レフトから興奮ぎみにベンチへ戻ってきた一奥(いちおく)は、ベンチに座った白城(しらき)の前で立ち止まった。

「おい!白城(しらき)。スゲェじゃん。新田(あいつ)リミッターだろ?さっき何投げたんだよ?」

「はぁ?ムカつくから言わねぇ。」

「なんだよそれ!」

「俺は忙しいんだよ。要(かなめ)!」

バッターボックスへ向かおうとしていた要(かなめ)が、「ん?」と振り向いた。

「ちょっと来い!」

立ち上がってベンチを出た白城(しらき)に手招きされ、要(かなめ)は戻ってきた。

白城(しらき)が耳打ちすると、要(かなめ)は「了解です!」と白城(しらき)に敬礼をしてバッターボックスへ向かった。

白城(しらき)は帰り際、ニコッと笑ったネクストの仟(かしら)と目が合った。

「その顔は、遠矢(とうや)から聞いたか?」

「はい、見事でした。」

「なら、状況はわかってるな?」

白城(しらき)を見る仟(かしら)の目つきが変わった。

「ストレートなら幸崎(こうさき)さんのリズムリミット。変化球なら中西(なかにし)さんのルックアウトリミットです。」

(さすがだな…。)と白城(しらき)は「フッ。」と微笑んでベンチへ下がった。すると、ベンチに座った白城(しらき)の隣に、一奥(いちおく)がきた。

「ずるいぞ!白城(しらき)。わかってたなら教えてくれよ!」

「うるせぇなぁ。遠矢(とうや)に聞いたならいいじゃねーか。それにな、俺もさっき気づいたんだ。相手はバントでお前を潰しに来てたし、外野は暇だったからな。丁度近くに神山(かみやま)さんがいて相談できたが…まぁ偶然だ。投げたそうにシャドーピッチングしてた要(かなめ)に感謝しろよ!」

「要(かなめ)が?」

「あぁ。あいつもサウスポーだからな…。」

白城(しらき)はバッターボックスで構えた要(かなめ)を見た。つられて目を移した一奥(いちおく)は、要(かなめ)を見て「そっか。」と微笑んだ。

終盤七回の表、先頭バッターの要(かなめ)は、普通に構えていた。

超のサウスポーリミッター新田(にった)が抑えられ、川石(かわいし)高校のダブルリミットは止まった。
だが、リズムリミットを止められていないピッチャーの幸崎(こうさき)に、マウンドで焦る仕草はなかった。

(残り三イニング。この1点を守りきればいい。俺と中西(なかにし)の、二つのリミットでな!)

幸崎(こうさき)はサインを見た。六回の遠矢(とうや)から始まったサインを見る仕草に、西島(せいとう)ベンチとネクストの仟(かしら)はすぐに反応した。

(ストレートを打てばピッチャーライナー。変化球は当たらない…。白城(しらき)さんが要(かなめ)に伝えたアドバイスは何だったのかな…。)

ネクストバッターズサークルに座る仟(かしら)の疑問は、ピッチャー幸崎(こうさき)の左足が上がった瞬間に答えが出た。仟(かしら)が目にしたのは、一本足打法の要(かなめ)の姿だった。

しかし、驚いた仟(かしら)は幸崎(こうさき)の動きを見てさらに驚いた。

(あ…アンダースロー!?)

パーン「ストライク。」

外のストレートを、バッターの要(かなめ)は見送った。

「おい…ありえねぇだろ…。」

突然呟いたベンチの村石(むらいし)が電光掲示板を見る姿を、白城(しらき)が目にした。その視線の先に目を移すと、白城(しらき)は腕を組んでマウンドの幸崎(こうさき)に視線を戻し、笑みを送った。

(アンダーから152キロ……幸崎(こうさき)さん、アンタどこまで化けるんだよ。いや…それとも…。)

白城(しらき)は、隣で嬉しそうに幸崎(こうさき)を見ている一奥(いちおく)を横目で見た。すると、一奥(いちおく)と目が合った。

「白城(しらき)。やっぱ幸崎(こうさき)は化け物だな。だけどまだ限界を超えてくるような気がするぜ!」

「アホ。これは一奥(おまえ)のせいだ。嬉しそうに言うな!」

「何言ってんだよ?白城(しらき)だって嬉しそうじゃねぇか。」

「俺は別問題だ。一奥(おまえ)は自業自得。自分で蒔いた種を、責任持って収穫しろよ。」

「当たり前だ。ぜってぇ超えてやる!」

二球目、ピッチャーの幸崎(こうさき)の左足に合わせて、またも要(かなめ)は一本足でタイミングを取った。そして、幸崎(こうさき)の体が前に倒れる。

(リズムは盗んでいる。これでピッチャーライナーだ!)

幸崎(こうさき)がストレートを投げる瞬間だった。要(かなめ)が左足が、ピョンとわずかにバックネット方向へ跳ねた。

その姿に、目を大きく開いたベンチの鶴岡(つるおか)が立ち上がった。

「あれは!!」

着地した要(かなめ)の左膝が、パワーを溜めるようにほどよく曲がって踏ん張った。

鶴岡(つるおか)の声を聞いた白城(しらき)は、構わずスイングに入った要(かなめ)の姿にニヤッと笑った。

(運も実力のうち…)「ドンピシャだ!要(かなめ)」

カキーン!

「なにっ!?」

驚いたピッチャーの幸崎(こうさき)が、打球を目で追いセンターへ振り返った。バックスクリーンへ一直線に走るセンターが、フェンス際で振り向きながらジャンプした。

ガシャン…

左手を伸ばしたセンターが、空中で右肩からフェンスに激突。

グラウンドにいる選手の誰もがボールの行方を一瞬見失った次の瞬間、フェンスの向こう側でワンバウンドしたボールがバックスクリーンに当たったのを目にした。

『ウオォォォォォォ!!!』

観客の大歓声に押され、要(かなめ)が一塁ベースを踏んだ反動でジャンピングガッツポーズを決めたその瞬間、一塁ベンチの西島(せいとう)メンバーたちが叫びながらベンチ前へ飛び出した。

「悪夢の再現だ…。」

「バッカ野郎!鶴岡(つるおか)、お前が要(かなめ)に屋上フェンス直撃ホームランを打たれたからじゃねーか!だからあのリズムリミットを超えられたんだぞ!喜べ!!」

「村石(むらいし)…ああ!そうだ…そうだよな!!」 パチーン!

鶴岡(つるおか)と村石(むらいし)が笑顔でハイタッチする中、一奥(いちおく)と遠矢(とうや)もハイタッチしていた。

「見たか?遠矢(とうや)!これがあの日の限界超え打法だぜ!!」

「うん!これは要(かなめ)にしか出来ない打法だよ!!」

「やったぜ~!要(かなめ)~!!」

要(かなめ)が三塁ベースを回った時、遠矢(とうや)はネクストの仟(かしら)を見た。仟(かしら)が親指で目尻を拭いながらホームへ歩く姿を、遠矢(とうや)はこの試合のここまでの苦しみと重ねて微笑んだ。

(ついにリズムリミットも止めた…)「やったぁー!!」

いつもクールな遠矢(とうや)が空へ叫んだ熱い姿に、ベンチで座っている紀香(のりか)監督と白城(しらき)が目を合わせて笑った。

「ウフフッ。白城(しらき)、まだ同点よね?」

「あぁ。」

立ち上がった白城(しらき)が、ヘルメットをかぶってバットを手に取った。

「だが監督。この回一気に行くぜ!!」 

「好きにしなさい。主役は西島(あなたたち)よ。」

パチン!

紀香(のりか)監督と手を合わせ、白城(しらき)は要(かなめ)を出迎えに行った。

要(かなめ)がホームインし、笑顔で仟(かしら)とハイタッチした。

「やったね!要(かなめ)。」

「いぇ~い!」 パチン!

そして、白城(しらき)も来た。

「まさかホームランとはな。飛ばしすぎだぜ!」

「アハハ!白城(しら)先輩の言う通りだったよ!」 パチン!

仟(かしら)はバッターボックスへ行き、白城(しらき)はネクストバッターズサークルへ移動。

そしてベンチへ帰ってきた要(かなめ)の笑顔は止まる事を知らず、次々にメンバーたちとハイタッチを繰り返した。

皆がベンチへ入り、ヘルメットを取った要(かなめ)は紀香(のりか)監督の隣に座った。

「要(かなめ)、気分はどう?」

「はい!最高ですけど、次の仟(かしら)を応援します!」

「そうね。」

まだ球場内がざわめく中、キャッチャーの中西(なかにし)がマウンドからホームへ微笑みながら戻った。興奮状態の西島メンバーは、全く動揺のないバッテリーを見てすぐに気持ちを切り替えた。

それは、左バッターボックスに立った仟(かしら)が一番感じていた。

(流れを引き寄せたけど、まだ同点。一気に行くには、アディショナルリミットを発動させる必要がある!私の仕事は、白城(しらき)さんに連続ヒットで繋げる事。)

「プレイ!」

ピッチャーの幸崎(こうさき)が振りかぶり、アンダースローで投げた。仟(かしら)は、完全にタイミングを外された。

(スローカーブ!?)

パン「ストライク。」

大きく息を吐いは仟(かしら)は、くのいちクロスに構えを変えた。ピッチャーの幸崎(こうさき)は、振り返って上げた両手をホーム方向へ振った。その瞬間、仟(かしら)の眉が、ピクッと動いた。

(内外野前進…やはり幸崎(こうさき)さんは冷静だわ。)

二球目、幸崎(こうさき)は外のシンカーを投げた。

パン「ボール。」

仟(かしら)は冷静に見極めたが、一度バッターボックスを外した。

(ボールだった…。今はキャッチャー中西(なかにし)さんのルックアウトリミットしかないから、打ち取る狙いはわかるけど…。)

普通にバットを振り、仟(かしら)はくのいちクロスで再び構えた。

三球目、スライダーに対してタイミングの合わない仟(かしら)は、バットを止めた。

パン「ボール。」

仟(かしら)は、かがんでいる構えから腰を伸ばし、ピッチャーの幸崎(こうさき)を見た。

(おかしい…またボールって…ハッ!?そうか…。)

仟(かしら)が構えを通常に戻すと、幸崎(こうさき)は守備位置を戻した。それを見た仟(かしら)は、(これでいい…。)と立ち位置を一番後ろに変えた。

四球目。幸崎(こうさき)が投げた瞬間、仟(かしら)は左足で前へ跳ね、軸足を前にある右足に変えて体重を乗せ、スイングに入った。

(やはり幸崎(こうさき)さんの狙いは、リズムリミットの再発動!)

カキーン!

仟(かしら)が捉えた打球は、さらに差し込ませて芯を外し、しぶとく三遊間を抜いた。

(よし!上手くしくじれた!)

一塁を軽くオーバーランし、仟(かしら)は連続ヒットで白城(しらき)に繋いだ。

ノーアウト一塁。打席には、この試合初めて優位に立ったダブルリミットの白城(しらき)が立った。

(ここは狙わせてもらう!バックスクリーンだ!)

白城(しらき)のダブルリミットから感じる闘志に、マウンドの幸崎(こうさき)は臆することなく白城(しらき)を睨み返した。
そして、右手に持ったボール前へ突きだした。

「白城(しらき)!お前の狙いはバックスクリーン。俺はリズムリミットの発動。ど真ん中のストレートで勝負だ!」

「はなっからそのつもりだ!来い!幸崎(こうさき)!!」

二人の姿を見た一塁ランナーの仟(かしら)は、驚きながら目を大きく開けた。

(まさか…幸崎(こうさき)さんは自らダブルリミットとの対決を選んだの…?それに予告ストレートってこと…。私は…ヒットを打たされた!?)

仟(かしら)がリードを取った。

(それでも白城(しらき)さん有利は変わらない。ブレイクリミッターの白城(しらき)さんに、中西(なかにし)さんのルックアウトリミットが通じない計算が入っての予告でもあるはず…。だけど…それだけじゃない自信を、幸崎(こうさき)さんから感じる。きっと狙いは別にある!)

セットに入った幸崎(こうさき)が、アンダースローから初球を投げた。

スパーン「ストライク。」

仟(かしら)は、電光掲示板を見た。

(…速い!?154キロ…。でも白城(しらき)さんは見逃した。やっぱり何かを感じての様子見…。ショートの新田(にった)さんに変わった動きはない。おそらく次が勝負…。)

幸崎(こうさき)が二球目のセットに入る。間を長く持った幸崎(こうさき)が、全力で下から腕を振った。

タイミングを合わせる事なく、白城(しらき)は幸崎(こうさき)が合わせるリズムでフルスイングした。

(もらったぁ!) パキーン!

スポンサーリンク