時は五回表へ遡る。西島(せいとう)メンバーはアップへ行き、スタンドの愛理(あいり)はグラウンドを見守る。試合は梯(かけはし)高校八番の四本(よつもと)のホームランで、8対2となっていた。

 

(さすがに決まったわ。ここで斜坂(ななさか)君が出て来ても、梯の松原君を国井君以外は打てない。名京(めいきょう)の三連覇はないわね……)

 

中腰で下を向くマウンドの竹橋(たけはし)。そこへ、キャッチャーの国井(くにい)がこの回二度目のタイムでマウンドへ向かった。

 

しかし内野陣は集まらない。名京監督の藤井(ふじい)も、腕を組んで立ったまま動く素振りはなかった。そしてエースの斜坂は、投球練習もせずベンチに座ったままグラウンドを笑顔で見ていた。

 

終わったと思った愛理が異変に気づいたのは、マウンドに着いた国井の足下を見て顔を上げた竹橋が、ニヤリと笑った瞬間だった。

 

愛理が「ん?」と呟き、隣に座る姉でリミスポ記者の舞理(まいり)も不思議に思った。

 

「愛理ちゃん。今日の名京はおかしいわよね……」

「確かにおかしいわ。どう考えても試合は決まり。名京に逆転の策は……」

 

愛理の頭に電流が走った瞬間、目にしたのは国井の口の動きだった。

 

「姉さん!今……国井君が始めるかって……」

「ん~?」

 

ニコッとしながら首をかしげる舞理の膝に、愛理はシラックマをボンと叩きつけた。

 

「わぁ!」

「竹橋刃は、クライシスリミットを超えていたのよ!」

「え~?」

 

舞理は右手を口の前にやって驚く。が、すぐに表情は笑顔に戻った。

 

「で?愛理ちゃん。どうなるの?」

「はぁ~」

 

呆れた愛理は一旦頭を下げたが、すぐに頭を上げてグラウンドを見る。

 

「私にも詳しくはわからない。わからないけど、この状況から名京は本当に勝つって事なの……」

「そうねぇ……あ!」

 

突然閃いたかのように、舞理が大声を上げた。

 

「なに!姉さん。何かわかったの?」

「そうよ愛理ちゃん!シラックマに試合を見せなきゃ、要ちゃんに怒られちゃうわよね!」

「姉さん……」

 

「あら?」

 

舞理が首をかしげ、シラックマを正面に向けたその時、ホームへ戻るキャッチャーの国井に愛理が気づく。

 

「一体……何が始まるっていうの?」

 

スタンドの二人が試合を見守る中、九番の松原が打席に向かった。

 

(さすがは木村(きむら)監督。点差は6。後は国井さんに打たれても構わない)

 

打席に入った松原は、一塁ベンチに座る元チームメイトの斜坂を見た。

 

(さぁ出てこい!斜坂。お前も俺たち梯が、ボコボコにしてやる!)

 

構えた松原の目に映ったのは、斜坂のニヤケ顔だった。

 

(笑っていられるのも今のうちだ!)

 

パーン!「なっ?」

 

松原が斜坂に目を奪われていたその瞬間、聞いたこともないミット音が松原を驚かせた。すぐにマウンドの竹橋を見る。

 

(笑ってやがる……)

 

竹橋が二球目を投げた。

 

(お前はもう終わってるんだよ。早く斜坂と代われ!)

 

松原がスイングに入った。

 

(なら俺が終わらせる!もらったぁ!)

 

パーン!

「なに?」(当たらないだと?)

 

驚いたバッターの松原に、キャッチャーの国井が話しかける。

 

「やはり、斜坂は必要ないようだ……」

「なにぃ!」

 

叫んだ松原に対し、国井は「フッ」とニヤついて返球。「くそっ」と追い込まれた松原がバットを構え、ピッチャーの竹橋が振りかぶった。

 

(ハッタリだ……騙されるな!)

 

そして三球目が松原を襲う。

 

(ストレート!だが低い、ボールだ!)

 

パーン……

「あ……あぁ……」

「ストライクバッターアウト!」

 

手が出なかった松原の姿に、「むっ!」と木村監督がベンチから腰を浮かせた。三振した松原は下を向き、歯を食い縛りながらバッターボックスを去る。

 

(浮く事はわかっていた。だがあの高さから、最後はど真ん中……)

 

ベンチに戻る松原の左肩に、一番の五十嵐(いがらし)が笑顔でポンと左手を置いた。

 

「最後の球、結構浮いてたな。後は任せろ」

「あぁ……頼む」

 

悔しがる松原がベンチに戻ると、腕を組む九条(くじょう)が話しかけた。

 

「松原、そんなに驚く事はない。竹橋(あいつ)がクライシスリミットを超えただけの話だ。お前は国井以外を抑えればいい」

「そう……だな……」

 

松原が振り返ると、バッターの五十嵐が空振りをして悔しがっていた。

 

「くっそ!なんだ?今のは?」

 

五十嵐の一人言に、キャッチャーの国井が答えた。

 

「ただのストレートだ。梯(おまえら)のバットには、当たらない球だがな」

 

「国井……。ぜってぇ打ってやる!」

 

竹橋が二球目を投げた。五十嵐は再びフルスイングで応じる。

 

(浮くのはわかってるんだ!)

パーン「ストライクツー」

「くっそぉ!マジで当たらねぇ。なんでだ!」

 

三球目、バッターの五十嵐に策はなかった。再びバットは空を切った。

 

「くっ……くそぉ!」

 

バットを叩きつけた五十嵐を横目に、国井はクールに返球する。

 

「ナイスだ、竹橋」

「ケッ……」

 

ボールを捕った竹橋の口は大きく左右に開かれ、獣のような気迫に満ちていた。八連続ホームランから一転、連続三振を目のあたりにした観客はざわついた。球場の雰囲気が一気に変わる。

 

「ストライクバッターアウト、チェンジ」

「くそぉ!」

 

悔しがった二番の七見(ななみ)も空振り三振に終わり、両目で七見を睨みながらペッと唾を吐いたマウンドの竹橋は、ベンチへと歩いて戻った。

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王者の反撃

スタンドの愛理たちが見つめる中、ベンチ前へ出た藤井監督が名京ナインを集める。一言だけ告げて振り返り、すぐにベンチへ下がった。再び定位置でグラウンドを見つめる藤井監督の姿を、ベンチに座る斜坂が少し離れた場所から笑顔で見ていた。

 

(ダブルリミットを発動しろ!か……)「へへっ」

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