「これが名京の、ダブルリミットだ」

 

そう呟いた後、歩いて一塁ベンチへ戻る国井(くにい)。その背中を九条(くじょう)は見ていた。

 

(やはりそうか……)「くそっ……」

 

悔しがりながら座った九条は、下を向いて目を閉じた。

 

(プライドを捨て、歩かせた結果も全て相手の手の内だった。一つでも厄介なタイムリミット継続中に、もう一つのリミットが加わるとは……)

 

その後、五回まで国井以外に打たれる事がなかったピッチャーの松原(まつばら)が、なすすべなく打たれまくる。一体何が起こったのかわからない観客たちは、ただただ名京(めいきょう)高校の強さを目の当たりにしていた。

 

そして打者一巡。三番の平勢には、11球粘られての押し出しを奪われる。ピッチャーの松原が息を切らす中、六回裏ツーアウトランナーなしから8対3だったスコアは、名京リードの8対10となっていた。

 

「がんばれ梯(かけはし)~!」との声がスタンドから飛ぶが、どうすることもできないグラウンドの梯ナインには届かなかった。

 

そして、再び四番の国井を迎える。バッターボックスに入った国井は、構えながら九条に話す。

 

「俺のタイムリミットを止めたいのなら……」

 

構えた国井を九条が見た。

 

「俺を超える以外にない」

 

その言葉を聞いた九条は、「くっ……」と頭を下げた。

 

(あの敬遠は、逃げたつもりはない。ただ甘かった。国井(こいつ)に勝たずして、名京に勝てるはずがない。なぜそれに気づかなかったんだ……)

 

ここまで梯バッテリーは、国井にわざと2ホーマー打たせた。そして三打席目の敬遠。木村監督の読み、そして九条たちの作戦に間違いはなかったが、途中出場の平勢(ひらせ)と名京高校が、その全てを上回った。

 

九条は大切な事を思い出す。初球、その九条が松原に要求したのは、高めに外れるストレートだった。

 

「国井さん……」

 

九条に呼ばれた国井は、バットを下ろして九条を見た。

 

「野球バカをよく知る俺がリミッターになった事で、この試合に満足する所でした。だから挑戦させてもらいます。……お前に勝ち、俺たちはタイムリミットを止める!」

 

九条は、豪速球でピッチャーの松原に返球した。キャッチした松原が不思議がる。

 

「九条……」

 

気合いの入った顔に戻ったキャッチャーの九条に、国井は満足した。

 

「なら、見せてもらおう」(この試合、もう少し楽しめそうだ……)

 

打席の国井が微笑む中、ホームベースの前に出た九条はナインに向かって叫んだ。

 

「お前ら!梯野球を見せてやれ!いいな!」

『しゃー!』

 

九条が座り、国井は再び勝負師の顔に変わる。九条は松原に強気のサインを出した。

 

(タイムリミッターに小細工は通用しない。今はどんな球も打たれる。だが、九人で攻める守りで止める!)

 

九条はインコースに構えた。松原は、竹橋(たけはし)に投げた胸元のシュートを選ぶ。

 

(打てるもんなら……打ってみろ!)

(よし!松原。最高の球だ!)

 

バッターの国井がスイングに入り、キャッチャーの九条は強い目差しでボールを見る。

 

(芯は外した!)

 

打球は高々と左中間へ。センター七見(ななみ)が追いかけ、フェンス手前で立ち止まる。打球はフェンスのてっぺんに当たり、グラウンド側へ跳ねた。

 

一人二人とホームインし、国井は二塁を回る。一塁ランナーの平勢もホームインし、8対13。中継のショート六川(ろくがわ)は、三塁への送球体勢に入った。

 

「刺せー!六川~!」

 

ホームから叫んだ九条が見守る中、六川の送球をキャッチしたサードの二宮(にのみや)がスライディングした国井にタッチ。しかし二宮は、タッチの勢いでボールをファールグラウンドへこぼしてしまった。

 

転々とするボールを見た国井は、すぐさまホームを狙う。タイムリミットが止められなかった時点で、冷静に考えれば国井は三塁ストップの状況。だが熱い全力プレーを梯(かけはし)高校見せつけられた国井は、この挑戦を受けた。

 

(この打席に、四つ以外の結果はいらない!)

 

サードの二宮が、ボールを拾って送球体勢に入る。すると、国井の目にホームベースを挟んで立つ二人の姿が映った。

 

ホームベース左にキャッチャーの九条。右にピッチャーの松原。

 

三塁を回った瞬間、国井はタイミング的には僅かに厳しいと感じていた。さらにピッチャー松原の位置は、国井が回り込む進路を防いでいる。

 

(送球をピッチャーが取り、回り込めばアウト。キャッチャーが捕れば、真っ直ぐ突っ込まされてアウトか。面白い!)

 

国井は、空いているホームベースへ真っ直ぐ突っ込んだ。国井がスライディングに入ると思われたタイミングで、キャッチャーの九条が二宮からの送球をキャッチ。

タッチへ行った九条が目にしたのは、頭から前へ高く飛んだ国井の姿だった。

 

(しまった!)

 

ホームベースをかすめるようにタッチへ行った九条のミットは空振り、宙に浮いた国井の右手がホームベースへ降りてくる。

 

「もらったぁ!」

「うおぉぉぉ!」

 

九条は空振りしたミットを右手で押しながら低く飛び、空中から一塁側ホームベースの角を狙う国井の右手へタッチに行くように、ミットをホームベースの角へ誘導した。

 

国井は右手をついた後、グラウンドへ横回転して球審を見た。
キャッチャーの九条も、うつ伏せのまま顔を上げて球審を見る。

 

「アウトー!」

『ウオォォォォォ!』

 

立ち上がった国井は、九条を見下ろして微笑んだ。九条はうつ伏せのまま、国井を見上げて微笑みながら立ち上がる。

 

ようやく六回裏が終了。

 

この走塁のアウトは、国井のタイムリミットを止めた訳ではない。そして、アウトにした九条もそれをわかっている。

 

ただ、試合の勝利という互いの目的を度外視した野球バカ同士の必死のワンプレーは、観客をこの試合一番の興奮に巻き込んだ。

 

力尽きた梯高校は、七回表を守りのダブルリミットの九球で終える。それでも必死に七回裏を投げた松原だったが、最期は攻撃のダブルリミットによる連続初球ホームランで幕を閉じた。

 

六番の竹橋(たけはし)がダイヤモンドを回る中、観客は歓声ではなくグラウンドへ拍手を贈った。それは強さを示した名京高校へ。そして、限界まで戦った梯高校の二校に贈られた拍手だった。

 

「姉さん、私ちょっと行ってくる」

「あ!愛理ちゃん?」

 

スタンドの愛理が球場を出る中、キャプテンの国井と九条はガッチリと握手をした。

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準決勝第一試合、決着

「今日は完敗です。全国制覇、期待しています」

「それがお前の本心なら、俺は受け取るがな」

 

国井と九条は『フッ』と笑い、球審が右手を上げた。

 

「ゲーム、名京高校」

 

七回コールド。

8対15のスコアを残し、準決勝第一試合は終わった。

 

決勝進出は、王者名京高校となった。

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