三回の裏、七番から始まる川石(かわいし)高校の攻撃は、全てピッチャーライナーで一奥(いちおく)と遠矢(とうや)は抑えた。

 一奥が一塁ベンチへ下がる途中、セカンドの仟(かしら)が後ろから「一奥さん」と声をかける。


「どうした?仟」

「グローブどうですか?」

「グローブ?ああ、これ使いやすいと思ったら、ピッチャー用だったんだな」

「はい。要(かなめ)の緊急用ですから」

「どいたどいたー!」

 並んで歩く一奥と仟の間を、センターの要(かなめ)が二人にぶつかりながら抜けていく。二人は「うおっ!」「もう……」と要の背中を見ていた。

 四回の表は、一番の要から始まる。少し怒った仟だったが、バッティングの支度をする要を見て笑っている一奥に気づく。その姿に(しょうがないなぁ)と微笑んだ。

 すると、ヘルメットをかぶった要は、バットケースの前で「う~ん……」と考えだす。西島ナインがベンチへ入る中、先に戻っていた遠矢がそれに気づいた。

「要、一奥のバットならこれだよ」

「おおー!さすが遠矢(とや)君」

 喜んだ要はバットを抜いた。

「これ、結構重たいんだね。でもこれがいい!よーし行ってきます!」

 要は勢いよくバッターボックスへ向かった。そして一部始終を見ていた一奥が、遠矢の隣に座る。

「遠矢(とうや)。要(かなめ)に俺のバットが振れるのか?」

「そうだね、それが狙いじゃないかな?」

「なんだそれ?」

「まぁ一奥(いちおく)、見てればわかるよ。」

 

二人の会話を聞いてネクストへ向かおうとしていた仟(かしら)は、いつも使うバットをケースから抜き、首をかしげていた。

「遠矢(とうや)さん。要(かなめ)はリズムリミットを超える策でも浮かんだのですか?」

「アハハ、ごめん仟(かしら)。偉そうに言ったけど、ただの縁起担ぎかもしれない。ほら、一奥(いちおく)の打球は一番惜しかったからね。」

「要(かなめ)の考えそうな事ですね…。」

仟(かしら)は、苦笑いをしながらネクストへ行った。

(守のリズムリミットは発動中。要(かなめ)じゃないけど、私も策を考えなきゃ。)

ネクストバッターズサークルに座った仟(かしら)が要(かなめ)の姿を見ると、構えはくのいち打法だった。

「オォォ!!」とスタンドがざわつく中、要(かなめ)は初球を空振りした。

仟(かしら)は、要(かなめ)の姿を自分と重ねていた。

(くのいち打法だと、あのバットは重たい。タイミングを合わせてくる幸崎(こうさき)さんのリズムリミットだけど、バッターがタイミングを外せば、当然バットには当たらない。)

二球目、要(かなめ)はくのいちクロスに構えを変えた。しかし、またもや空振りとなった。

両手でバットの根っこをヘルメットにコツコツ当てて考える打席の要(かなめ)の気持ちは、仟(かしら)も同じだった。

(やはりタイミングは合わない。いつもの要(かなめ)のバットなら合うけど、クロスでもピッチャーライナーで終わる。一体、どうすれば幸崎(こうさき)さんのリズムリミットを超えられるの…。)

すると、要(かなめ)は普通の構えに戻した。仟(かしら)は策が尽きた要(かなめ)の姿を見て、グリップをギュッと無意識に握り、悔しがっていた。

(やっぱり…正面突破しかない!)

三球目を幸崎(こうさき)が投げた。バッターの要(かなめ)がフルスイングで応じた瞬間、仟(かしら)は打球の行方に驚いた。

カキン 「え…。」

パン「アウト。」

平凡なショートゴロに終わった要(かなめ)の結果を見た仟(かしら)は、すぐにベンチの遠矢(とうや)を見た。

遠矢(とうや)は仟(かしら)と目が合うと、バッターボックスに置かれた一奥(いちおく)のバットを指差した。

仟(かしら)は頷き、ネクストに自分のバットを置いて打席に向かった。

(今の打席。要(かなめ)はタイミングは合わされてた。でも、いつもと違うバットの感覚でしくじった。だからきっと、捉えられなかった。)

仟(かしら)はバットを拾い、左打席に入った。

(幸崎(こうさき)さんの表情は変わらない。当然だわ。ピッチャーライナーにならなかっただけで、当たりは平凡だった。それでも…)

仟(かしら)が構えた。

(これが突破口になるかもしれない…。)

初球、仟(かしら)は見送った。

パン「ストライク。」

(幸崎(こうさき)さんの予測を上回る失敗をしなきゃいけない。でも…)

パン「ストライクツー。」

(自分からタイミングをズラして打つなんて、難しすぎる。でもやらなきゃ私には、リズムリミットは超えられない!)

ピッチャーの幸崎(こうさき)は、仟(かしら)が二球見逃した事で警戒はしていた。

(強い気持ちは伝わってくる。いいバッターだが、俺の自信に揺らぎはない。タイミングを合わせるなら、ライナーを捕ればいい。合わせないなら、空振りかボテボテだ。)

そして、三球目を幸崎(こうさき)が投げた。150キロを超えるストレートが、仟(かしら)を襲う。

(どうすれば…。)

スイングに入ったその時、仟(かしら)は限界を超えた。
完全にタイミングが合っていたバットがボールを捉えたその瞬間、仟(かしら)はバットから両手を離した。

バットはクルクル回りながらネクストの白城(しらき)の前で止まった。

打球はプッシュバントのように、ショート正面へ転がっていた。

バッターの仟(かしら)が必死に一塁へ走る中、ショートの新田(にった)がワンハンドキャッチでジャンピングスロー。

仟(かしら)が一塁ベースを踏んだ瞬間、かぶっていたヘルメットが宙に浮いた。

「アウト!」

大きく息をついた仟(かしら)は、ヘルメットを拾ってベンチへ下がった。

仟(かしら)の姿を見ていたマウンドの幸崎(こうさき)は、側で「ふぅ~。」と息をついたショートの新田(にった)に気づき、笑顔でグローブを合わせた。

「ナイスプレーだ!新田(にった)。」

「ありがとうございます。にしてもギリギリでしたね。仟(あのこ)、足速すぎですよ。」

「まぁな。でも仟(むこう)は、お前のプレーに驚いてるかもしれないぞ?」

「え!?そうですかね…。」

新田(にった)は照れながら、定位置へ戻った。新田(にった)の姿を見ていた幸崎(こうさき)は、手応えを感じていた。

一方、仟(かしら)がベンチへ戻る途中、スタンドからは励ましの声が飛んでいた。しかし、歯を食い縛る仟(かしら)の耳には届いていなかった。

(要(かなめ)の結果を生かせなかった…。)「ん?」

一塁ベンチ前で歩き出した仟(かしら)は、一奥(いちおく)と遠矢(とうや)が真っ直ぐ見つめる視線の先を追った。

二人が見ていたのは、右バッターボックスの外でフルスイングを繰り返す白城(しらき)の姿だった。

(さてと…。)

白城(しらき)がバッターボックスに入ると、マウンドの幸崎(こうさき)と睨み合った。

「本番といこうか!ダブルリミッター。」

「あぁ。」

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