九回の裏、得点は4対2。

仟要(カシカナ)コールが鳴り響く中、要(かなめ)が左バッターボックスに立った。

 

水衣(みずい)高校ピッチャーの森泉(もりいずみ)は、ピース斜坂(ななさか)の右肩上がりブログで二人の事は知っていた。

 

(まさか女子選手の出場がここで現実になるなんて……)

 

森泉が振りかぶるが、要(かなめ)はバックネット方向を見ていた。そのままストレートがど真ん中に決まる。

 

要は全く見ずに見逃した。だがその表情は、公式戦の打席に立てた事がいまだに信じられないという感情で満たされていた。

 

(本当に、公式戦の打席なんだぁ……)

 

すると、要は球審と目が合った。

 

「えへへ!」

「ワンストライクだよ」

 

要の笑顔を見た球審は、微笑み返した。そして打つ気満々で構えた。

 

「イケイケだよぉー!」

 

その声を聞いたマウンドの森泉は、ゴクリと唾を飲み込む。

 

(ダメだ……打たれる……)

 

そう思いながらも、森泉は自身のデスパイアリミットにすがるしかなかった。二球目を投じた瞬間、要のバントの構えに森泉が焦る。

 

(セーフティ!)「サード!」

 

前進する森泉が叫び、サードは反応したが投げられなかった。要はすでに、セーフのポーズをしながら一塁を駆け抜けていた。

 

「ナイスバント!要!」

「えへへ!」

 

遠矢(とうや)の声に、要は一塁ベース上でヘルメットの後頭部を撫でながら笑った。

 

そして、強くうなずいた仟(かしら)がネクストバッターズサークルから立ち上がる。パシャパシャとスマホで写メを撮られる中、仟も公式戦初の打席に立った。

 

仟は屈伸をし、要に走るなとサインを送る。

 

(ここは、白城さんに任せれば大丈夫!)

 

森泉がセットに入る。その足が動いた瞬間、要は走ってしまった。観客が盛り上がる中、仟はバットをスッと短く持った。

 

(走るなって言ったのに……もう!)

 

仟は、要を援護するように引っ張った。打球は、要につられたセカンドの左を抜けた。

 

ホッとした仟が走りながら要を見ると、要はそのまま二塁を回った。

 

「え?」

「いっけぇー!」

 

それを見たライトが、中継を無視して三塁へ遠投。

 

(送球が高い!)

 

仟の体も勝手に反応する。その足は一塁を回ってしまった。

 

三塁に滑り込んだ要は余裕のセーフ。すぐさまサードが二塁へ送球したが、仟の足が勝った。

 

「セーフ」『おぉぉぉぉ!!』

 

観客は、生で見たカシカナの見事な連携に大歓声で応えた。

 

「仟!ナイスバッティング!」

 

三塁ベース上の要は、笑顔で仟に突き出すようにピースをした。仟は苦笑いしながらも、プレーできる喜びを抑えられない要のピースに対して、右手でピースした中指で右目をアッカンベーした。

 

二人の圧巻のプレーを目の当たりにしたマウンドの森泉は、空を見上げていた。

 

(やっぱりあの二人は、僕のデスパイアリミットを超えてる……わかってはいたけど、逃げればリミットは効かない……)

 

森泉は、自分の過去を思い出していた。

 

(いじめ……裏切り……怪我……弱小……センス……。何度野球を辞めたのかわからない。それでもなぜかいつも僕の側にあったのは、野球だった……)

 

白城がバッターボックスに立つ。

 

(子供の頃からピッチャーだけは、やったことがなかった……)

 

森泉は、三塁ベンチの監督を見た。

 

(監督にやらされた試合で、偶然僕は唯一の武器を手にした。それが、絶望の中で生まれたリミットだった……)

 

森泉がロジンを触る。

 

(その時、勝利の味を初めて知った。野球は何度も辞めたけど、野球を恨まなくてよかった。野球が側にいてくれたから、僕は自分の人生を野球と共に語る事ができるんだ……)

 

森泉がセットに入ったその時、白城は異変を感じた。森泉はこの試合、初めて笑顔を見せた。

 

持てる力の全てを込めて、ストレートが投げ込まれる。しかしそれは、130キロに満たないストレートだった。

 

投げ終えた森泉は、両手を膝について投球を見る事はなかった。

 

(やっぱり……野球は楽しい……)

 

カキーン……

その快音が、森泉の耳に届く。

 

(今までありがとう、絶望のリミット……。そして、さようなら……)

 

白城の打球は、バックスクリーンへ飛び込んだ。

 

(君(デスパイアリミット)がいない僕は下手くそだけど、君のおかげで野球が好きだった自分を思い出せたよ。もう僕は、心を偽れない……)「うっ……」

 

森泉は、膝からマウンドに崩れ落ちた。流れ落ちる大粒の涙が、乾いたマウンドの色を変える。目を真っ赤にした水衣ナインが、マウンドの森泉を笑顔で立たせた。

 

「よく投げたな」

「うん、ありがとう」(僕にもこんな素敵な仲間が、野球のおかげでできたんだ……)

 

両チームが整列し、試合は終わった。結果は5対4。サヨナラ勝ちの西島高校は、三回戦進出を決めた。

 

喜んでいた仟と要の目に、仲間に支えられながら三塁ベンチへ下がる森泉の背中が映る。同じ絶望を知る二人は、森泉の下へ行こうとした。

 

すると、白城が後ろから二人の頭に両手を置く。

 

「強敵だったな……帰るぞ」

 

少し間を置いて、二人は森泉の背中にうなずく。振り返った二人は、笑顔で一塁ベンチへ下がった。

 

「おい!試合はどうなったんだぁ?まさか負けたのか?」

「はぁ?」(あのやろう……)

 

白城が見たのは、ベンチの奥から出てきた一奥の姿だった。

 

「アホおく!」

 

白城が一奥に飛びかかろうとした、その瞬間だった。

 

『キャー!』
『カシカナー!』

 

一塁ベンチの上から、大勢の観客が白城のすぐ後ろにいる二人に声援を送る。白城は、おもわず横に避けて仟と要を観客に見えるようにした。

 

仟はペコペコ頭を下げながら歩いていたが、要は両手を上げて「ありがとー!」と言いながらベンチへ下がった。

 

すると、遠矢(とうや)が先に一奥へ声をかける。

 

「一奥、どこにいたの?」

「それがさ……聞いてくれよ遠矢。今朝食ったパンに腹をやられたみたいでさ、ずーっとトイレで斜坂と一緒だったんだよ……」

 

「プッ……アハハ。それはダブルで災難だったね」

 

「うおっ!」

「やっと会えたな……一奥!」

 

一奥は、嬉しそうな杉浦(すぎうら)にヘッドロックされた。

 

「いでぇ……杉浦先輩許してくれよ、いだっ!」

「ダメだ!戻って勝負するぞ。お前は今日、何もしてないからな。うらぁ!」

 

「待った待った!折れる!折れるってぇ~!ぐほっ」

 

ようやく杉浦は、一奥を離した。

 

「おぉ~頭いてぇ。せっかく腹が治ったっていうのに……」

「一奥、早くベンチを片付けろよ」

 

杉浦はベンチを後にした。「全く……」と一奥が呟くと、ハッと思い出す表情に変わった。

 

「そうだよ!遠矢。試合はどうなったんだ?」

「あの笑顔を見ればわかるでしょ?」

 

「ん?」

 

遠矢は、仟と要を指差した。

 

「へ?仟と要が試合に出たのか?」

「うん。白城さんサヨナラスリーランの立役者さ」

 

「マジかよ!」

 

一奥は、ベンチを片付ける二人に声をかける。

 

「仟~!要~!よくわかんねぇけどやったな!」

「一奥さん……」
「おやおや?一奥ん。遅すぎる主役に出番はないよ?」

 

「悪い、本当だよなぁ……。まぁ、勝ったならいいや。それで、三回戦も一緒に野球できるんだよな?」

 

仟と要は、笑顔で大きく頷いた。すると、ベンチ上から声が聞こえる。

 

「おい!一奥。カシカナ独占取材の約束忘れてねぇだろうなー!」

 

一奥がベンチから出て見上げると、そこには斜坂がいた。

 

「げっ!」

 

「んん??」
「一奥さん、誰ですか?」

 

仟と要もベンチを出る。すると一奥は、二人に土下座した。

 

「すまん!二人共。実はトイレで斜坂と約束しちまったんだよ。出ようとしたら紙がなくてさ。隣にずっといた斜坂に紙で救われたんだ。取材受けてやってくれ!頼むわ……」

 

「はい、もちろんです!」
「安い安い!」

「へ?」

 

あっさり承諾した二人に、一奥は拍子抜けした。そんな一奥に遠矢が説明すると、「ほぉ……そうだったのか」と納得した。

 

ベンチを片付け終えた4人は、球場を出てバスへ向かう。仟と要を出待ちしていたファンに、一奥と遠矢も頭を下げながらバスへ近づく。すると、アロハシャツ・短パン・サングラスの男がバスの入り口に立っていた。

 

「おせぇーぞ!早く乗れ!」

「アハハ、アロパンサンだ!」

 

要の言ったアロパンサンに話しかけたのは、一奥だった。

 

「お前……だれ?」

「俺だよ!」

 

アロパンサンがサングラスを右手で上へずらすと、派手な男の正体は名京高校の斜坂だった。

 

「お前、壁1枚隣でそんな格好してたのかよ……」

「なに?違うだろ?一奥」

 

「あ、そうか。紙様(かみさま)だったな」

 

「神様?」

 

遠矢が一奥に問いかける。

 

「いや、遠矢。紙様だ」

 

「だから一奥ん、一緒じゃん!」

 

今度は要にツッコまれた。

 

「だよな!要、言ってやってくれよ。普通はトイレットペーパー様だよな?」

「ああ!紙様かぁ!」

 

要が理解すると、アロパンサンが指を立ててチッチッと左右に動かす。

 

「一奥、紙様のおかげでお尻が助かっただろ?」

「あぁ、本当だよ。紙様ありがとな」

 

「あなたたち!早く乗りなさい!」

『うおっ!』

 

運転手の紀香監督に怒鳴られ、4人とアロパンサン(紙様)はバスに乗った。5人が席に座ると、一奥は斜坂に違和感を覚えた。

 

「そういえばさ、なんで紙様が西島のバスに乗ってんの?」

「独占取材だよ。美人監督にもお願いしたからな。ですよね?紀香監督。うおっ!」

 

斜坂が紀香監督に話しかけた瞬間、バスが揺れた。

 

「ハナシカケナイデクレル……」

 

紀香監督の殺気を感じた斜坂は、小声で一奥に話しかけた。

 

「お前ら、いつも試合前は命がけなんだな……」

「紙様、嫌なら降りてもいいんだぜ?」

 

「いや、取材してから降りる」

 

斜坂は、カシカナの座る席へヨロヨロと移動した。

 

(あいつ……野球よりプロだな……)

 

一奥が苦笑いし、度々揺れるバスの中、斜坂のカシカナ取材が始まった。

 

要はいつもと変わらずサービス旺盛だが、仟も今日はピース斜坂ブログへのお礼もあり、精一杯笑顔で応えていた。

 

「えーと、尊敬する選手は?」

「一奥ん!」
「私は遠矢さんです」

 

「なるほど、斜坂剛二ね……ライバルは?」

「一奥ん!」
「自分自身です」

 

「ふんふん、これも斜坂剛二……と。じゃあ、今大会の目標は?」

 

「一奥ん!……じゃなかった、甲子園優勝!」
「そうですね……、名京に勝ちたいです」

 

「そうかそうか……これも斜坂剛二のみ……と」

 

「ちょっと待て!紙様ぁ!」

 

聞いていた一奥が斜坂に叫ぶ。

 

「ん?一奥、お前の記事が無くなるぞ?」

「げっ!」

 

一奥は、サッと座って黙った。そして斜坂とカシカナの会話が続く。

 

「よーし、こんなとこかな?あ、最後に次の愛報(あいほう)高校について聞こうかな?」

「負けませーん!」
「エースの間口(まぐち)さんは要注意ですが、リミッター不在のようなので、いい試合になると思います」

 

「あれ?これは意外な言葉が出たなぁ」

 

斜坂の言葉に、西島メンバーは耳を傾けた。

 

「仟ちゃん、愛報にリミッターはいるよ?」

「え?本当ですか?」

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愛報の隠れたリミッター

「まぁ、いるって言うか、三回戦は出てくるんじゃないかなぁ」

 

リミッターと聞いて、遠矢は黙っていられなかった。席を立って後ろの補助席に座る斜坂に声をかける。

 

「紙様。その話、詳しく教えてくれないかな?」

「別にいいぞ。西島高校には、決勝まで来て欲しいからな」

 

「ありがと。それで、リミッターが出てくるってどういうことなの?」

「いやぁさ。今日めでたくカシカナが試合に出たから、もしかすると彼女も出るんじゃないかなーって思っただけだよ。まぁ、お前は知らないか。彼女は三年生だからね」

 

「ふ~ん三年生ね……紙様、名前はわかる?」

「あぁ~、なんだっけ?確か……蝶蜂愛理(ちょうばちあいり)だったかなぁ……」

『えー?』
と、カシカナが同時に叫んだ。

 

「仟……女王様だ……」
「うん」

 

驚いた二人に、斜坂は笑顔を返した。

 

「知ってるんだ?さすがカシカナ」

 

仟が応える。

 

「はい。愛理さんは、シニアの先輩です」

 

「本当!へぇ、なるほどね……」

 

斜坂は、スマホのメモ帳にカシカナの先輩と書いた。すると、バスが止まった。

 

「斜坂君、着いたわよ。今日は本当に助かったわ」

「あー、いえいえ。紀香監督、またカシカナの取材に行きますから、よろしくです」

 

「えぇ。待ってるわ」

 

斜坂は、名京高校の合宿先で降りた。再びバスは、西島高校目指して走り出す。遠矢は、仟と要に蝶蜂愛理について聞き始めた。

 

「私たちは1年でしたから、リミットに関してはあまり詳しくはわからないです。当時はリミッターではなく、愛理さんは女王様と呼ばれてました。その由来は、ポイントポイントでしか野球をしない方だったのです」

「へぇ~、それってやる気がない訳じゃないよね?」

 

「う~ん、本当にそういう時もありましたよ。私もあまり考えていませんでしたが、今思うと愛理さんは超のリミッターに近いですね。でも、その影響は4人限定だったのです」

「4人限定?それも超のリミッターか……」

 

「はい。攻撃も守備も、特定の4人でした。発動条件も特殊で、確か一番からの3人による満塁です。この時の愛理さんは、ホームラン率10割でしたよ」

「これはまた……」

 

「ですが遠矢さん。ランナーなしの愛理さんの打率は、0だったのです」

「なるほど。なら、愛理さんを先頭で迎えればいいんだね?」

 

「それが、そういう訳でもなくて……。愛理さんがランナーなしの打率0ですと、他のバッターが打ちますから……」

「仟。つまり愛理さんが四番なら、愛理さんを打ち取った後の一番からが危ないってことかな?」

 

「そうです。その条件が整うと、3人の打率は10割でした」

「むちゃくちゃだねぇ……」

 

遠矢がおでこをかくと、笑顔の要が割って入った。

 

「遠矢(とや)君、だから女王様なんだよ?」

「なるほどね。普段は働かないけど、下が働けば子供に見立てたランナーを帰して得点を生むのか……」

 

この後も、三回戦の愛報高校戦は蝶蜂愛理が出てくる前提で、遠矢と仟は話を進めた。エースピッチャー間口(まぐち)の攻略と合わせて、第二シードの愛報戦は苦戦を予想させた。

そして三日後の愛報戦前日に、西島高校は女王愛理と対峙する事となった。

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