スタンドの愛理(あいり)たちが見守る中、代打の平勢(ひらせ)が打席に立った。

 

「リードリミッターかぁ……これはまた。でも愛理ちゃん?平勢(かれ)はフォアボールじゃなかったかな?」

 

「そうよ。でもその後走られたからよく覚えてるわ。私はね、国井君に気を取られたからだと思っていたのよ」

「ん?どういうこと?」

 

「彼は出塁すれば、二塁への到達率が10割になる超のリードリミット。あの時私は、得点圏での国井君を抑えたけど違和感を持っていたわ。同時に打たれる覚悟もね。今思うと、おそらく私たちのダブルリミットで、国井君と名京は自分たちのダブルリミットを試した。そして隠したのよ……」

「なるほどねぇ。大会前だし、ダブルリミットを使う相手はそうそう見つからないからね。名京が試合を受けてくれたのも、それが狙いだった訳かぁ」

 

二人が話をする中、バッターの平勢は追い込まれていた。誰もいない三塁ベンチの木村(きむら)監督に異変が起きたのは、平勢が三球目をファールにした時だった。

 

(これは、明らかにカットしている。まさか彼は……)

 

その異変に、警戒していたキャッチャーの九条(くじょう)も気づいた。

 

(斜坂(ななさか)の言葉通りなら、狙いは次の国井(くにい)さんのタイムリミットだ。このバッターを出す訳にはいかない!)

 

しかし、四球目もファールとなった。思わず九条は舌打ちする。

 

「チッ……」(明らかにカットしている。厄介なバッターだ)

 

五球目、九条が選んだのは縦のスライダーだった。

 

(これで決める。来い!松原)

 

九条が(終わりだ!)と思ったその時だった。要求したスライダーが、九条のイメージより曲がらない。ボールは平勢のバットに吸い込まれた。

 

「なにっ!」

 

すぐにマスクを外した九条が見たのは、センター前に抜ける打球だった。

 

「球審、タイムをお願いします」

「タイム!」

 

九条がマウンドへ歩く。

 

(松原に大きな疲れは見えない。確かに失投ではあったが、妙な違和感が……)

 

九条は三塁ベンチの木村監督を見た。すると、いつもベンチの奥で座っている木村監督が、前に出て立っていた。

 

(やはり監督も感じている……だが恐らくは分析中……分析?しまった!)

 

九条は驚いた。

 

(俺たちは抑えていたのではなく、タイムリミット内で戦っていたのか。それがこの中盤六回に、疲労が出始めた松原との限界距離を縮めた。だから打たれた……)

 

「九条?」

「あぁ……すまん、松原」

 

九条は再びマウンドへ歩き出し、松原と会話を始めた。

 

「ここで国井さんに1発打たれても、まだ三点差だ。六回なら逃げ切れるだろう……」

「どうした?九条。お前らしくないぞ」

 

「いや……ダメだ。松原、国井さんにホームランだけは許すな。俺たちが勝つにはそれしかない。タイムリーにしなければいいんだ」

「確かにそうだが……」

 

松原は、九条の余裕のない表情が気になった。

 

「九条。お前の話はわかったが、タイムリーを警戒するなら歩かせるのも手じゃないのか?」

「歩かせか……わかった。ここは勝利を優先する」

 

「九条……」

 

九条がホームへ戻り、国井がバッターボックスへ入った。プレイがかかっても座らない九条に対し、国井はその姿をチラッと見た。

 

(平勢に打たれた理由は、わかっているようだな……)

 

(これがタイムリミッターの力……屈辱だが、プライドだけでは名京には勝てない……歩いてもらう)

 

外した初球を捕ったキャッチャーの九条は、三塁ベンチの木村監督を見る。木村監督は頷いていた。

 

(ここは仕方ないでしょうな。もし平勢(かれ)がリードリミッターだとしても、最善の策でしょう)

 

しかし、このまま国井が歩くと思われた三球目に事は起きた。歩かす事で全くの無警戒だったバッテリーの隙をついて、一塁ランナーの平勢が走った。気づいたファーストの八木がすぐに叫ぶ。

 

「走ったぁ!」

「なにっ?」(ここで盗塁だと!)

 

九条は二塁へ送球するが、平勢はスライディングから立ち上がるほど余裕のタイミングでセーフ。

 

なぜ走ったのかわからない九条は、三塁ベンチの木村監督を見た。すると、木村監督は前に出した右膝に右肘を置いて下を向いていた。

 

(やられましたなぁ……。やはり彼はリードリミッター。それ以外、ここで走る理由はありません)

(木村監督……。だが歩かせれば同じ状況。一体何が起こっている……)

 

九条がマスクをつけ直すと、バッターの国井が「フッ」と笑った。松原が二塁ランナーの平勢を警戒しながらボールを外し、国井は一塁へと歩き出した。

 

「今度は二つ……足りなかったな」

(なにっ!)

 

九条は、小走りする国井の背中を見ていた。

 

(ハッタリではない……落ち着け……二つのリミット……)

 

九条は座り、五番バッターが右打席に入った。

 

(国井さんにタイムリーは打たれていない。考えられるのは平勢(あいつ)の盗塁だ。状況の変わらない敬遠中に、走る理由がない。だが、それがどれ程のリミットだと言うのだ……)

 

カキーン!

打球は右中間を破った。センターの七見(ななみ)とライトの三好(みよし)が懸命に追うが、打球はフェンスまで到達。七見がセカンドの五十嵐(いがらし)へ送球し、五十嵐はバックホーム。

 

しかし、

 

五十嵐の返球をキャッチした九条は、三塁で止まった一塁ランナーの国井を見ていた。

 

(ツーアウトであの当たり……そしてホームを狙わない。いや、問題はその前だ。抑えていた五番に、完璧に打たれた……)

 

九条は、ボールをピッチャーの松原に投げる。

 

(松原の球は生きている。タイムリーを与えていないタイムリミットともう1つのリミット……あの盗塁が、なぜここまで影響を……)

 

座った九条は三塁ランナーの国井を見た。国井はベース上で目を閉じ、不敵に笑う。その姿に九条はようやく状況を把握した。

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打のダブルリミット

(まさかこれは……ダブルリミットだと言うのか?)

 

座った九条は唇を噛む。初球に選んだのは、この試合で初めて使う球だった。

 

(止めてやる!ダブルリミットだろうがなんだろうが、俺たちに限界はない!来い!松原。ナックルカーブだ)

 

しかし、九条の維持もむなしく打球は三遊間を破った。マスクを外し、立ち上がった九条の前を三塁ランナーの国井がゆっくりとホームインした。

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