「……中豊大名京(ちゅうほうだいめいきょう)よ」

 

愛理(あいり)の言葉を聞いたキャプテンの神山(かみやま)は、無言で目を閉じ細かく頷いた。

 

「やはり名京か……」

 

一奥(いちおく)は球場を見つめた後、右肩にかけたバットケースのヒモをギュッと握りながら無言で愛理の横を通りすぎた。

 

振り向いた愛理は、「一奥君?」と呟く。すると一奥は立ち止まり、笑顔で振り向いた。

 

「愛理先輩。後二つ!だろ?」

 

再び振り返って歩き出した一奥に、「一奥~ん!」と笑顔で叫んだ要(かなめ)が走って追いつく。続いてフッと笑った神山を先頭に、皆が一奥と要についていった。

 

愛理の右肩をポンと叩いた紀香(のりか)監督は、「ありがと、愛理さん……」とささやいて通りすぎる。

 

「はい……」

 

愛理が紀香監督の背中を見ていると、愛理の隣に要が離したヘルメットケースの片ヒモを持った遠矢(とうや)と仟(かしら)が立ち止まった。遠矢は愛理と目が合うと、ニコッと笑った。

 

「行きましょう。愛理さん」

 

同じくニコッと頭を軽く下げた仟を見た愛理は、フフッと笑って二人と球場へ歩き出した。

 

愛理は第一試合の全てを遠矢と仟に話す。遠矢は時おり上を向いて考えるように頷き、仟は口を少し開けて驚くように愛理を見ながら聞いていた。

 

選手入場口に着いた三人は立ち止まり、遠矢に続いて仟が愛理に「ありがとうございました」と礼をした。

 

「いい試合、期待してるわよ!がんばってね」

『はい!』

 

手を振りながらスタンド入場口へ戻る愛理に二人も手を振り、選手入場口へ入った。少し暗い通路を歩きながら、仟が少し下を向いて呟く。

 

「あの名京に攻守のダブルリミット……」

 

弱々しく呟いた仟を見た遠矢は、フフフッと笑った。

 

「確かに、ショックだよね」

 

仟は、歩きながら遠矢を見た。

 

「でもさ……僕はワクワクしてる自分が止められないよ」

「遠矢さん……うん、そうですね!」

 

真っ直ぐ笑顔で前を見つめる遠矢と仟。その顔に光が当たると、大好きな野球をする球児たちを待つグラウンドが目に映った。

 

ファールグラウンドに立つと、キャッチボールをする川石(かわいし)高校の幸崎(こうさき)の姿が目に入る。

 

「遠矢さん、こちらもいよいよですね」

「うん。リズムリミッターに真っ向勝負だ!」

 

「遠矢、仟」

 

呼ばれた二人が右を向くと、足を組んで座りながら左の人指し指でライト方向を指す紀香(のりか)監督の姿があった。その指の先には、グローブをつけて両手を振る一奥がいる。

 

要が一奥にボールを投げると、ボールに気づくのが遅れた一奥は足をバタバタさせてボールを捕った。

手を振った一奥に気づいた要が「あ!」と一塁ベンチの二人を見ると、今度は要が両手を笑顔で振った。

 

ライト側外野スペースでキャッチボールをする一奥と要を見た紀香監督は、「フフッ」と握った右手を口に当てて笑っていた。そして遠矢と仟を見る。

 

「あなたたちも早く行きなさい。野球バカが呼んでるわよ?」

 

顔を見合わせた二人は、『はいっ!』とニコッと笑う。すぐに一塁ベンチへ入って道具を置いた。スパイクを履いてグローブを持った二人は、ライト方向へ元気に走り出す。

 

「行こう!仟」

「はいっ!」

 

一奥と要に手を振りながら走り出した二人の背中を見て、再び紀香監督はニコッと微笑んだ。

 

(梯(かけはし)高校がコールドで負けたショックは、大丈夫のようね……)

 

一方、紀香監督と同じく三塁側ブルペンから西島(せいとう)高校の四人を見ていた幸崎も微笑んでいた。

 

そして、キャッチボールをする白城(しらき)を見る。

 

(ブレイクリミッター。そして双子はエクストラリミッター。だが愛報(あいほう)高校を破ったダブルリミットは……)

 

幸崎が力を入れて中西のミットへ投げ込む。

 

「ナイスボールだ!幸崎」

 

返球を捕る幸崎の表情は、自信に満ち溢れていた。

 

(今の俺には、通用しない……)

 

そして幸崎が見上げた三塁側スタンドには、第一試合を制した名京高校のメンバーたちがいた。

 

(川石(おれたち)も西島(あいつら)も、名京高校に負けた。この試合は、王者名京への挑戦権争いだ!)

パーン!

 

幸崎の球をキャッチャーの中西(なかにし)が受ける中、名京高校斜坂が舞理記者の下へ歩いて近づく。

 

「お久し振りっす。舞理さん」

「あー、斜坂君。どうもどうも。決勝進出おめでとー」

 

斜坂に左手で応えた舞理だったが、斜坂の目は膝の上に乗せられたクマを見ていた。

 

「なんっすか?そのでっかいクマ。お?西島?」

「あーこれね。シラックマシラックマ」

 

「シラックマ?っすか?」

 

斜坂が首をかしげていると、そこへ愛理が戻ってきた。

 

「どうしたの?」

「ん?あ、お帰り愛理ちゃん。今約束の相手をシラックマに見せてたとこよ」

 

愛理は斜坂と目が合うと、斜坂は「俺……?」と自分を指した。舞理がフフッと笑うと、愛理も微笑む。そして斜坂に力強い視線を送った。

 

「斜坂君。そのシラックマは、名京のダブルリミットをしっかり見ていたわよ」

 

斜坂はニコッと笑った。

 

「いやぁ、やっぱバレてましたか。さすがっすね。隠してるつもりはなかったけど……。まぁ、準決勝でこのシラックマに見せられなかった事も、ありますけどね」

「ふ~ん、変な言い方するわね」

 

「そうっすかね?俺が今日投げたらダブル……」
「斜坂!」

 

スタンドの斜め前方から三人を呼んだのは、名京高校キャプテンの国井だった。斜坂は苦笑いを愛理と舞理にして「今行きまーす!」と国井へ返す。

 

「ではでは、こちらもじっくり明日の相手を見させてもらいますね」

 

斜坂は、シラックマの頭をポンと叩いて戻っていった。再び舞理の隣に座った愛理は、舞理に預けたシラックマを両手で受け取り膝に置いた。

 

「それで愛理ちゃん。西島メンバーには会えたの?」

「ええ、会ったわよ。遠矢君と仟に結果を伝えてきたわ。遠矢君は何を考えてるのかわからなかったけど、仟はショックを受けてたわね。当然よ。ただでさえ強い名京がダブルリミットなんて……え?」

 

すると、急に愛理の目が固まった。

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ストッパー?リミッター?

「姉さん!斜坂君はさっき何を言おうとしてたの?ストッパーがダブルって……まさかとは思うけど」

 

愛理が前方に座る斜坂の背中を見ると、舞理は微笑みながらいじっていたスマホを手提げ鞄にしまった。

 

「そうねぇ、なんでしょうね?」

「もう……」

 

愛理が肘を膝に立てる中、川石高校のノックが始まった。黙って見守る姉妹の二人。続いて西島高校のノックも終了した。愛理は、両チームが楽しそうに野球をする姿をうらやましそうに見ていた。

 

試合開始の整列が行われる中、先程自分が思った推測と同じ言葉を舞理が突然呟いた。

 

「斜坂君は……なにかのリミッターになったのかな?」

「姉さん?……うん……かも、しれないわね」

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