キーン!
「なにっ?」
「よっしゃー!」
「同点だぁ」
「ナイスバッティング村石(むらいし)」
「うっしゃー!どうだ鶴岡(つるおか)!」
この回、初球デッドボールから始まり、さらにエラーとフォアボールでノーアウト満塁。
そして、八番の村石(むらいし)にセンター前を打たれ同点。
ピッチャーの鶴岡(つるおか)が五回までノーヒットだったのは、キャッチャー遠矢(とうや)のリードによるものだった。
表向きは鶴岡(つるおか)が頷いてサインを決定してはいたが、実は遠矢(とうや)はサインを限定していた。
つまり五回までの鶴岡(つるおか)は、結局は遠矢(とうや)のリードで投げさせられて抑えていたのだった。
そして、九番の一奥(いちおく)が左打席に立つ。
「遠矢(とうや)。計画では、引き分けだったよな?」
「一奥(いちおく)が熱くならなきゃねぇ……」
「じゃあ、ここで打ってもいいよな?」
「一奥(いちおく)はいいけど、僕はまだやり残しがあるからね。打たせる訳にはいかないよ」
「そっか、そうだったな。だけどもう、ワクワクが止められねぇ」
「勘弁してよ一奥(いちおく)…。球審、タイムお願いします」
「ターイム」
キャッチャーの遠矢(とうや)は、マウンドの鶴岡(つるおか)の下へ走った。
「いちいち来るな!こんなもの、ピンチでもなんでもない。早く戻れ」
「待って下さい、鶴岡(つるおか)さん。僕もそう思ってますから。ですがここは、一奥(いちおく)を惑わす為にサインを出させて下さい。決定権は、鶴岡(つるおか)さんに任せますので」
「野球は騙し合いのスポーツか。そのくらいはいいだろう」
「では、お願いしますね」
マウンドから上機嫌で戻って来る遠矢(とうや)を見た一奥(いちおく)は、遠矢(とうや)との真剣勝負が出来ると確信し、さらに楽しみになった。
「遠矢(とうや)、俺を打ち取るプランは出来たか?」
「さぁね。それより一奥(いちおく)、今は敵だよ?」
ニヤリと笑った遠矢(とうや)が座ると、一奥(いちおく)はバットでホームベースをコンコンと叩いた。
「こりゃ、限界に挑戦するしかなさそうだな」
「超えさせないよ」
「面白れぇ。よっしゃー、来い!」
構えた一奥(いちおく)を見ながら、遠矢(とうや)はサインを考えていた。
(とはいえ、こうなった一奥(いちおく)は厄介なんだよね。一奥(いちおく)……そうか。ならこれしかないね……)
遠矢(とうや)のサインに、鶴岡(つるおか)が頷く。
(インコースのストレートか。いいだろう)
カキーン!
「いっただろ!」
笑顔で叫んだ一奥(いちおく)。
しかし、打球はライトのポールを大きく外れていった。
「ファール」
「ちぇっ。仕留め損ねたか」
悔しがる一奥(いちおく)を見ながら、遠矢(とうや)はサインを出した。
(ここまではOK。鶴岡(つるおか)さん、次もこれで)
(またか。今のファールでもう1球インコースのストレートはダメだ)
拒否した鶴岡(つるおか)がサインを出す。
(一球、外のシュートで様子見する)
それを見た遠矢(とうや)も、またサインを出す。
(シュート?いえ、同じ球で)
(ダメだ。シュートだ)
少し間を置き、再び遠矢(とうや)がサインを出した。
(……仕方ない。それならシュートをボール球で)
(いいだろう)
頷いた鶴岡(つるおか)が二球目を投げ、一奥(いちおく)がスイングに入る。
(外!?シュートか!)「うおぉ!」
カキン!
「おお!」
「三塁線抜けた!」
「長打コース!」
一塁側から歓喜が上がったが、打球はまたも僅かにファールだった。
「ギリギリかぁ。これで追い込まれたか」
バットを拾った一奥(いちおく)を、キャッチャーの遠矢(とうや)はジックリ見ていた。
(さすが一奥(いちおく)。でもこれでノーツー。次で終わらすよ!)
遠矢(とうや)のサインを見た鶴岡(つるおか)は驚いた。
(またインコースのストレートだと?ダメだ!)
首を横に振る鶴岡(つるおか)に構わず、遠矢は譲らない。
(またフラレたか……でも!)
再び遠矢(とうや)は同じサインを出した。すると、サインを見た鶴岡(つるおか)は一度マウンドを外した。
(ダメだ。こいつ、俺が首を振ってるのが見えないのか?)「球審、タイムだ」
「タイム!」
「遠矢!来い」
外したマスクを右手に持ち、遠矢(とうや)はマウンドへ向かった。
「どうしました?」
「とぼけるな!俺はインコースのストレートに首を振っただろ。それでも他のサインを出さず、繰り返し同じサインを何度も出しやがって……初球のファールを見ただろ?インコースはもう必要ない」
「と、一奥(いちおく)も思うでしょうね……」
「なにっ?だからかたくなにインコースだと言うのか?」
「いえ、インコースのストレートは打たれると思います」
「はぁ?」
まるで他人事のように話す遠矢(とうや)に、鶴岡(つるおか)はキレた。
「矛盾してるじゃないか!お前、やはり一奥(いちおく)に打たせる気だな!」
「それはありません。今の鶴岡(つるおか)さんのコントロールなら、インコースに投げると一奥(いちおく)に当たりますから」
「お前、何を考えているんだ!デッドボールなら押し出しじゃないか!」
「いえ、一奥(いちおく)は避けますよ。ですが球速は落とさないように、おもいっきり一奥(いちおく)に当てるつもりで力んで下さい」
鶴岡(つるおか)は納得できなかった。
だが、大人しそうな遠矢(とうや)には似合わないビーンボールとも取れる言葉に、逆に興味を持った。
「わかった。そこまで言うなら投げてやる。お前の親友がどうなっても知らないからな」
「構いませんよ。三振になるだけですからね」
ニコッと笑い、遠矢はホームへ戻った。
マウンドの鶴岡(つるおか)はロジンを手に取ると、座った遠矢(とうや)を見ながらグラウンドに叩きつけた。
(食えない奴だ。今あいつが言った言葉のどこが本音なのかわからない。全て嘘かもしれない……その逆もありえる。これほど読めないキャッチャーは初めてだ)
遠矢(とうや)を睨むマウンドの鶴岡(つるおか)の変化に気づいたバッターの一奥(いちおく)は、微笑みながら鶴岡(つるおか)を見ていた。
「遠矢(とうや)、苦戦してるみたいだな」
「心配無用だよ。一奥(いちおく)には悪いけど、この六回は同点で終わらすからね」
「今の鶴岡(つるおか)先輩に、俺を超える球があるのか?」
「あるよ。ひとつだけね。上手く行けば超えるよ」
一奥(いちおく)は楽しそうに笑って構えた。
「それは楽しみだ!」
カウントはツーストライク。
キャッチャーの遠矢(とうや)は、一奥(いちおく)のほぼ後ろに構えた。
(鶴岡(つるおか)さん、頼みますよぉ)
(インコース……やはり本気のようだな。遠矢(とうや)、お前の望み通り応えてやる!)
ホームスティール以外盗塁のない満塁を生かし、鶴岡(つるおか)はより球速を上げる為に振りかぶった。
そして遠矢(とうや)の推測通り、一奥(いちおく)はアウトコースを予想していた。
今インコースに構える遠矢(とうや)の位置はフェイクと考えていた一奥(いちおく)だが、投球モーションに入った鶴岡(つるおか)の姿がインコースへ投げた初球のイメージと重なり、ほんの僅かだが腰を引いた。
(インコース!)「!!しまっ……」
バーン!「ストライク!バッターアウト」
ガックリと下を向き、一奥(いちおく)は遠矢と目が合った。
「ははっ、やっぱアウトローじゃねぇか。やられたわ……」
「ごめんね、一奥(いちおく)」
ピッチャーの鶴岡(つるおか)にクセがある事を、キャッチャーの遠矢(とうや)は五イニングで見破っていた。
力んだストレートは、何球か逆球になっていたのだ。そしてアウトコースを要求したストレートでは、コントロールを意識してしまい球速が落ちていた。
力のないアウトローでは、一奥(いちおく)は抑えられない。
今の鶴岡(つるおか)に、ベストなアウトローを投げさす為に遠矢(とうや)が組み立てた策は、こうして見事に決まった。
「ちえっ。見逃し三振は記憶にないな」
「それでもギリギリだったよ、一奥(いちおく)」
三振した一奥(いちおく)がバットを引きずりながら一塁ベンチへ戻る中、再びマウンドの鶴岡(つるおか)が叫んだ。
「タイム、遠矢(とうや)」
鶴岡(つるおか)は驚いていた。それと同時に、事の真相が知りたかった。
再び遠矢(とうや)をマウンドへ呼んだ鶴岡(つるおか)は、キャッチャー遠矢(とうや)に興味を持ち始めた。
「鶴岡(つるおか)さん?ナイスボールでしたけど?」
「だからとぼけるな。お前、どこまで計算してこの三振を取ったんだ?」
遠矢(とうや)は再び、他人事のように話を始めた。
「全て計算と言えばそうですけど、僕が投げる訳ではないので半分ってところですね」
「半分……」(それも本音かわからないが……まぁいい)「今の球がアウトローへ行く計算なら、そのままインコースへ行く場合もあった訳だよな?もしインコースへ行ったなら、この勝負はどうなっていた?」
「僕言いましたよ?一奥に当たるって。あ、避ける!でしたかね?」
「お前なぁ……」
呆れて首をかしげる鶴岡(つるおか)に、遠矢(とうや)は笑顔で応えた。
「鶴岡さん。今の力で一奥(いちおく)を抑えるには、それくらいのリスクは仕方ないですよ」
「ハッキリ言いやがって……」
ため息をついた鶴岡(つるおか)だったが、どこか嬉しそうだった。
この時、鶴岡(つるおか)は遠矢(とうや)のリードでもう一度投げたいと心から思っていた。
遠矢(とうや)のリードで投げる楽しさを知ってしまった鶴岡(つるおか)が遠矢(とうや)を認めたのは、一奥(いちおく)の球を受けたいと思った村石(むらいし)と同じ心境だっただろう。
「よし遠矢(とうや)、この回同点で抑えるぞ」
「わかりました。サインはどうしますか?」
「キャッチャーはお前だ」
「アハハ、そうでしたね」
二人のやり取りを見ながら微笑む紀香(のりか)監督を、ベンチへ戻った一奥(いちおく)は不思議そうに見ていた。
「監督、俺の見逃し三振がそんなに面白かったのか?」
「え!?あなた見逃したの?手が出なかったの間違いでしょ?」
「くっ」
一奥(いちおく)のへこんだ姿を見た一塁ランナーの村石(むらいし)が叫んだ。
「おい、一奥(いちおく)。ノーアウト満塁で犠牲フライも打てない奴は、そこのバケツで頭でも冷やしてろ!」
「うるせぇ!これは村石(むらいし)先輩が左手を冷やしてたバケツだろ!」
怒った一奥(いちおく)を見た一塁ランナーの村石(むらいし)は、ベース上で笑っていた。
そして、続く一番バッターが打席に入った。
野球を楽しみ出した一奥(いちおく)は、ベンチに座りながらグラウンドを見つめていた。
「頼むぜ先輩。まだワンアウト満塁だ!」
カキン……
「あ?アァー!!」
「アウト」
「アウト!チェンジ」
(初球を引っかけてピーゴロのホームゲッツーって……人の事言えないけど)「いでっ!」
マウンドへと歩いていた一奥(いちおく)は、一塁ベンチへ支度に戻るランナーの村石(むらいし)に、すれ違い様にケツを叩かれた。
「おい、一奥(いちおく)。ビシッと行くぞ!」
「もう打たせねぇよ!村石(むらいし)先輩こそ、手がぶっ壊れても知らねぇからな!」
立ち止まった村石(むらいし)が振り返ると、村石(むらいし)はニヤリと一奥(いちおく)を睨んだ。
「壊せるもんなら、壊してみろ!」
「あぁ!壊してやるから、さっさと受けやがれ!」
見た目は喧嘩腰だが、再び一塁ベンチへ走り出した村石(むらいし)は微笑み、その背中を見ていた一奥(いちおく)も、楽しそうに微笑んでいた。
ここから紅白戦は一進一退となる。
グラウンドでは、誰もが野球を心から楽しんでいた。そして、試合が動いたのは最終九回の表だった。
八回の攻撃を終えた村石(むらいし)と一奥(いちおく)は、歩いて一緒にベンチを出た。
「よし、一奥(いちおく)。この回をゼロに抑えてサヨナラと行こうぜ!」
「そのつもりだけど、九回裏の先頭は村石(むらいし)先輩か……なら俺にチャンスメイクしてくれよな!」
「寝ぼけてるのか?表が終わったら、お前はベンチで座ってろ。俺がホームランで決めてやる!」
すると突然、楽しそうに笑う二人の耳にバックネット裏から喧嘩腰の声が聞こえた。
「秋の大会でその台詞が言えたなら、廃部なんて言葉は出なかっただろうな?村石(むらいし)さんよぉ!」
二人が目にしたのは、二人の少年少女だった。
謎の少年と木村前監督の影
グラウンドの空気が一気に変わった。
皆の険しい視線を独占したその少年を知らないのは、一奥(いちおく)と遠矢(とうや)だけだった。
少年の元に、キャプテンの神山(かみやま)がバックネット越しに声をかけた。
「白城(しらき)、今さら何の用だ?」
「三年もいらねぇ……今すぐ俺が西島(せいとう)野球部を終わらせてやる」
『なにっ!?』
白城(しらき)の発言に皆がざわつく。ホーム付近でボールをお手玉のようにクルクル回す一奥(いちおく)は、村石(むらいし)へ冷静に疑問を投げ掛けた。
「村石(むらいし)先輩。あの白城(しらき)って人、誰なの?」
「西島(ウチ)の二年……元野球部だ」
「元?」
「おい、お前!」
挑発的な声と共に、白城(しらき)の鋭い視線が一奥(いちおく)を襲った。
「ふざけたピッチングしやがって。それで何が甲子園だ!笑わせるな!」
「あのさ、お前元野球部なんだろ?そこまで言うなら代打で出て来いよ。今は試合中だからな」
すると、やる気満々の一奥(いちおく)を見た遠矢(とうや)が一奥(いちおく)の肩を掴んだ。
「一奥(いちおく)……」
いつになく真剣な顔で白城(しらき)を見つめる遠矢(とうや)を見た一奥(いちおく)は、白城(しらき)が只者ではないと察した。
だが、この状況で一奥(いちおく)が燃えない訳がなかった。一奥(いちおく)は、白城(しらき)を見て笑った。
「面白いじゃねえか遠矢(とうや)。あいつは俺との勝負を望んでるんだぜ?良かったじゃないか。チームはそっちだしな」
「一奥(いちおく)……この紅白戦の目的はすでに達成してる。そこまで試合にこだわる必要はないって」
「紅白戦だろうが甲子園決勝だろうが、試合は試合だ。遠矢(とうや)、俺はやるぜ!」
すると、いつの間にかホーム付近に紀香(のりか)監督の姿があった。
「遠矢(とうや)。一奥(いちおく)は野球バカなんだから、やらせなさいよ」
「う~ん。まぁ監督命令なら止めはしませんけど」
遠矢(とうや)は紀香(のりか)監督と話しながら、白城(しらき)の姿を目で追っていた。
その時白城(しらき)は、三塁ベンチでブレザーを脱いでネクタイを外そうとしていた。
「神山(かみやま)さん。俺が勝ったら今日限りで廃部の約束になってる。そうだよな?新米監督」
「好きにしなさい……」
振り返った紀香(のりか)監督は、一塁ベンチへ歩き出した。
それぞれの部員も元の配置に戻り、一奥(いちおく)はマウンドへと歩き出した。キャッチャーの村石(むらいし)は、一奥(いちおく)を追いかけるようにマウンドへ行った。
そして、ワイシャツ姿の白城(しらき)が右バッターボックスに立った。
その手に木製バットが握られているのをマウンドから見た村石(むらいし)は、心中穏やかではなかった。
「あの野郎、金属は必要はないってか。バカにしやがって」
「でもさ、気迫がビンビン伝わってくるよ。あの人、只者じゃないんでしょ?」
「まぁな。奴は去年の夏のレギュラーだ。油断だけはするなよ!」
「おう!」
村石(むらいし)がホームへ戻る中、バッターボックスで打撃フォームを確認する白城(しらき)が見せた隙のない構えは、一奥(いちおく)に妙な違和感を与えた。
(あれ?あの構えどこかで……そうか!半年前の木村(きむら)前監督に似てるのか!)
慎重に考え、一奥(いちおく)にサインを出そうとした村石(むらいし)に対して、白城(しらき)はまた挑発した。
「俺は絶対に許さない……あんたたちも、この野球部もな!」
「フッ……なら、また暴れるか?」
「なんだとコラァ!」
白城(しらき)がバットを投げ捨てた瞬間、キャッチャーの村石(むらいし)も立ち上がった。
「やる気なら相手になってやるぜ!白城(しらき)」
全選手がホーム周辺に集まり、今にも殴り合いが始まろうとしていた。その時、一塁ベンチに座る紀香(のりか)監督が集団に向かって一喝した。
「試合中よ!戻りなさい」
それぞれが再び元の位置に戻る中、白城(しらき)とバックネット裏にいた少女が、紀香(のりか)監督の隣で呟いた。
「紀香(のりか)監督?あわや乱闘になりかけましたが、私はタイミングを間違えましたか?」
「いえ、私もこれがベストだと思うわよ」
「そうですか……ホッ」
木製バットを拾い、再び構えた白城(しらき)の気迫は先程よりも増していた。
この時一奥(いちおく)は、勝負が長引く予感がしていた。
キャッチャー村石(むらいし)のサインに何度も首を振り、まさかと気づいた村石(むらいし)が出したサインに一奥(いちおく)は頷いた。
(あのバカ。白城(しらき)にど真ん中のストレートって……マジかよ……)
だが村石(むらいし)の不安とは逆に、白城(しらき)はあっさりと初球を見逃した。
パン!「ストライク」
「ナメられたもんだな」
白城(しらき)の呟きに、キャッチャーの村石(むらいし)は小さく頷いていた。
(気に入らないがな……白城(しらき)、お前の言う通りだ。一奥(いちおく)は何を考えてるんだ) シュッ
パシッ……(木村(タヌキ)監督との勝負が役に立つとはな。この白城(しらき)って人、あの監督をかなり尊敬しているように見えるぜ)
一奥(いちおく)の狙いがわからない村石(むらいし)だが、二球目のサインは偶然1発で決まった。
(一奥(いちおく)、外へ1球外せ!危険だ)
(ん?外せ?村石(むらいし)先輩やるじゃん……)「よっと!」
(外……釣り球か)
パン「ボール」
「そうか。いいリードするようになったな」
「うるせぇ」 シュッ
パシッ (村石(むらいし)先輩、次はインコースのスライダー……)
一奥(いちおく)がサインを出し、村石(むらいし)は構えた。
「うらぁ」 シュッ
パン「ボール」
全く打つ気がない白城(しらき)はあっさり見逃し、カウントはツーワンとなった。
この時三塁ベンチから見ていた遠矢(とうや)も、一奥(いちおく)の思惑と白城(しらき)のバッティングスタイルに気づいていた。
バッターには、甘い球を狙うタイプや狙い球を決めるタイプなど様々いるが、やはり白城(しらき)は木村(きむら)前監督と同じタイプのバッターだった。
「デストロイタイプですか……」
グラウンドを見ながら呟いた遠矢(とうや)に、キャプテンの神山(かみやま)が続いた。
「そうだ。白城(しらき)はピッチャーに投げる球を無くさせるバッター。そうなったバッテリーが選択するのは、自信のあるボールとなる。そのボールを打ち砕き、バッテリーの自信を打ち砕くのが狙いだ」
神山(かみやま)の言葉を聞いた遠矢(とうや)は、バッターボックスで構える白城(しらき)を見ていた。
(この白城(しらき)って人は、相当木村(きむら)前監督の野球、つまりは西島(せいとう)野球を知り尽くしている感がある。そんな人がなぜ今こんな事を……)
遠矢(とうや)が疑問に思う中、一奥(いちおく)と白城(しらき)の勝負は、半年前の木村(きむら)前監督との勝負と同じ展開で進んでいた。
キン「ファール。」
(斉藤一奥(さいとういちおく)。これで全てか?それなら次で終わらす。お前の得意のストレートを、完璧に打ち砕いてやる。)「フッ」
ニヤついた白城(しらき)の横顔を見た三塁ベンチの杉浦(すぎうら)が、「あっ!」と結末を思い出した。
「神山(かみやま)!この勝負一奥(いちおく)の勝ちだ。今、白城(しらき)は準備完了って顔をしただろ?だが一奥(いちおく)には、木村(きむら)前監督に勝った天上ボールがあるじゃねぇか」
杉浦(すぎうら)の推測は最もだった。頷いた神山(かみやま)を含め、他のメンバーも同意見だが、遠矢(とうや)だけは違った。
(一奥(いちおく)は、天上ボールは投げない……)
三塁ベンチの思惑は、キャッチャーの村石(むらいし)も気づいていた。そして、やはり村石(むらいし)は天上ボールを選択した。
(一奥(いちおく)、これで終わりだ!)
(いや、村石(むらいし)先輩。天上ボールではこの人には勝てない……)
首を振る一奥(いちおく)に驚いた村石(むらいし)とは反対に、一奥(いちおく)は厳しい目をしながらも口元は緩んでいた。
ここまでテンポよく進んで来た二人の対決の僅かな間に、キャプテンの神山(かみやま)は時間の長さを感じていた。
「なかなかサインが決まらないな。遠矢(とうや)、一奥(いちおく)はここで天上ボールに首を振ったのか?」
「はい。神山(かみやま)さん、次はストレートです。しかもど真ん中です」
呆れた声で言った遠矢(とうや)の推測は、ベンチにいる誰もが信じられないと声にした。
まばたきを忘れる程の緊張感が高まる中、プレートを外した一奥(いちおく)が語り出した。
「白城(しらき)先輩だっけ?俺を牛耳ったつもりの顔してるけど、野球は騙し合いのスポーツって言う人もいるんだよな?」
「それがどうした!全中防御率7点ピッチャー!」(お前の言う通り、俺は全て見切った。ストレートをぶっ叩く!)
「全中大会か……確かに俺の防御率は平均7点だった……でもな、その読み違いがお前の限界だぁ!」
様々な思惑の中、一奥(いちおく)は勝負の一球を投じた。