「おっ!」「うおっ!」

杉浦(すぎうら)の左腕を引っ張った一奥(いちおく)の膝が笑い、起き上がろうとした杉浦(すぎうら)もぐらついた。

右腕を引っ張っていたライトの鶴岡(つるおか)が「大丈夫か?」と心配そうに言うと、二人は笑った。

立ち上がった一奥(いちおく)と杉浦(すぎうら)がニコニコ話ながらベンチへ下がる中、二人の後ろを歩いていた鶴岡(つるおか)は、一奥(いちおく)の背中を見ていた。

(いつもより一奥(いちおく)の疲労が激しい…。口には絶対に出さないが、それだけ川石(かわいし)高校のダブルリミットで、精神・体力共に削られているのか…。代わってやりたいが、俺では幸崎(こうさき)のリズムリミットすら防げない…それなら!)

走り出した鶴岡(つるおか)は、一奥(いちおく)の右肩をポンと叩いた。

「ん?」

「一奥(いちおく)。杉浦(すぎうら)に足でも揉んでもらえ。俺が時間を作ってやる。」

走り去る鶴岡(つるおか)に、杉浦(すぎうら)は「なんだぁ?」と首をかしげたが、一奥(いちおく)は鶴岡(つるおか)の気づかいに微笑んだ。

「だってよ?杉浦(すぎうら)先輩。じゃあマッサージでもしてもらおーかなー。」

「なんでだ?まさかお前、この程度で疲れてるのか?」

「そりゃそうだよ。杉浦(すぎうら)先輩の分も守備してるんだぜ?」

「そうか、わかった…。」

杉浦(すぎうら)は、一奥の襟を右手で掴んだ。

「え?うぐっ…。」

杉浦(すぎうら)は、そのまま一奥(いちおく)を少し持ち上げ、引きずりだした。

「ガハハ。このままベンチへ運んでやる。楽だろ?」

「ぐ…ぐるじぃ…。」

「杉浦(すぎうら)さん!」

ベンチ前の仟(かしら)が、二人の様子に気づいて叫んだ。杉浦(すぎうら)は仟(かしら)の声に、「は?」と一奥(いちおく)を離した。

「ぐへぇ…すっ、杉浦(すぎうら)先輩!殺す気かよ!!」

「ガハハ!元気じゃないか!一奥(いちおく)。ガハハ。」

「…ったく。」

苦笑いしながらも、一奥(いちおく)は嬉しそうだった。

六回の表。
七番の鶴岡(つるおか)は、バットを短く持って打席に立った。そして初球を見逃した姿に、マウンドの幸崎(こうさき)はチラッと一塁ベンチの一奥(いちおく)を見た。

(なるほど。やはり内野三人シフトは、かなり消耗するようだな。西島(せいとう)の軸は一奥(あいつ)だ…)

幸崎(こうさき)が振りかぶった。

(それなら尚更…休ませる訳にはいかないな!) ビシュ

パーン「ストライクツー。」

「くそっ…。」

悔しがるバッターの鶴岡(つるおか)の狙いに、キャッチャーの中西(なかにし)も気づいていた。

(俺たちのダブルリミット相手に粘ろうなんて…甘いんだよ!)

中西からの返球を捕ると、幸崎(こうさき)はすぐに振りかぶった。投じられたストレートに、バッターの鶴岡(つるおか)は食らいついた。

(ファールになりやがれ!)

キン パーン 「ストライクバッターアウト。」

「くっ。」ボン!

ホームベースに、鶴岡(つるおか)がバットを叩きつけた。その姿を目にし、スッとネクストから立ち上がった遠矢(とうや)は、下を向きながら静かに歩き始めた。

(一奥(いちおく)の疲労は、誰よりも僕が一番わかってる…。)

すれ違った鶴岡(つるおか)は、遠矢(とうや)の気迫に眉をピクリとさせ、(遠矢(とうや)…。)と振り向いた。だが、声をかけることなく「フッ。」と微笑んで一塁ベンチへ下がった。

(任せたぜ…相棒。)

「鶴岡(つるおか)先輩、惜しかったな!三振するのもなかなか難しいぜ?」

鶴岡(つるおか)がネクストを見ると、一奥(いちおく)は屈伸をしていた。

「一奥(いちおく)、それは誉め言葉か?まぁ…もう少し投げさせたかったんだがな。」

すると、一奥(いちおく)は微笑んだ。

「遠矢(とうや)と俺でなんとかするさ。…1点負けてるからな。うっし!」

屈伸を止めた一奥(いちおく)は、バットを一度振って座った。やる気満々の一奥(いちおく)に、鶴岡(つるおか)もつい微笑んだ。

「一奥(いちおく)。いつでも俺を頼れよ!」

「鶴岡(つるおか)先輩?」

一奥(いちおく)は、右腕を上げながらベンチへ行った鶴岡(つるおか)の背中に、笑顔で頷いた。

パーン「ストライク。」

その時、ミット音を聞いた一奥(いちおく)は、視線をバッターボックスの遠矢(とうや)に向けた。

(疲れてる場合じゃねぇな。誰が最初にこの幸崎(こうさき)をぶち抜くか…楽しみになってきたぜ!)

一奥(いちおく)の視線を感じたバッターボックスの遠矢(とうや)は、チラッと目を合わせた後、ニコっと一瞬微笑んだ。

(勝負は三球目。狙いは強行突破のみ!)

パーン「ストライクツー。」

見逃した遠矢(とうや)に対してマウンドの幸崎(こうさき)は、(やはり時間稼ぎか…。)と、返球を受けてすぐに振りかぶった。

(それなら…) ビシュ (忘れ物を思い出させてやる!)

遠矢(とうや)がスイングに入った。引きつけるだけボールを引きつけた遠矢(とうや)のバットが、

パーン「ストライクバッターアウト。」

振り遅れた。その瞬間、驚いた遠矢(とうや)は空振りして固まったまま、マウンドの幸崎(こうさき)を見た。

(チェンジアップ…これはリズムを外した投球…かわすピッチングだ。)

返球を受けた幸崎(こうさき)は、遠矢(とうや)と目を合わせて「フン。」と微笑んだ。

(これで、粘ろうなどとは考えなくなるだろう。そしてさらに泥沼へハマる。ピッチャーライナーの方がマシだとな。)

幸崎(こうさき)が視線をロジンに移した瞬間、遠矢(とうや)は空を見ながらホームベースをまたいだ。

その姿に、一塁ベンチは凍りついた。仟(かしら)は、開いた口が塞がらなかった。

(リズムリミットばかりに気をとられて忘れてた…。幸崎(こうさき)さんは、かわすピッチングで名京(めいきょう)高校を中盤までゼロに抑えていた…。それを目の前で見ていたのに…。)

ハッと我に返った仟(かしら)は、遠矢(とうや)とネクストの一奥(いちおく)が話す姿を目にした。二人の会話はすぐに終わり、一奥(いちおく)が左バッターボックスへ立った。

仟(かしら)は、両手をガッチリ合わせて握っていた。

(この凍りついた空気を変えて下さい…一奥(いちおく)さん…。)

だが、仟(かしら)の祈りは裏切られ、一奥(いちおく)は初球を空振りした。

「くっそ…。」(これが遠矢(とうや)の言ってたチェンジアップかよ。)

歯を食い縛った一奥(いちおく)を見たキャッチャーの中西(なかにし)は、ニヤリと笑った。

「もうよさそうだな。」

「なにっ!?」

一奥(いちおく)が振り向くと、キャッチャーの中西(なかにし)はマウンドの幸崎(こうさき)に向かって叫んだ。

「ピッチャーライナー行くぜ!幸崎(こうさき)。」

頷いた幸崎(こうさき)の姿を見たベンチの遠矢(とうや)は、ため息をついて目を閉じた。その姿を見た仟(かしら)は、立ち上がって遠矢(とうや)の横にスッと座った。

仟(かしら)は、グラウンドを強い視線で見つめたままだった。

「遠矢(とうや)さん…。」

呟いた仟(かしら)が唇を噛んでグラウンドを真っ直ぐ見る姿を横目にした遠矢(とうや)は、フゥ~と息を吐いた。

「その通りだよ、仟(かしら)。僕と一奥(いちおく)が空振りした球は、チェンジアップの限界を超えていた。」

その瞬間、ベンチ内の視線が紀香(のりか)監督の横に座る遠矢(とうや)に集まった。

「キャッチャーの中西(なかにし)さんは、白城(しらき)さんの一件以来、誰よりもその想いが強かったんだと思う。よけろ…ってね。」

すると、紀香(のりか)監督がグラウンドを見ながら呟いた。

「look out…ね…。」

「はい…。中西(なかにし)さんは、幸崎(こうさき)さんとのバッテリーが条件の、ルックアウトリミッターです…。」

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