「でも鶴岡(つるおか)さんは似たような球を見てますよね?」

遠矢(とうや)の声に、ヘルメットを置こうとした鶴岡(つるおか)の手が止まり、「そうか!」と、遠矢(とうや)を見た。

「一奥(いちおく)のアンダースローだ!」

遠矢(とうや)は興奮ぎみの鶴岡(つるおか)に頷いた。すると、ベンチで立っている遠矢(とうや)の隣に仟(かしら)がきた。

「この回の幸崎(こうさき)さんの球は、ど真ん中でありど真ん中ではなかったのですね。」

遠矢(とうや)は右を向くと、気の入った仟(かしら)の顔にニコッと頷いた。

「そう。おそらく幸崎(こうさき)さんは、トップスピンとバックスピンの二つのフォーシームを真ん中に投げたんだ。スピード表示が壊れててわからないけど、間違いなく150キロを超えてる。だから各スピンの影響はかなりベース付近からになるし、タイミングは合っていてもバットを出した予測位置にボールは来ないんだ。」

「その二つのどちらかを選んでいるのが、ルックアウトリミッターの中西(なかにし)さんですか…。あ!」

下を向き、深刻そうに話した仟(かしら)が目を大きく開いて顔を上げた。

「遠矢(とうや)さん。そういえばさっき一奥(いちおく)さんが…あれ?」

仟(かしら)はベンチの一奥(いちおく)を探すが、見当たらなかった。その目が遠矢(とうや)の姿を捉えて止まると、遠矢(とうや)はマウンドを見ていた。

仟(かしら)も目をやると、マウンドへ一奥(いちおく)と要(かなめ)が歩いていた。

「遠矢(とうや)さん。やっぱり一奥(いちおく)さんが投げるのですか?」

「どっちかな?」

すると、要(かなめ)が手を振りながらセンターへ走って行った。一奥(いちおく)も要(かなめ)に手を上げていた。

そんな一奥(いちおく)が一塁ベンチに目をやると、遠矢(とうや)と仟(かしら)の姿を見て笑顔で叫んだ。

「遠矢(とうや)!ちょっと来てくれ!」

遠矢(とうや)はニコッと笑顔を仟(かしら)に贈ると、「行こっか!」とミットを仟(かしら)の前に出した。仟(かしら)も笑顔で応え、顔の高さにあるミットにグローブを合わせてグラウンドへ走り出した。

西島(せいとう)ナインが守備につく中、遠矢(とうや)はマウンドの一奥(いちおく)の下へ先に行った。遠矢(とうや)が到着すると、一奥(いちおく)は「ひひっ。」と笑った。

「その顔は、限界を超えたのかい?」

遠矢(とうや)の質問に、一奥(いちおく)は腕組みをした。

「イメージは出来たんだけどさ、実戦じゃないとわかんねぇんだよな。とりあえず捕ってくれよ。」

「わかった。」

遠矢(とうや)がホームへ向かう姿を、ベンチに座った幸崎(こうさき)が見ていた。

「また一奥(いちおく)に代わるみたいだな。」

「何言ってんだよ。そうじゃなきゃ、楽しめないだろ?」

中西(なかにし)が微笑みながら幸崎(こうさき)の隣に座った。

「まぁな…。」

返事をした幸崎(こうさき)の目に映るマウンドの一奥(いちおく)の姿は、とてもイキイキしているように見えた。つい幸崎(こうさき)は、「フフフッ。」と笑ってしまった。

「ホームランのショックはゼロか。本当に不思議な奴だ。」

「あぁ。」

相槌した中西(なかにし)も見守る中、二人は一奥(いちおく)の投げたボールに首をかしげた。

「中西(なかにし)。やけに遅い球だな。」

「おそらくナックルなのは間違いない。でもオーバースローだったな。」

二球目も、二人は同じ球を目にした。

「あれがナックルだとしても、あの要(センター)の球より劣っている。それを投げるなら、一奥(いちおく)がマウンドに戻る理由はなんだ…。」

眉間にシワを寄せ腕組みをして考えだした幸崎(こうさき)の姿に、川石(かわいし)高校監督の小橋(こばし)は八番バッターに待てのサインを送っていた。

「幸崎(こうさき)。じっくりあの球を見せてやる。」

「監督、ありがとうございます。」

一奥(いちおく)の投球練習が終わり、八回の裏が始まった。右バッターの八番が打席に立ち、球審の「プレイ。」声でマウンドの一奥(いちおく)にスイッチが入った。

「よっしゃ!行くぜ!!」

振りかぶった一奥(いちおく)が初球を投げた。

「いけぇ!」

パスッ「ボール。」

待てのサインが出ているバッターが見送るが、ベンチを見て少し首をかしげた。その姿に小橋(こばし)監督は再び待てのサインを出し、幸崎(こうさき)はジッと一奥(いちおく)を見ていた。

(一奥(いちおく)の気合いは増しているが、投げたボールは練習球とさほど変わらない。あいつは今、何を投げている…。)

幸崎(こうさき)は、座って返球した遠矢(とうや)に目を移した。

(遠矢(あいつ)が動かないなら、これは計算内という事か…。)「監督。追い込まれるまでバッターを待たせてもいいですか?」

「ん?構わないぞ。」

小橋(こばし)監督は左に座る幸崎(こうさき)に返事をしたが、すでに幸崎(こうさき)の目はマウンドの一奥(いちおく)に集中していた。その姿に、小橋(こばし)監督は微笑みながら目をグラウンドへ戻した。

(1点リードしているのは川石(うち)なのにな。俺にはこのまま試合が終わるとしか思えないが、復活した西島(せいとう)高校相手にここまでの試合が出来たのは、幸崎(おまえ)のおかげだ。思う存分やれ!)

そして、一奥(いちおく)が二球目を投げた。

パスッ「ボール。」

「なぁー!くそっ。」

一奥(いちおく)がマウンドで叫んだその時、ベンチの幸崎(こうさき)は「なるほど…。」と呟いた。

「監督。あの球はナックルですが、かなり特殊な投げ方をしています。」

「特殊?どこがだ?」

幸崎(こうさき)は、「フフッ。」と嬉しそうに笑った。

「野球バカにしか思いつかないですよ。親指で押すなんて。」

「なにっ?親指!?」

「はい。しかも一奥(あいつ)は、この準決勝の八回で1点負けてる場面で、その球を練習しているんです。」 

「アッハハッハ!それは参ったな。だけど、本人は大真面目って事か。」

「はい…。」

その時、小橋(こばし)監督はマウンドを見つめる幸崎(こうさき)が武者震いをしているのに気づいた。

「フッ…それで幸崎(こうさき)。この球はいつ完成するんだ?」

「おそらくは…次…。」

「次か…。」

二人がマウンドを再び見る中、一奥(いちおく)が三球目を投げた。

パン「ストライク。」

その瞬間、幸崎(こうさき)と小橋(こばし)監督は微笑みながら目を合わせた。

「今のはスムーズなフォームだったな。スピードも通常のナックルより速かったようにも見えた。幸崎(おまえ)が壊さなかったら、何キロだったんだろうな。」

「今のは120キロほどでしょう。」

「ほぅ…。それで、予想ではどこまで伸びる?」

「監督。期待を裏切らせるようで申し訳ありませんが、あれはナックルです。130が限界でしょう。」

「まぁ…そうだな。」

小橋(こばし)監督は、目を閉じた。

(幸崎(こうさき)の言った130は、確かに限界だろう。だが幸崎(おまえ)の目は、さらにその先を期待しているように、俺には見えるぞ?本音は別か…。)

四球目もストライクとなり、小橋(こばし)監督の打てのサインにバッターが頷いた。この時、キャッチャーの遠矢(とうや)は川石(かわいし)ベンチとは別の事を考えていた。

(本番の一奥(いちおく)でも、130キロが…限界…。) カキン 「セカンド!」

遠矢(とうや)の指示を予想していたかのように、センター前へ抜けようとしていた打球へ仟(かしら)が素早く反応した。

「神山(かみやま)さん!」

逆シングルでグラブ当てながらトスした仟(かしら)の動きを、ショートの神山(かみやま)も予想していたかのように無駄なくグローブでキャッチし、ファーストの杉浦(すぎうら)へ投げた。

パン「アウト。」

一連の流れに、一塁ベンチの紀香(のりか)監督はショートもこなす控えの小山田(おやまだ)に話しかけた。

「神山(かみやま)君、本当に上手くなったわね。」

「そうですね。西島(うち)は毎日生きた打球しか相手にしてませんから。今ではそれが遠矢(とうや)君の狙いとわかっていますが、その副産物が今のプレーかもしれません。」

「副産物?そんなのあったの?」

「はい。遠矢(とうや)君は、わざとギリギリ捕れる打球をバッターに打たせるんですよ。これも限界(リミット)リミッターだから出来るのでしょうけど、その繰り返しのおかげで体が自然に動くようになりました。打球が来るんじゃないか?って、なんとなく打つ瞬間にわかるんです。」

「へぇ~。だから西島(うち)は野手の1歩が早いのね。」

「そうなんです。ですがこの現象は、なぜかピッチャーが一奥(いちおく)君の時に限るんですよね…なぜかは僕にはわかりませんが…。」

「ふ~ん…」(…あのバッテリー限定の予想守備か…。確かに不思議だけど…。)

カキン

九番バッターが初球を叩き、ベンチの紀香(のりか)監督はファーストの杉浦(すぎうら)が左にはじいた姿を目にした。だが、杉浦(すぎうら)ははじいた打球に目もくれず、一塁ベースカバーに入った。

紀香(のりか)監督は、つい「ん?」と鼻声を出した。

「いつも通りですね。」

紀香(のりか)監督がチラッと横目で自信満々に言った小山田(おやまだ)を見た。すぐに視線を転がったボールへ戻すと、そこにはセカンドの仟(かしら)がすでにいた。

仟(かしら)はランニングスローで難なくさばいた。

シュッ パン「アウト。」

送球を受けたファーストの杉浦(すぎうら)に、悪びれる素振りはなかった。

「ガハハ。毎度すまんな、仟(かしら)。」

「ウフフッ。杉浦(すぎうら)さん、これは連係プレーですから。」

全てを見ていた紀香(のりか)監督は、大きく二回頷いた。

「凄いものね…。」

感心する紀香(のりか)監督に、小山田(おやまだ)は苦笑いをした。

「あの、監督。このチームを作ったのは監督ですよ?」

「え?…フフッ、そうだったわね。」

続く一番バッターの打球は、レフト寄りの左中間へ飛んだ。打たれた瞬間抜けると紀香(のりか)監督は思ったが、落下点にはすでに白城(しらき)が立っていた。

「これでは相手はたまらないわね。」

「そうですね。ヒット性の当たりは今の西島(うち)の守備なら…」

声を止めた小山田(おやまだ)を不思議に思った紀香(のりか)監督が小山田(おやまだ)の視線を追うと、そこに走っていたのはセンターの要(かなめ)だった。

「これ、要(かなめ)が捕るの!?」

「はい。」

そして、要(かなめ)が飛びついた。打球を見ていたレフトの白城(しらき)は、要(かなめ)の姿が視界に入ると、腕を組んで捕球体勢を辞めた。

「白城(しら)先輩どいてー!」

「ここはカバーの位置だ。」

バッ…「あれれ?」

右腕を伸ばした要(かなめ)のグローブの親指部分に、打球が当たって後ろへ跳ねた。その打球を、「何やってんだよ…。」と、めんどくさそうに白城(しらき)が二・三歩前に出てノーバウンドでワンハンドキャッチした。

「ナイス!白城(しら)先輩!」

「ナイスじゃねぇ!」

うつ伏せでグーサインを出した要(かなめ)は、「よっ。」と両手をバネにして立ち上がった。ベンチへ走り出した白城(しらき)と並走すると、要(かなめ)は「後ちょっとだったのになぁ。」と笑顔で呟いた。

「まぁ、限界に挑戦する姿は悪くねぇ。」

「アハハ!次は捕るよぉ。」

すると、一塁ベンチへ下がる二人の前に、マウンドへ歩いて来た幸崎(こうさき)の姿が目に入った。

「要(かなめ)先に行け。」

「へ?あ、うん。」

要(かなめ)は走りながら、「えへへ。」とマウンドへ歩く幸崎(こうさき)に笑顔を贈り、白城(しらき)はマウンドで立ち止まって幸崎(こうさき)の到着を待った。

そして、幸崎(こうさき)が白城(しらき)の前に立ち、二人は睨み合った。

「幸崎(こうさき)さん。先に宣言しておきますよ…。」

白城(しらき)が幸崎(こうさき)を指差し、さらに眼光鋭く睨んだ。

「ぜってぇアンタをぶち抜く!勝つのは西島(おれたち)だ!」

幸崎(こうさき)は下を向いて目を閉じ、不敵に微笑んだ。

「最期まで真っ向勝負か…。」

再び幸崎(こうさき)が白城(しらき)を睨んだ。

「この回で全てを見せてやる…。残念だが、お前まで回る事はない…。」

二人は『フッ…。』と微笑んで別れた。

得点は1対2。

九回の表、先頭八番の遠矢(とうや)の初球空振りに、この試合で幸崎(こうさき)が初めて投げた球を見た西島(せいとう)ベンチは、

凍りついた。

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オマケ

遠矢はマウンドを見ていた。仟も目をやると、マウンドへ一奥と要が歩いていた。

「遠矢さん。やっぱり一奥さんが投げるのですか?」

「どっちかな?」

すると、要が手を振りながらセンターへ走って行った。一奥も要に手を上げていた。

そんな一奥が一塁ベンチに目をやると、遠矢と仟の姿を見て笑顔で叫んだ。

「遠矢!お前投げてくれ!」

遠矢・仟『……。』

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