五回の表、右バッターボックスに立った杉浦(すぎうら)は、弁慶打法の構えをしていた。

オープンスタンスに立ち、右手にはグリップ、左手にはバットの根っこが握ぎられたこの構えで、ダブルリミットに対抗しようとしていた。

その目は、マウンドの幸崎(こうさき)を睨んでいた。

(俺は守備は下手くそだ。だが四番として、幸崎(おまえ)のリミットを超えてやる!)

杉浦(すぎうら)の気迫を感じたマウンドの幸崎(こうさき)は、杉浦(すぎうら)を睨み返した。

(雰囲気が変わった?…いや、あの特殊な構えがそう思わせるのだろう…。面白い!)

幸崎(こうさき)が振りかぶった。

(それで打てるというのなら…)

ビシュ (見せてもらおうか!)

「うおぉぉぉ!」カキン!

パーン 

「くっ…くそぉ!」

杉浦(すぎうら)は悔しがり、マウンドの幸崎(こうさき)は、グローブを突きだしながらバッターの杉浦(すぎうら)を見ていた。

バントのような構えから振り抜いた杉浦(すぎうら)の弁慶打法が捉えた打球は、幸崎(こうさき)のグローブに収まっていた。

下がる杉浦(すぎうら)とのすれ違い様に、五番の神山(かみやま)が呟いた。

「お前の悔しさは、俺が受け継ぐ!」

目を開いた杉浦(すぎうら)は、立ち止まって振り向いた。

(神山(かみやま)…。)

再び歩き出した杉浦(すぎうら)の目に、紀香(のりか)監督の隣に座る仟(かしら)の姿が映った。

頭を下げた杉浦(すぎうら)は、思わずヘルメットのつばで目を隠した。

「すまん…仟(かしら)。」

「エラーも凡退も、全て終わった事です。私は見直しましたよ?いつもホームラン狙いの杉浦(すぎうら)さんが、外を狙われていないのに弁慶打法でしたから。」

顔を上げた杉浦(すぎうら)は、笑顔の仟(かしら)を見た。すると、杉浦(すぎうら)は笑い出した。

「ガハハ!次は見てろよ!ホームランだ!ガハハ。」

「はい。豪快な一発を、期待してますね。」

「任せろ!ガハハ。」

機嫌の直った杉浦(すぎうら)を見ていた一奥(いちおく)は、遠矢(とうや)と要(かなめ)にささやいた。

「やっぱ仟(かしら)は猛獣使いだよな…。」

『アハハ…。』

遠矢(とうや)と要(かなめ)が苦笑いする中、バットとヘルメットを片づけた杉浦(すぎうら)が、突然「一奥(いちおく)!」と叫んでドカドカ歩いてきた。

「はい!」

真面目に返事をした一奥(いちおく)の態度に、杉浦(すぎうら)は目を丸くしながら隣に座った。
恐る恐る杉浦(すぎうら)を見つめる一奥(いちおく)の肩に、杉浦(すぎうら)は笑いながら右腕を回した。

「いいか?一奥(いちおく)。俺の守備は期待するな。わかったか?」

「いや、杉浦(すぎうら)先輩。守備は初めから期待して…「ぬぅ~!!」

杉浦(すぎうら)は一奥(いちおく)を睨んだ。

「…ます!期待してます!」

「なにっ!?」

「えぇ…!?」

一奥(いちおく)は、接近する杉浦(すぎうら)の睨み顔に耐えきれず、立ち上がった。

「期待するなって言ったのは杉浦(すぎうら)先輩じゃねーかよ!!」

「まぁまぁ一奥(いちおく)。」

遠矢(とうや)が両手で止めに入ると、杉浦(すぎうら)は笑い出した。

「ガハハ、冗談だ。下手くそだが次は捕る。またパカスカ打たれろ!ガハハ!!」 バシッ 「いでーっ!」

一奥(いちおく)がよくわからない杉浦(すぎうら)にケツを叩かれた瞬間、追い込まれたバッターの神山(かみやま)を見た要(かなめ)が「あー!」と指差した。

要(かなめ)の声に皆がバッターボックスを見ると、二球ストレートを見逃しながら策を考えていたバッターの神山(かみやま)は、バッターボックスの一番後ろに立ち、スタンスは杉浦(すぎうら)と真逆のクローズドスタンスになっていた。

遠矢(とうや)は、「なるほど!」と呟いた。

「これは神山(かみやま)さんの意地だね。幸崎(こうさき)さんの球は、バッターが気づかない程度に差し込んでくる。だから下がって構えもクローズにしたんだよ。」

皆が遠矢(とうや)の声を聞いて頷く中、バッターの神山(かみやま)はチラッと三遊間を見た後、振りかぶるマウンドの幸崎(こうさき)を見た。

(来い!幸崎(こうさき)!)

だが神山(かみやま)は、マウンドでニヤリと笑う幸崎(こうさき)の表情を目にした。一瞬気持ちが揺らいだが、神山(かみやま)は構えを変えなかった。

そして、幸崎(こうさき)が投球モーションに入った。

(どんなスタイルで来ようが、タイミングの合わない打球は前に飛ばない。ゆえに…)

ビシュ (俺のボールを捉えた打球は…)

カキン!パーン (リズム通り俺のグローブに帰ってくる…。)

「なっ…。」

悔しがりながら、神山(かみやま)もベンチへ下がった。

(会心の手応え…これでも幸崎(こうさき)のリズムリミットによって打たされているのか…。)

「神山(かみやま)。」

六番の村石(むらいし)が、すれ違い様に話しかけた。

「村石(むらいし)!」

すると、村石(むらいし)はニヤリと笑った。

「言いたい事はわかってるって。この瞬間に、成長するだけだ!」

「村石(むらいし)…。」

神山(かみやま)はバッターボックスへ向かう村石(むらいし)の背中に、(頼んだぞ…。)と微笑みながらベンチへ歩き出した。

構えた村石(むらいし)は、バットのグリップからさらに小指一本長くバットを握った。

それでも、マウンドの幸崎(こうさき)は変わらなかった。

(強行突破しかねぇ!)「うらぁ!」 カキン!パーン

「アウト、チェンジ。」

「ダメかぁ!」

村石(むらいし)は、悔しそうに天を仰いだ。

ピッチャーライナーを捕った幸崎(こうさき)は、グローブでポーンと上へグラブトスし、落ちてきたボールを右手で左へパシッと掴み、ボールをマウンドに落として小走りにリズムよく三塁ベンチへ下がった。

(いい感じだ!)

リズムにノッてきた幸崎(こうさき)は、寄ってきたキャッチャーの中西(なかにし)と手を合わせた。

「ナイスリズムだぜ、幸崎(こうさき)。」

「ああ!このまま突き放すぞ!」

「よっしゃ!」

ベンチに戻った幸崎(こうさき)は、アンダーシャツを着替え始めた。すると、腕を組んで立っていた川石(かわいし)高校監督の小橋(こばし)が「幸崎(こうさき)。」と呼んだ。

アンダーシャツを着替えながら幸崎(こうさき)が「はい。」と小橋(こばし)監督を見ると、視線はグラウンドへ向いていた。

幸崎(こうさき)は、「フフッ。」と笑い、振り向いて幸崎(こうさき)を見た小橋(こばし)監督も、ニヤッと目を閉じて微笑んだ。そして、再びグラウンドを見た。

「幸崎(こうさき)。西島(せいとう)高校はダブルリミットに気づいているんだろ?」

「えぇ。気づいてますよ、監督。」

「ピッチャー、セカンド、それとレフトは名京(めいきょう)高校との練習試合を見ていた奴らだったよな?」

「はい。」

着替え終えた幸崎(こうさき)は、小橋(こばし)監督の隣に立った。すると、小橋(こばし)監督は右手で鼻を掴み、呟いた。

「西島(むこう)はダブルリミットには気づいている…だが、リードされた今も守備体系は変わらない…。名京(めいきょう)は幸崎(おまえ)のリズムリミットを止める為に、斜坂(ななさか)を投入した…。つまり西島(せいとう)には…」

「そうです。」

幸崎(こうさき)は、ベンチに座ってマウンドの一奥(いちおく)を見た。

「ストッパーは…いません。」

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