一万を超える観客が、注目の試合を見つめる。両チームキャプテンの神山(かみやま)と幸崎(こうさき)は、ガッチリと握手をした。西島(せいとう)メンバーは一塁ベンチへ下がり、川石(かわいし)ナインは守備につく。

 

先攻は西島高校。エースの幸崎が投球練習をする中、一番の要(かなめ)がバッターボックスへ向かった。

 

「プレイ!」

 

球審の右手が上がる。ピッチャーの幸崎の投げたど真ん中に対し、要(かなめ)が初球から強振した。

 

打球はピッチャー返し。ライナーで捕った幸崎はニヤつき、バッターの要も微笑んでいた。

 

ここまで勝ち上がった試合、幸崎は以前のかわすピッチングだった。しかし、今日の相手は奇跡的な勝ちを重ねてきた因縁の西島高校。幸崎自身本来の姿を思い出すきっかけとなった与えた相手。

 

幸崎は初回から、この大会初めてリズムリミットを披露していた。

 

(これで俺のリズムリミットは条件を満たした。九回27球、全てピッチャー返しで完全試合だ!)

 

幸崎は西島ベンチの様子を見る。すると、いい当たりだった要の凡退に臆することなくメンバーたちは微笑んでいた。

 

続く二番の仟(かしら)をピッチャー返しに打ち取った瞬間、幸崎は悟る。

 

(面白い……やはり真っ向勝負を挑んできたか!)

 

幸崎がマウンドのロジンを拾うと、バッターボックスに三番の白城(しらき)が入る。キッと幸崎を睨んで構えた白城に対し、ロジンをマウンドに叩きつけた。

 

振りかぶった幸崎は、やはりど真ん中のストレートで応える。バッターの白城も初球から責めた。
しかし、

 

「アウト!チェンジ」

 

その痛烈な打球は、みたび幸崎のグローブにライナーに収まる。白城と幸崎は、今の互いを認め微笑み合った。

 

(白城、1年前の続きを……)

(ここから始めましょう……)

 

二人はしばらく目を合わせ、微笑みながらゆっくり歩き互いのベンチへと下がった。

 

「よっしゃー!いくぜ、遠矢(とうや)!」

「おう!」

 

元気にグラウンドへ飛び出し、投球練習を始めたピッチャーの一奥とキャッチャーの遠矢。その姿を、三塁ベンチへ座った幸崎と中西(なかにし)が見ていた。

 

「どうだ?幸崎」

「そうだな。愛報(あいほう)戦の九回。あれが彼ら二人の本来の姿と思って間違いない。バッターの限界を読むリミットリミッターのキャッチャー遠矢が、今の一奥の力をどこまで引き出せるのか……気になる所ではあるな……」

 

幸崎は腕を組み、集中力を上げるように目を閉じた。そして「新田(にった)」と言いながら右を見る。

 

「なんすか?幸崎さん」

「やはり今日の試合、お前がキーマンになりそうだ」

 

すると、二年生である新田は苦笑いをした。

 

「止めてくださいよ、幸崎さん。MAX162キロのピッチャーなんて、やっぱり俺には打てませんよ……。しかもこんな大事な試合の三番ってだけで緊張しますし。幸崎さんの前は打のリズムリミットの条件だし、俺にはとても……」

 

肩を落とす新田の尻を、幸崎は微笑みながら平手打ちした。

 

「いでっ!」

「お前なら大丈夫だ、自信を持て。この試合で俺の前を打てるのは、お前しかいないんだよ」

 

真っ直ぐマウンドを見つめた幸崎を、新田はボーッと見ていた。

 

「そう……なんすか……いやいや!ますます意味がわかんないんすけど」

 

すると新田の肩に、笑顔の中西が右腕を回した。

 

「お前はいつも通り打てばいいんだよ。おもいきっていけ!」

「はぁ……」

 

新田はそのまま幸崎の隣に座り、中西もベンチへ座った。そんな二人を見ていた幸崎は、プレイのかかったマウンドへ目を移す。

 

(さあ!俺たちも野球を楽しもうじゃないか!)

 

一方。幸崎が初回を三球で終えた事を、キャッチャーの遠矢は考えていた。

 

(勝てば名京(めいきょう)とは連戦になる。斜坂(ななさか)温存に対抗するには、これしかない)

 

遠矢のサインに頷いた一奥(いちおく)が投げたのは、130中盤のツーシームの真っ直ぐだった。

 

打球がライナーで一奥を襲う。

 

「うおっ!あぶねぇ……川石グラウンドで打たれたのを思い出すぜ」

 

ピッチャー返しを捕った一奥を見たキャッチャーの遠矢は、(よし!)と頷いた。

 

「チッ……」と悔しがるバッターの姿に、「むっ!」と目を細める三塁ベンチの幸崎。だが、すぐに微笑むと目を閉じた。

 

(そうだったな……あの時の一奥はスニーカー……球質が違う訳だ)

 

そんな幸崎の姿を、キャッチャーの遠矢がマスク越しに横目で見ていた。

 

(あの時、僕も川石打線は見せてもらいましたからね。リミットリミッターとして、初回から行かせてもらいますよ!)

 

続く二番も初球ピッチャー返しに倒れる。それを見た幸崎は、キャッチャー遠矢の狙いに確信を持った。

 

(一見リズムリミットに見えるこれは、リミットリミッターならではの芸当。明日の決勝を視野に入れ、ギリギリの限界で抑える気か)

 

そして、今日三番に入った新田が右打席に立った。

 

「お願いします」

 

ヘルメットのつばを掴み、軽く頭を下げてバットを構えた新田の限界を遠矢が計る。しかし遠矢には、新田から警戒する程の限界の高さを感じなかった。

 

(ここはリズムリミットの要になる打順……なんだけどね)

 

ニコッと笑った遠矢がサインを出すと、それをみたマウンドの一奥は不思議そうな顔をした。

 

(ん?ど真ん中にツーシームストレートでいいのか?)
「へへっ」

 

投げた一奥のボールがど真ん中を襲う。縫い目の浮力を失い、わずかに沈むツーシームのストレート。バッターの新田は空振りした。

 

「オッケー!一奥」

「ああ!」

 

笑顔でボールを捕った一奥を見た一塁ベンチの紀香(のりか)監督は、「ん?」と首をかしげた。

 

(今の初球、打のリズムリミットとの勝負の為に、遠矢は打たせにいったように見えたんだけど……)

 

紀香監督は電光掲示板を見た。

 

(138キロ……。でもバッターは空振りしたわ。このバッターが幸崎君の前を打つのは……変よね……)

 

そんな紀香監督が見つめる中、打のリズムリミットの条件満たそうとしているキャッチャーの遠矢は、打たせようと同じサインを出した。

 

(今のはこのバッターの限界だったはずなんだけど、空振りは予想外だった。でもまぁ、これまで一奥には我慢させてきたからね……)

 

キャッチャーの仕事の中に、ピッチャーに気持ちよく投げさせるという事がある。遠矢はそれを思っていた。

 

(球数もそうだけど、一奥が一番待ち望んでいる明日の対戦の為にも、今日は一奥の慣れたスタイルでいこう)

 

そう決めた遠矢のサインを見た一奥は、「へへっ」と笑って楽しそうに投げた。

 

「おらバッター!打ってみろー!」

 

一奥の気迫に押された新田。バットを出すが、思ったよりボールが来ない。

 

(チェンジアップ!)「だぁー!」

 

体勢を崩されながら打った新田の打球は、フラフラとマウンドの一奥の下へ飛ぶ。一奥は難なくキャッチした。

 

「いっひっひ。バッター!やるじゃねーか!」

「くっ……」

 

ピッチャー返しの球をヒョイっとマウンドに落とし、一塁ベンチへ笑顔で戻る一奥。悔しがるバッター新田の姿とは対照的だった。

 

新田が三塁ベンチへ下がる途中、その目にネクストバッターズサークルで立ち上がったまま西島ベンチを見る、幸崎の姿が映った。

 

「幸崎さん、すみません……ん?」

 

目を閉じ、頭を軽く下げた新田が幸崎の顔を見上げると、幸崎は黙ったまま一塁ベンチを見続けていた。

 

(打のリズムリミットまで真っ向勝負とはな……)「フフッ……」

 

幸崎は三塁ベンチへ振り返りながら、新田(にった)の左肩に右手を置いて歩き出した。

 

「幸崎(こうさき)さん?」

「気にするな新田。まだ初回を終えたばかりだからな。それに……」

 

三塁ベンチ前で立ち止まり、再び振り返って一塁ベンチを見た幸崎につられ、新田も一塁ベンチを見る。

 

一塁ベンチと幸崎を、(なんだろう……)と交互にチラチラ見ていた新田(にった)の目に、鋭い視線を真っ直ぐ一塁ベンチへ送る幸崎の姿が映った。

 

「新田(にった)……」

「はっ、はいっ!」

 

驚いた新田を見た幸崎は「フフッ」と笑った。

 

「西島のやろうとしている事は、俺も同じだ。果たしてどちらのリミットが上なのか……楽しみだな」

「あ!はい。そうっすね」

 

幸崎と新田はバットとヘルメットを片付け、新田はショートの位置に走る。キャッチャーの中西は、「ほらよ!」と幸崎に帽子を被せてグローブを渡した。

「サンキュー」と言った幸崎と共に、中西もショートにいる新田を見つめる。

 

「中西。まだアイツは……目覚めないようだな」

「う~ん……そうだなぁ……」

 

二人はグラウンドへ歩きだした。

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新田のリミット

「幸崎。お前の読みだと、実力差はないんだろ?」

「今の所はな」

 

幸崎は、一塁へ送球練習する新田を見る。

 

「なぁ、幸崎。疑ってる訳ではないが、新田がリミットに目覚めたらどうなるんだ?」

 

幸崎はチラッと中西を見た後、立ち止まってバックスタンドを見渡した。

 

「そうだな……。一奥にとって、俺や国井(くにい)以上の強敵かもしれないな……」

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