仟(かしら)が驚く中、遠矢(とうや)は微笑みながら横目で神山(かみやま)を見ると、神山(かみやま)は腕を組んで目を閉じていた。

「…わかった。それで遠矢(とうや)、俺は誰と代わるんだ。レフトの白城(しらき)か?」

「いえ、神山(かみやま)さんはあそこです。」

「なに?」

遠矢(とうや)が指差した先を神山(かみやま)が見ると、そこはレフト線だった。

「お前なぁ…。俺があんな所にいて、打球が来る訳ないだろ!」

納得いかない神山(かみやま)に構わず、遠矢(とうや)は腕組みしながら足を開いて立っているレフトの白城(しらき)に向けて、左腕を大きく右に三度振った。

気づいた白城(しらき)は、マウンドの遠矢(とうや)を見ながら右へ歩き出し、遠矢(とうや)の掌を見て左中間で止まった。

白城(しらき)の姿に疑問が解けてきた神山(かみやま)は、続いて遠矢(とうや)の指示で右へ動くセンター要(かなめ)の動きを見て声を出した。

「遠矢(とうや)、本来のヒットゾーンを埋める気か?」

「はい。」

返事を聞いた神山(かみやま)は、ライトの鶴岡(つるおか)が一塁線へ動く姿を見て、三塁線へ走り出した。

「やりたい事はわかったが、ヒット一本までの条件だ!いいな?」

「わかりました!」

遠矢(とうや)は神山(かみやま)の背中を見ながら、軽く頭を下げた。

すると、サードの村石(むらいし)がファーストの杉浦(すぎうら)に指示を出した。

「杉浦(すぎうら)、お前は一・二塁間だ。」

「お?おう…。」

村石(むらいし)は遠矢(とうや)と目が合うと、ニヤッとしながら三遊間へ走った。同じく一・二塁間へ走った杉浦(すぎうら)の背中へと、遠矢(とうや)は順番に頷いた。

遠矢(とうや)の策により、外野は三塁ベースとフェンスの中間に位置した神山(かみやま)から1/4の円を描くように四人が配置され、内野の三遊間と一・二塁間を埋めた守備位置を見た仟(かしら)は、二回頷いた後、微笑みながら二塁ベースへ行った。

その途中、仟(かしら)の目に微笑む二塁ランナーの幸崎(こうさき)の姿が映った。仟(かしら)が二塁ベースに到達すると、腕組みをしながら様子を見ていた幸崎(こうさき)は、腕を下ろした。

「あくまで、限界への挑戦なんだな。」

「はい!西島(せいとう)高校が、川石(かわいし)高校のダブルリミットを止めます!!」

真っ直ぐ、そして迷いなくマウンドの二人を見つめる仟(かしら)の横顔を見た幸崎(こうさき)は、微笑みながら視線をマウンドへ移した。

(こちらも真っ向勝負は変わらない!一奥(いちおく)。お前が封印を解いたんだ。なら超えてみろ!俺のリズムリミットをな!!)

遠矢(とうや)は一奥(いちおく)に耳打ちし、ホームへ戻ると球審に守備変更を告げた。

座った遠矢(とうや)が一塁ベンチにいつものように座る紀香(のりか)監督を横目で見ると、その微笑みに遠矢(とうや)は頷いた。

球審が戻り、六番バッターが右打席に立った。

「プレイ。」

場面は1-0。ツーアウト一・二塁。
内野三人、外野四人のシフトに、観客はざわめいていた。

キャッチャー遠矢(とうや)がサインを出し、一奥(いちおく)がセットに入った。

(みんな…)

ビシュ (頼むぜ!)

カキーン!

(よし!思った通り)「杉浦さーん!」

マスクを素早く取った遠矢(とうや)が叫んだ。完璧に捉えられた一奥(いちおく)のストレートは、一・二塁間を守る杉浦(すぎうら)の正面をライナーで襲った。

しかし、

「うおっ!」

打球は杉浦(すぎうら)の手前でハーフバウンドとなり、逆シングルで対応した杉浦(すぎうら)は後ろにはじいてしまった。

仟(かしら)が杉浦(すぎうら)の後方へボールを追いかける中、二塁ランナーの幸崎(こうさき)が三塁を蹴った。

(いける!追加点だ!!)

ライト定位置前方付近でボールをシングルキャッチした仟(かしら)だが、右で投げるには体勢が悪かった。

左手にはめたグローブで捕った瞬間真上へセルフトスし、グローブを外して左手でジャンピングスローをしようとしたその時だった。

「仟(かしら)~!」

声に反応した仟(かしら)は、ジャンプせずその場に座ると、右中間から前へダッシュしていた要(かなめ)が、宙に浮くボールに向かってジャンプした。

パシッ 「いっけぇ~!」

ビシュ!

素手でキャッチした要(かなめ)は、前進してきた勢いそのままに、ホームの遠矢(とうや)に向かってジャンピングスロー。

要(かなめ)が投げた瞬間、ボールの軌道を確認したキャッチャーの遠矢(とうや)は、チラッと三塁を蹴ったランナーの幸崎(こうさき)を見た。

(間に合わない!)

遠矢(とうや)はホームベースの後ろに下がった。それを見たランナーの幸崎(こうさき)は、真っ直ぐホームへ突っ込んだ。

(送球がそれた!もらったぁ!!)

ランナーの幸崎(こうさき)が、足からスライディングに入った瞬間だった。

(なにっ!?)

驚いた幸崎(こうさき)が目にしたのは、素早くステップしてホームベースを飛び越えた遠矢(とうや)が、ホームベース前で要(かなめ)の送球をキャッチした姿だった。

幸崎(こうさき)は、最短距離でそのまま突っ込んだ。
ミットを片手で振った遠矢(とうや)は、タッチを球審にアピールした。

「アウトー!」

『オォォォォ!!』

球審の振り下ろした右拳に、観客が大歓声を贈った。

大きく息をついた、キャッチャーの遠矢(とうや)は、微笑みながら座る幸崎(こうさき)と目が合った。

「一度下がったのは誘いか…。」

「回り込まれたら、セーフでしたからね。」

遠矢(とうや)が微笑むと、「やったぜ!遠矢(とうや)!!」とホームカバーに入っていた一奥(いちおく)が後ろから抱きついた。一奥(いちおく)の姿を見た幸崎(こうさき)は、パンパンと右足の砂をはらいながら立ち上がった。

はしゃいでいた二人は、幸崎(こうさき)の気迫を感じた瞬間動きを止め、座ったまま幸崎(こうさき)を見上げた。すると幸崎(こうさき)は、振り返って三塁ベンチへ歩き出した。

「均衡は破った。だが、攻守のダブルリミットは破れていない…勝つのは川石高校(おれたち)だ…。」

立ち上がった二人は、鋭い視線を幸崎(こうさき)の背中に送り、振り返って一塁ベンチへ下がった。

二人がふと顔を左にやると、バックホームした要(かなめ)が、ベンチから出てきた控えメンバーたちとハイタッチをしていた。

要(かなめ)と目が合うと、要(かなめ)は二人の下へ走ってきた。

「遠矢(とや)君、間に合ってよかったね。杉浦(すぎ)先輩がはじくと思ったから、急いで正解だったよ~!」

「う、うん…。」

微妙な顔で返事をした遠矢(とうや)は、要(かなめ)ではなくその先を見ていた。一奥(いちおく)が苦笑いをする中、要(かなめ)は二人の顔を見ながら「ん?」と、首をかしげていた。

「悪かったな…要(かなめ)。」

振り向いた要(かなめ)は、歯を食い縛って後ろに立つ杉浦(すぎうら)に睨まれていた。

「あ…アハハ。」

要(かなめ)が笑ってごまかしていると、今度は一奥(いちおく)が杉浦(すぎうら)の標的になった。

「一奥(いちおく)!」

「はいっ!な…なんでしょうか…。」

「そもそもだ!キサマが俺以外にパカスカ打たれるのが悪いんだ!!」

「えぇ~!そんなのムチャクチャだよぉ!」

「うるさいぞ!」

杉浦(すぎうら)が一奥(いちおく)にヘッドロックしようとしたその時だった。

「杉浦(すぎうら)さん。」

「ん?」

杉浦(すぎうら)が振り向くと、笑顔の仟(かしら)がヘルメットとバットを持っていた。

「この回、先頭ですよ?」

「お、おぅ…そうか。そうだったな…おい、一奥(いちおく)。ほれ。」

呼ばれた一奥(いちおく)は、杉浦(すぎうら)から帽子とファーストミットを受け取った。そして、仟(かしら)が杉浦(すぎうら)にバットとヘルメットを渡した。

「リズムリミットを超えてきて下さい。わかりましたね?」

「おぅ…わかった。」

一奥(いちおく)・遠矢(とうや)・要(かなめ)の三人は、バッターボックスへ向かう杉浦(すぎうら)を恐る恐る見ていた。

だが杉浦(すぎうら)は、おとなしく歩いて行った。三人がこそこそ話しながら仟(かしら)をチラチラ見ていると、「どうしたのですか?」と言った仟(かしら)と一奥(いちおく)の目が合った。

「いや…。仟(かしら)はスゲェな~って話してただけだよ。」

「私が?なにがですか?」

キョトンとする仟(かしら)の顔を見た三人は、目を見合せて笑った。

「もう!なんなんですかー!先にベンチへ行きますからね!」

仟(かしら)は三人にベ~と舌を出すと、少し頬をふくらまし、照れながら歩き出した。三人も微笑みながら、一塁ベンチへと仟(かしら)を追った。

すると、「ん?」と眉間にシワを寄せた紀香(のりか)監督の姿が、一奥(いちおく)の目に入った。

気になった一奥(いちおく)が紀香(のりか)監督の目線を追うと、バッターボックスの外でタイミングを合わせる杉浦(すぎうら)の姿が目に入った。

「仟(かしら)~。」

「何ですか?一奥(いちおく)さん。」

振り向いた仟(かしら)は、笑顔で呼んだ一奥(いちおく)の背中の先を見た。

「あれ、見てみろよ。仟(かしら)の一言が効いたみたいだぜ。」

仟(かしら)は、杉浦(すぎうら)の姿を見て微笑んだ。

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