パキーン!

五人目の白城(しらき)がアッパーぎみのスイングで、ついにトリプルリミットを捉えた。

しかし打球は上がらず、四度目の対戦もボールはピッチャー幸崎(こうさき)をライナーで襲った。顔面に近づく打球に、幸崎(こうさき)は(もらったぁ!)とグローブを出した。

その瞬間だった。

ビリッ! 「なにぃ!!」

打球がグローブの網を突き破った。ボールはそのまま幸崎(こうさき)の右の頬をかすめ、とっさに顔を右に振って避けた幸崎(こうさき)の横目が捉えたのは、またもショート新田(にった)がダイビングする姿だった。

「捕れ!新田(にった)ぁ!!」

キャッチャーの中西(なかにし)が叫んだ瞬間、ショートの新田(にった)も叫びながら懸命に左腕を伸ばした。

「うあぁぁぁ!!」

バチッ!

「!?。マジかよ!!」

白城(しらき)の打球は、新田(にった)のグローブもはじき飛ばし、二塁ベースを越えてポンと落ちた。

避けた勢いで、のけぞるようにバランスを崩した幸崎(こうさき)が右手をついて体を支えたその時、打球の行方を見ていた左目の左隅を横切った仟(かしら)に気づいた。

(マズイ!…)「バックホームだぁぁ!!」

幸崎(こうさき)が、猛然と前へダッシュするセンターに叫んだ。素手で拾ったセンターがバックホームした瞬間、バッターランナーの白城(しらき)が一塁を回った。そのままカットに入った幸崎(こうさき)は、網の破れたグローブを構えた。

パーン…

幸崎(こうさき)がボールをグローブの芯でキャッチした瞬間、ホームへ滑り込んだ仟(かしら)が要(かなめ)に続いてホームインした。

カットした幸崎(こうさき)は、捕った体勢そのままに一・二塁間で止まった白城(しらき)と目が合った。

白城(しらき)は観念したように両手を腰に当てて目を閉じ、その場で微笑んだ。その耳に、ザッザッと歩いて近づいてくる足音が聞こえた。

「これを何回(いつ)から狙っていた?白城(しらき)。」

タン… 「アウト、チェンジ。」

胸にタッチされた白城(しらき)が目を開けると、目の前に立つ幸崎(こうさき)は破られたグローブを見ていた。

「初回から…っすよ…。」

白城(しらき)の真っ直ぐな目に、幸崎(こうさき)は「フッ。」と笑って振り返り、三塁ベンチへ歩き出した。

「1点差だ…。まだ試合は終わっていない…。」

幸崎(こうさき)の背中から発せられた覚悟を聞いた白城(しらき)は、何も言わず無表情で一塁ベンチへ歩き出した。

幸崎(こうさき)が三塁ベンチへ戻る途中、キャッチャーの中西(なかにし)が隣に来た。

「ホーム…間に合わなかったか…。」

「あのビンタだ。あれがなければ、俺はカットしなかったよ。」

「ビンタ…?二塁ランナーが白城(しらき)にやったアレか?だがホームが間に合わなかった理由には……まさか!?」

中西(なかにし)が驚いた。

「そうだ!白城(しらき)の狙いは、初めから俺のグローブを突き破る事だった。それを西島(せいとう)は初回から全員で遂行し続けていた。さっきの場面は、その際打球が外野まで転がらない可能性を想定した、エンドランだったんだよ。おそらくあの時、どんな打球でも突っ込めと呟いていたんだろう。」

「そうか。あのランナーが速いのはわかっていたが、あまりにもホームへ来たのが速すぎたからな。俺たちは全て計算の上でやられたのか…。」

すると、幸崎(こうさき)が微笑んだ。

「まさかそんな方法で俺のリズムリミットを攻略しようとは。俺たちが一奥(いちおく)のグローブを破った時に、気づくべきだったな。」

嬉しそうに言った幸崎(こうさき)を見て、中西(なかにし)は笑った。

「そうだな!だけどまだ裏がある。攻撃は二番からだ!」

「あぁ!」

二人がベンチ前まで戻ると、幸崎(こうさき)は振り返ってマウンドを見た。つられて中西(なかにし)も振り返ると、そこには左足でマウンドをならす一奥(いちおく)の姿があった。

中西(なかにし)は一奥(いちおく)を見たまま、しゃがんでレガースを外し始めた。

「今の川石(うち)にリミットがないのは痛いな。」

すると、「そうかな…。」とマウンドを見ながら呟いた幸崎(こうさき)を、中西(なかにし)は上を向いて見た。

「これまで限界だと思われた常識を覆すリミッターたちが、さらにその力を超えて戦っているんだ。特に試合中はその傾向が出る。」

幸崎(こうさき)は、ヘルメットをかぶる新田(にった)を見た。防具を外し終えた中西(なかにし)も、立ち上がりながらバットケースの前にいる新田(にった)を見た。

すると、二人の視線に気づいた新田(にった)の目が鋭くなった。

「俺、絶対出ますから!幸崎(こうさき)さん、頼みます!!」

新田(にった)はネクストバッターズサークルへ向かった。その背中を見ていた幸崎(こうさき)は、「やはり新田(にった)はサウスポーリミットをさらに超える気だな…。」と、隣にいる中西(なかにし)にニヤリと微笑んだ。

三塁ベンチに入った幸崎(こうさき)は、ベンチに帽子とグローブを置き、ヘルメットをかぶって手にしたバットを両手で前に立てて座った。視線をマウンドへ移したその時、セカンドの仟(かしら)からの送球を捕った一奥(いちおく)が、ロジンを手にしてホームへ振り返った。

(逆転の際、西島(せいとう)に喜ぶ姿はなかった…集中は切れていない…そして、九回の一奥(いちおく)は、疲れの限界を超えてくるはず。あの親指ナックルは、さらに速くなると考えていいだろう…。)

そして、一奥(いちおく)が「よっしゃ!」とロジンをマウンドへ叩きつけた。

九回の裏、得点は3対2。
川石(かわいし)高校最後の攻撃が始まった。

二番バッターが打席に入って構え、球審の右手が上がったその時、一奥(いちおく)が振りかぶった。

(いくぜ…。) ビシュ!

パーン 「ストライク。」

空振りを見たベンチの幸崎(こうさき)は、わずかに眉を上げた。

(やはりスピードが上がっている。あのナックルがついに130キロ付近まできたか!一奥(やつ)もまた、絶対的守護神ストッパーの球を投げている!!)

幸崎(こうさき)はマウンドの一奥(いちおく)を見ながら、ニヤつきながらも震える両膝を両手で押さえた。横目で気づいた小橋(こばし)監督は、何も言わずに微笑んで、視線をグラウンドへ戻した。

パーン 「ストライクツー。」

二球目も空振り、そして三球目。

ブン パーン 「ストライクバッターアウト。」

130キロ付近で揺れるボールに、二番バッターはかすりもしなかった。それを目の当たりにしたネクストの新田(にった)とベンチの幸崎(こうさき)が、同時に立ち上がった。

二人のもの凄い集中力に、中西(なかにし)は声をかけられず唾を飲み込んでいた。

(お前らならやってくれる。白城(しらき)に打たれて、今の川石(かわいし)にリミットはない。それでも俺は、逆転を信じてるぞ!)

そして、サウスポーリミットが発動していない三番の新田(にった)が打席に立った。

「来い!!」

新田(にった)の叫びに全く表情を変える事なく、一奥(いちおく)が振りかぶった。だが、初球・二球目と、新田(にった)は一奥(いちおく)の親指ナックルの前に空振りした。

(くそっ…。まるで高速で動き回る蛇の頭みたいじゃないか…。)

新田(にった)はバットを両手で地面に叩きつけ、再び構えた。

(幸崎(こうさき)さんたちが、この試合の為に俺を三番にしてくれたんだ。)

一奥(いちおく)が三球目を投げた。

(リズムリミットの条件は…)

新田(にった)がもの凄い形相でスイングに入る。

(俺が作る!!) カキーン!

『おぉーー!!』

川石(かわいし)ベンチがバットに当たった事を喜ぶ中、打球はしぶとく三遊間へ転がった。サードの村石(むらいし)が飛びつくが捕れず、ショートの神山(かみやま)がなんとか追いついた。

(させるかぁ!!) ビシュ

右足で踏ん張った神山(かみやま)がノーバウンドで送球する中、俊足の新田(にった)が一塁へヘッドスライディングした。

パーン 「セーフ!」

『よっしゃぁ!!』

再び川石(かわいし)ベンチから声が飛んだ。一塁ベース上に立ち上がった新田(にった)は、三塁ベンチへ両手を上げてガッツポーズし、打席に向かう幸崎(こうさき)と目が合った後、頷き合った。

そして、バッターボックスに立った幸崎(こうさき)が、マウンドの一奥(いちおく)に叫んだ。

「一奥(いちおく)!」

その声に、一奥(いちおく)が幸崎(こうさき)を睨みつけた。

「打つ前に一言言っておく。新田(にった)は今のヒットでサウスポーリミットを発動した。この意味がわかっているな?」

一奥(いちおく)は、「へっ。」と笑ってグローブにあるボールをそのまま上へ放り投げた。

「白城(しらき)に打たれて止まったと思ってたけどな…」

一奥(いちおく)は、落ちてきたボールを左から右へグローブを振りながらキャッチした。そして、そのままグローブを幸崎(こうさき)に突きだした。

「ダブルリミットなんて関係ねぇ!俺はお前の限界を超える!それだけだ!!」

「フッ…それでこそ…」

幸崎(こうさき)が歩幅狭く構えた。

「俺が認めた斉藤(さいとう)一奥(いちおく)だ!来い!!」

「あぁ、行くぜ!!」

九回の裏、ワンアウト一塁。
一奥(いちおく)がセットポジションから初球を投げた。

(いっけぇ!) ビシュ

投じられたナックルに、幸崎(こうさき)の左足が上がった。

(見極めるんだ。この揺れる終着点のわからない球にも、俺にはリズムがわかる。)

幸崎(こうさき)がスイングに入った。

(ゼロスイングで鍛えたスイングスピードを…ナメるなぁ!)

ブン 「なにぃ!?」

豪快に空振りした幸崎(こうさき)は、一瞬だが動けなかった。だが、その目が二塁へ走るランナーの新田(にった)を捉えると、幸崎(こうさき)は後ろへ振り向いた。

キャッチャーの遠矢(とうや)がボールを後ろへそらしていた。その背中に、幸崎(こうさき)はふぅ~と息を吐いた。

(遠矢(とうや)が捕れない程の落差とスピード。一奥(いちおく)のナックルは、俺と遠矢(あいつ)の予測を超えていたのか…。)

幸崎(こうさき)はマウンド方向へ視線を戻すと、ランナーの新田(にった)が二塁へ滑り込んでいた。

(ワンヒットで同点か…。それなら…。)

幸崎(こうさき)が広く足場を作る中、ボールを持った遠矢(とうや)が「ごめん、一奥(いちおく)!」と、山なりで返球した。

右の軸足の場を固めた幸崎(こうさき)が、座ったキャッチャーの遠矢(とうや)に話しかけた。

「あの球が130を超える予測を、お前はしていなかったのか?」

「正直驚いてますよ。相手が幸崎(こうさき)さんだからでしょうけど、一気にキレが増しましたね。」

「そうか。一奥(あいつ)も俺を認めているという事か…。フッ…悪くない。」

足場を完成させた幸崎(こうさき)が右足を地面に食い込ませ、歩幅広く構えた。そのゼロスイングの姿に、遠矢(とうや)は細かく頷いた。

(さすが幸崎(こうさき)さんだ。勝つ為の最短距離を行く為に、前の打席でホームランにした打法を一球で捨てた。一奥(いちおく)がさらに限界を超えてくる二球目を予測したんだ。)

遠矢(とうや)がミットを構え、一奥(いちおく)が二球目のセットに入った。

「これがお前の…」

ビシュ

「限界だぁ!!」

この時、幸崎(こうさき)は一奥(いちおく)の声が聞こえない程集中していた。

推定140近いストレートナックルが、徐々にホームへと近づく。

ゼロスイングの幸崎(こうさき)は、まだ動かない。

(揺れのリズムは捨てろ。ミートポイントのただ一点のみに集中。)

幸崎(こうさき)が引きつけるだけ引きつけたストレートナックルが、ホームベース付近でわずかに落ちた瞬間だった。溜めに溜めた幸崎(こうさき)のバットが、一気に始動した。

その瞬間、遠矢(とうや)は目を大きく開けた。

(これは…白城(しらき)さんと同じ軌道のスイング!)

「はあぁぁぁ!!」

カキーン!

幸崎(こうさき)のダブルリミットが、一奥(いちおく)の140キロに迫るストレートナックルを完璧に捉えた。

その打球は、この試合を象徴するかのごとく、一奥(いちおく)の顔面を襲った。

打った瞬間、幸崎(こうさき)は抜けると確信した。そして、一奥(いちおく)がのけぞりながら右手のグローブを出そうとしたが、間に合わなかった。

球場にいる誰もが一奥(いちおく)の顔面に当たると思った瞬間、幸崎(こうさき)が目にしたのは、一奥(いちおく)が微笑んだ後に目を閉じてボールをかわした姿だった。

パーン……

(さすが…遠矢(とうや)だぜ…。)

避けた一奥(いちおく)が後ろへ振り返った。

打球は、二塁ベース上に立つ仟(かしら)が両手でガッチリ押さえたグローブの芯に収まった。戻る間もなかった二塁ランナーの新田(にった)は、リードした位置で両膝を地面につけ、頭をガクッと下げた。

静まり返った球場に大歓声を呼び起こしたのは、少し間を置いておもいっきり右腕を振りながらコールした、二塁審判の気持ちの入った声だった。

「アウト~ぉ!!」
『オォォォォォォ!!!』

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オマケ

ゲームセットの瞬間、一塁側スタンドで試合を観戦していた西島高校一回戦の相手であった倉部が、周りの観客たちに叫んでいた。

「見たか!これが一回戦で俺たちを倒した西島高校の実力だ!!…あれ?」

「うるせぇぞてめぇ!引っ込め!」
「野球盤なんかやりやがって!」
「本当はラブベも弱いじゃねぇかよ!」

「くっ…。くそぉ!」

倉部は涙と共に仲間と球場を後にした。

「倉部さん、もうそれくらいで涙止めてくださいよ。」

「うるせぇ!俺はラブベのやり過ぎでドライアイなんだよ。これは目薬だ目薬。」

「俺は…倉部さんの気持ちわかりますから…。」

「お…お前らぁ…グスン…。」

「あんな凄い試合を見せられて、感動しない訳ないっすよ。」

「だよな!だよなぁ!」

(倉部さんって…実はいい人なんだな…。)

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