マウンドに立つ神山(かみやま)は、グローブを右の脇に挟み、杉浦(すぎうら)から受け取ったボールを両手でこねていた。

「遠矢(とうや)!このシフトはヒット一本までと覚えているな?」

「…は…。」

頷きながら声にならない声を出した遠矢(とうや)の目が、一塁ベンチを見ている一奥(いちおく)の姿を捉えた。気がつくと、神山(かみやま)もボールをこねながら一塁ベンチを見ていた。

遠矢(とうや)が二人の目線に合わせると、一塁ベンチから出てきたのはレフトの白城(しらき)だった。

(白城(しらき)さん…)「え…?」

グローブを変え、グラウンドへ歩き出した白城(しらき)は、ボーッとしている一奥(いちおく)と目が合った。二人の距離が縮まると、白城(しらき)は鼻息を「フン!」と出した。

「…ったく。見てらんねぇわ。代われ!一奥(いちおく)。」

「白城(しらき)…。」

一奥(いちおく)の横を通りすぎた白城(しらき)に、一奥(いちおく)は振り返って叫びながら追いかけた。

「待てよ!白城(しらき)。俺は代わるつもりは…「うるせぇ!!」

白城(しらき)の左肩を掴もうとした一奥(いちおく)の手が、振り向いて怒鳴った白城(しらき)の声で止まった。

マウンドへ着いた白城(しらき)が神山(かみやま)からボールを受け取ると、「座れ!遠矢(とうや)!」とホームを指差した。

神山(かみやま)が「お前ら、定位置につけ!」とナインに叫びながらショートへ歩き出す中、混乱するキャッチャーの遠矢(とうや)は、座らずにマウンドの白城(しらき)をボーッと見ていた。

「…お前もかよ。しょうがねぇなぁ…。」と白城(しらき)が呆れぎみに右腕を回す中、ベンチから守備変更を球審へ告げにホームへ来た小山田(おやまだ)の声に、遠矢(とうや)は振り向いた。

球審が三塁ベンチへ走ると、遠矢(とうや)と目が合った小山田(おやまだ)は、ニコッと微笑んだ。

「遠矢(とうや)君。ここは白城(しらき)に任せてみようよ。」

「小山田(おやまだ)さん…。」

呟いた遠矢(とうや)の右肩を、小山田(おやまだ)はポンと叩いてベンチへ下がった。少し冷静さを取り戻した遠矢(とうや)は、白城(しらき)のいるマウンドへ向かった。

その時、一奥(いちおく)は白城(しらき)の横に立っていた。

「なんだよ?一奥(いちおく)。もう叫ぶ元気もねぇのか?」

「そうじゃねぇけど、なんで白城(しらき)が投げるんだよ。代わるなら、鶴岡(つるおか)先輩や要(かなめ)だっているだろ?」

「まぁな…。」

そこへ、走ってきた遠矢(とうや)が白城(しらき)の前で立ち止まった。

「白城(しらき)さん、どういう事ですか?」

「だから言っただろ?見てらんねぇってよ。」

「それはわかりますけど…。」

元気のない遠矢(とうや)と一奥(いちおく)の顔を見た白城(しらき)は、「はぁ~。」と息を吐き、両手を腰に当てて下を向いた。

「時間もねぇしな。めんどくせぇから簡単に言うぞ。」

二人が白城(しらき)を見ていると、白城(しらき)は三塁ベンチの幸崎(こうさき)に目を向けた。白城(しらき)の視線に気づいた二人が幸崎(こうさき)を見ると、その顔から笑顔が消えていた。

ハッと目を合わせた一奥(いちおく)と遠矢(とうや)の顔を見た白城(しらき)は、「フッ。」と鼻で笑った。

「そういう事だ。わかったらさっさと行け!一奥(いちおく)、お前はレフトで見てろ。」

「レフト?…あぁ。」

走り去る一奥(いちおく)の背中を、遠矢(とうや)は(一奥(いちおく)…。)とせつなく見ていた。白城(しらき)はロジンを手にしながら、横目で遠矢(とうや)を気にした。

「おぃ、遠矢(おまえ)も早く戻れよ。」

「あ…そうですね。白城(しらき)さん、サインはどうしますか?」

「サイン?」

白城(しらき)はロジンを叩きつけた。

「いらねぇよ。真ん中構えてろ!」

白城(しらき)は、バッターボックスに立つ新田(にった)を見てニヤリと笑った。その顔を見て、遠矢(とうや)は「わかりました。」とホームへ戻った。

座った遠矢(とうや)は、白城(しらき)の投球練習の球を捕っても表情はさえないままだった。

(神山(かみやま)さんと白城(しらき)さんの事だから、何か策があるかと思ったんだけど…。)

球審の「プレイ。」の声に、三番の新田(にった)とキャッチャーの遠矢(とうや)は構えた。

そして、ピッチャー白城(しらき)が振りかぶった。

「さて、始めるか!」

遠矢(とうや)は白城(しらき)のフォームを見つめるが、とてもピッチャー慣れしているようには見えなかった。

(わからない…白城(しらき)さんは何を投げるんだ…。)

「うらぁ!」 ビシュ 

(ん?ただのストレート?)

遠矢(とうや)が疑問に思う中、バッターの新田(にった)がスイングに入った。遠矢(とうや)が(打たれる…。)と目を細めた瞬間だった。

パーン「ストライク。」

「え…。」

チラッとバッターの新田(にった)を見た遠矢(とうや)は、ど真ん中の136キロを見逃した新田(にった)に驚いた。

「へっ。」と笑いながら返球を捕るマウンドの白城(しらき)の姿に、遠矢(とうや)は首をかしげていた。

だが、二球目のストレートもバッターの新田(にった)は見逃した。

パーン「ストライクツー。」

遠矢(とうや)は、ボールを捕ったまま目を泳がせていた。すると、ピッチャーの白城(しらき)が「ボーッとしてんじゃねぇぞ。」と、グローブを突きだした。

「すみません。」シュッ

パシッ 「まぁ、普段見れねぇ遠矢(おまえ)のその顔を見てるのも…」

白城(しらき)が投球モーションに入る。

「なかなか愉快なもんだな!」 ビシュ

三球目、白城(しらき)はまたど真ん中のストレートを投げた。その瞬間、(まさか!?)と遠矢(とうや)が目を大きく開いた。

カキン パーン 「ま、こんなもんだな。神山(かみやま)さん!」

打球をワンバウンドで処理した白城(しらき)が二塁へ投げた。

パン「よし!杉浦(すぎうら)~!!」

パーン「アウト、チェンジ!」

ファーストの杉浦(すぎうら)が笑顔で捕り、一塁を駆け抜けた新田(にった)はゲッツーに倒れた。

「くっそ~!」

「ガハハ!やるじぇねぇか、白城(しらき)。」シュッ

「どうもっす。」パシッ

杉浦(すぎうら)からの返球を捕った白城(しらき)は、マウンドにボールをポトリと落とした。外したグローブを右手で担ぐと、白城(しらき)はベンチへ歩き出した。ショートの神山(かみやま)が白城(しらき)に追いつくと、振り向いた白城(しらき)と微笑み合った。

二人の姿を横目で見ながらベンチへ歩き出した遠矢(とうや)は、苦笑いをしていた。

(そうだったのか…。ブレイクリミッターの白城(しらき)さんがピッチャーだったのは、リズムリミット対策。それに…、一奥(いちおく)が打たれる訳だよ…。)

遠矢(とうや)は立ち止まると、鋭い目つきでベンチへ下がる新田(にった)に声をかける幸崎(こうさき)を見た。

(これでダブルリミットは止まった…。まさかのサウスポーリミッターでしたよ…幸崎(こうさき)さん。)

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