハハ」

 

走りながら笑顔で一塁ベンチを指差す杉浦だが、一奥は杉浦のパワーに素でビビっていた。

 

「マジかよ。普通あそこまで飛ばねぇだろ……」

 

これには、隣に座る遠矢もさすがに苦笑いしていた。

 

「地面をえぐってたからね……」

 

マウンドの倉部は、ダイヤモンドを一周する杉浦を目で追っていた。

 

(なんなんだ、こいつのパワーは。これは野球盤じゃねぇんだぞ!)

 

杉浦が同点のホームイン。待っていた五番の加藤(かとう)とハイタッチした。

 

「ガハハ!続けよ。加藤」

「ああ!」

 

そして、小林(こばやし)と共に一時は仟と要にベンチ入りを譲った加藤が打席に立つ。

 

マウンドの倉部は、まだショック状態だった。

 

(ふざけんじゃねぇ!あんなホームランは杉浦(あいつ)だけだ。こいつもガタイはいいが、あいつ程じゃねぇ。これは野球だ!野球盤じゃねぇんだ!マグレが続いてたまるかよ!)

 

バッターの加藤も、小林と同じく打撃に悩んでいた選手だった。彼は、右ピッチャーの外のスライダーを苦手としていた。

 

その事から豪快なスイングは影を潜め、いつしか三振を怖がり当てに行くバッティングになっていた。

 

そこで彼が磨いたのは目だった。選球眼を磨いた加藤は、外の際どいスライダーを見極める練習を積んだ。こうして逆にピッチャーへプレッシャーをかける技術を身につけていた。

 

鍛えられたその両目は、同時にボールの下を捉える技術も上げていた。

 

倉部のゴロボールが加藤に迫り、スイングに入った加藤の右膝が地面につく。地面をなぞるように送られたバットは、わずかに跳ねたボールの下を確実に捉えた。

 

再びグラウンドに響いた快音に、打たれた倉部が放心状態になる。

 

「……ウソだろ」

 

杉浦の弾丸ライナーとは違い、加藤の打球は綺麗な放物線を描く。ボールはまたもやレフトスタンドへ飛び込んだ。

 

「よし!」

 

加藤にとって、思い出せない程久しぶりのホームラン。ダイヤモンドを周りながら、その味を思い出していた。

 

(やっぱり俺は、ホームランを打つのが大好きだ!)

 

ガッツポーズをする加藤。一塁ベンチから見ていた同じ中学出身の小林は、感極まっていた。

 

(素晴らしいホームランだったよ……加藤)「ナイスバッティング!」

 

ショートの定位置付近で小林の声に気づいた加藤は、一塁ベンチへ向けて再びガッツポーズをした。

 

その姿は、レフトへ飛んだ打球を目で追っていたマウンドの倉部の目に偶然入る。

 

倉部はキレた。いや、正しくは勝つ為に冷静にキレた。

 

「ククッ」(そうだぜ。相手ベンチは女を除けば7人じゃねぇか。高校野球に危険球退場はねぇんだ。野球盤には野球盤だよなぁ?ゲームにはゲームだよなぁ?そうだよなぁ?ネクストのお坊っちゃんよぉ)

 

ホームインする加藤を出迎えたネクストの白城を、倉部は怪しい目で見る。

 

得点は2対1。西島高校リードに変わり、六番の白城が打席に立つ。その目に、不気味にニヤつく倉部の顔が映る。

 

「なぁお坊っちゃんよぉ。野球盤は終わりだ。俺とゲームの続きをやろうぜ」

「ゲーム?ラブリーベースボールか?」

 

「その通りだ。だが今はリアル版……ククッ。その意味はわかってるよなぁ?」

 

白城は目を閉じて一息つく。

 

「そうか。なら、今から5点もくれるんだな」

「そうだぁ。もっと喜べよ西島。いつものゲームじゃねぇか。5点しかやれないのが、俺には申し訳ないくらいだ」

 

目を開けた白城が構える。

 

「こいよ、倉部。キッチリ貰ってやるぜ!」

 

倉部が投球モーションに入った。

 

「言われなくても……やるって言ってるだろ!」

 

ボールが真っ直ぐ白城の顔面を襲う。だが白城はバットで迎え撃った。

 

「行けや!」

「はぁ?」

 

快音と同時に、起こった事が理解出来ない倉部。勝つ為に冷静に考えたつもりだったが、やはり倉部はキレていた。

 

ゲームは設定上、ビーンボールのコースを打てない。だが白城は、普通にリアル野球をしただけだった。なのに倉部は、ご丁寧に球種とコースまで言ってしまう始末。

 

投げる前から勝負は決していた。白城の打球は、またもレフトスタンドへ飛び込む。一周する白城に、倉部は方針状態のまま話した。

 

「ちょっと待て。反則だろ?西島。これはラブリーベースボールだぞ。あのコースは打てないんだ。そうだ……やり直しだ……」

 

白城はチラッと倉部を見たが、「フン」と淡々と走り去って行った。ホームインした白城は、ネクストの小林に一言話す。

 

「小林さん、避けるだけに集中して下さい。あいつ、狙って来ますから」

「わかったよ」

 

白城がベンチへ下がると、キャプテンの神山が白城を出迎えた。

 

「白城、もう演技はいいのか?」

「そうっすね。後は普通にやれば、五回で終わりっすよ」

 

「にしても、キレる演技は大変だな」

「まぁ……。でもこれは、あの日ゲーセンに行かなければわからなかった事っすからね。神山さんには感謝してますよ」

 

「偶然だけどな。まぁいい、俺も気晴らしにホームランを打つか」

「へ?」

 

この後、白城の言う通りに試合は進む。倉部は集中力も切れていた。

 

「これも行ったぁ!」
「スゲェ……」
「もしかして、今年の西島高校は強いんじゃないのか?」

 

スタンドの他校がざわつく中、遠矢がツーランを放つ。さらには神山のグランドスラムが飛び出した。それを見た白城が苦笑いをする。

 

(神山さん、やっぱ本気でムカついてたんだな……)

 

その後も杉浦・加藤のクリーンアップ三連発のオマケがつき、11対1と大きくリードを広げた。

 

「ストライクバッターアウト!ゲームセット」

「よっしゃ!一回戦突破だぜ!」

 

最後は、一奥の奪三振ショーで締めた。

 

打っては7ホーマー。一奥は二回から12連続奪三振と、終わってみれば西島高校の圧勝だった。

 

整列を終え、西島メンバーがベンチへ下がる。一回戦を心配していた神山に、仟が問いかけた。

 

「神山さん、お疲れさまでした。今日の西島高校(ウチ)はどうでしたか?」

「そうだな。正直驚いているよ。仟、西島は強いぞ」

 

「ウフフッ、はい!」

 

神山の自信に溢れる顔を見て、仟は微笑んだ。

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新たなリミッター

一方スタンドでは、二回戦で当たる水衣(みずい)高校の生徒たちが試合を見ていた。

 

「どうかな?森泉(もりいずみ)。二回戦は勝てそうか?」

「監督……そうですね。いつも通りやりますよ」

 

「そうだな。お前のリミット支配を破るのは、なかなか難しいだろう。名京高校の国井(くにい)と同じ、超のリミッターだからな」

「止めて下さい監督。名京の国井君と比べられたら、野球を辞めたくなりますよ……。それに、今日の西島高校の試合を見たら、自信が無くなりました。本当に強いと思います」

 

「そうか……」(なら、楽しみだな……)

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