マウンドの幸崎(こうさき)は、目を閉じて1年前の夏を思い出していた。
(あの夏。俺は一番・二番をピッチャーライナーに抑え、三番の白城(しらき)を迎えた。リズムリミットに目覚めたばかりの俺は、あの時油断していた。まさか白城(あいて)が、ブレイクリミッターだったとはな……。そして、俺のリミットは封印された)
幸崎(こうさき)が一塁ベンチの一奥(いちおく)を見る。
(一奥。今のお前には、何が見えている)
「ん?」
気づいた一奥(いちおく)と目が合った幸崎(こうさき)は、「フッ」と微笑んで目を逸らした。
そして投球モーションに入る。
(西島 白城!この1年でどちらのリミットが上回ったのか……勝負だ!)
ビシュ
投球と同時に、幸崎(こうさき)はピッチャーライナーに備えてグローブを前に構える。
白城(しらき)のスイングに迷いはなかった。
幸崎(こうさき)の思いに応えたフルスイングが、ボールを完璧に捉えた。
カキーーン!とグラウンドに快音が響く。
放たれた打球は、1年前と同じ幸崎(こうさき)の顔面を再び襲った。
バーーン…
幸崎のグローブと帽子がはじき飛ぶ。グローブから跳ね上がった打球は、センター前へ抜けようとしていた。その時だった。
パーン……。
白城(しらき)が目にしたのは、幸崎が取り損ねたと思われた打球をダイビングキャッチするショート新田(にった)の姿だった。
白城は、歯を食い縛りながら一塁ベンチへ下がった。
打球の勢いに押され、尻餅をついた幸崎(こうさき)は、驚いた顔のまま後ろを振り向いた。
(新田……?なぜそこに?)
「よく捕った、新田ナイスプレーだ!」
まだ呆然としている幸崎が声の聞こえた方向を見ると、キャッチャーの中西(なかにし)が笑顔で立っていた。
中西と目が合った幸崎は、ホッとした表情でグローブと帽子を拾う。そして立ち上がると、ベンチへ戻る白城(しらき)の背中を見た。
(また……俺の負けだったな……)
幸崎は歩いてベンチへ下がり、白城は誰とも話さぬままレフトへ守備に走った。
(破ったと思ったんだかな。リズムリミットか……)「くそっ」
四回の裏、川石(かわいし)高校の攻撃は一番から。
投球練習を終えたマウンドの一奥(いちおく)が、「白城(しらき)~!しっかり守れよ~!」と叫ぶ。「うるせぇー!」と返される中、キャッチャーの遠矢(とうや)は一番バッターを見ながら違和感を感じていた。
(何かおかしい。打のリズムリミットは始まってないはずなのに、打者の限界が上がっている?)
異変に気づいた遠矢がサインを出すが、一奥は首をかしげた。
(150のストレートだって?俺には140キロで十分な気がするけどな……)
不思議に思いながらも、一奥(いちおく)は遠矢(とうや)のサインに頷いて投げた。
アウトコースいっぱいのストレートに、バッターは迷いなく手を出す。
キン 「ファール」
「おぉ?」
当たらないと思っていた一奥(いちおく)が、少し驚いた声を出す。キャッチャーの遠矢(とうや)は、(やっぱり当ててきたか……)とバッターを見ていた。
球審からボールを受け取った一奥(いちおく)が、マウンドに置かれたロジンをポンと触って遠矢(とうや)のサインを見る。
(インコースへのカットボール)
一奥が投球モーションに入った。
(よくわかんねぇけど……)
ビシュ (俺の限界を超えてるようだな!)
カキン!
(くそっ)
左方向へ完璧に捉えられた打球に、一奥は素早く目を向ける。
パーン「アウト」
軽く息をつく一奥。正面のライナーをキャッチしたサードの村石(むらいし)は、面白くなさそうに一奥(いちおく)へボールを返した。
「一奥、この当たりはなんだ?おもいっきり引っ張られてるじゃねぇか。力負けか?」
「悪(わり)い、村石先輩。また飛ぶと思うけど頼むよ」
苦笑いで左手を向ける一奥に対し、サードの村石はグローブをパンと叩いて構えた。
「まぁいいぜ!ドンドン来いや!」
続く二番の左バッターに投じたインコースのシュートは、右方向へと捉えられる。
カキン! パーン 「アウト。」
「ガハハ!惜しかったな」
今度は、ファースト杉浦(すぎうら)へ正面のライナー。
杉浦が一奥に笑顔でボールを返すと、「お願いしまーす!」と微笑みながら右バッターボックスへ入ってきた三番の新田の姿に、キャッチャーの遠矢は目を奪われた。
新田(にった)はバットを構え、遠矢は目を閉じながら座る。
(間違いない……このバッターはリミッターだったんだ!でも、どんな限界を超えてるのかわからない……)
遠矢(とうや)のサインに頷き、一奥(いちおく)が外のストレートを投げる。
パーン「ストライク」
捕った瞬間、遠矢(とうや)は横目でバッターの新田(にった)を見た。
(手を出さない……余裕の表情を含め、特に変わった様子もないか……) シュッ
パシッ
しかしこの時、返球を捕った一奥(いちおく)は遠矢と別の違和感を持っていた。
(なんだ?このバッター、投げにくい気がする……)
バッターの新田をジックリ観察する一奥だったが、出された遠矢のサインに目を移す。
すると、一奥は遠矢のサインに首を振った。
遠矢は少し驚いたが、次に出したインコースのボールになるスライダーのサインに一奥が頷いたのを見て、納得してミットを構えた。
(やっぱり一奥も何かを感じてる。外すのは正解だ!)
そして一奥が投げた。
シュッ カキーン!
一奥と遠矢は、左方向へ捉えられた打球に素早く反応。
打球はサード村石(むらいし)が右へ飛んだが、一歩も動けず三遊間を抜けていった。
遠矢はタイムを要求し、マウンドへ走る。
「タイム!」
再び一奥が苦笑いでサードの村石に左手を向けて謝る中、マウンドへ遠矢が到着した。
「お!悪(わり)い遠矢。サインに首振ったのに、打たれちまったな」
「一奥、それは構わないけど……」
遠矢(とうや)は、一塁ベースに笑顔で立つ新田(にった)を見る。一奥も目線を合わせた。
「な~んかさぁ。よくわかんねーけど、さっきから投げにくいんだよな」
「投げにくい?そっか、新田(かれ)はリミッターだからね」
「マジ!?」
驚いた一奥と遠矢の目が合う。頷いた遠矢は、振り返ってバッターボックスを見た。
「ここで次は幸崎さん。打順変更の狙いは、これだったんだよ」
一奥もバッターボックスの幸崎を見ると、幸崎の顔が気づいたかなと言わんばかりの目つきでマウンドを見ていた。
一奥は幸崎を睨みつける。
「くっそ。なぁ遠矢。ここで連打されたらマズイんだよな?」
遠矢も幸崎を厳しい表情で見続ける。
「そうだね。おそらく、ダブルリミットが発動する」