負けて悔いなし

二塁ランナー新田(にった)の姿に、バッターの幸崎(こうさき)は空を見上げてまぶたを閉じた。

(高校生活、最高の打球だった……)

その口は、悔いなしと微笑んでいた。目を開けた幸崎(こうさき)が泣き崩れる新田(にった)の下へ歩き出すと、ホームへ挨拶に向かっていたピッチャーの一奥(いちおく)とすれ違った。

「決勝、勝てよ」

一奥(いちおく)は微笑みながら、「あぁ」とそのまま通り過ぎる。

幸崎(こうさき)が新田(にった)の下へ着くと、ベンチから2年生が二人新田(にった)の下へ先に走ってきた。

「立てよ新田(にった)。お前はよくやった」
「幸崎(こうさき)さん。俺たちが新田(にった)を運びますから」

「わかった」

二人に抱えられ、立ち上がった新田(にった)は泣き顔で幸崎(こうさき)と目が合った。

「すみません……幸崎(こうさき)さん」

そんな新田(にった)に、幸崎(こうさき)は笑顔を返す。

「何を言ってる。ここまで戦えたのは、お前がいたからだよ。負けた時こそ胸を張れ!そして、また戻ってくればいい。次は、西島(せいとう)にも名京(めいきょう)にも負けないチームを作れよ」

「幸崎(こうさき)さん……わかりました」

新田(にった)は、両側から支えてくれた仲間の二人に「ありがとう」と、肩に回されていた腕を外させた。

三人を追いかけようと振り返った幸崎(こうさき)の視線に、レフトから近づいていた白城(しらき)の姿が映る。幸崎(こうさき)は白城(しらき)を見つめながら、自分の下へ来るのを待っていた。

「完敗だ!白城(しらき)」

幸崎(こうさき)が笑いながら叫ぶと、白城(しらき)はボールをヒョイっとトスした。

「そうは思ってないっすけど、いらなきゃ俺が宝物としてもらっていいっすか?」

ボールを受け取った幸崎(こうさき)は、ズボンのポケットに閉まった。

「粋な計らいだな」

「俺じゃないっすよ。仟(かしら)の奴が投げてよこしたんすから」

二人は、並んでホームへ歩き出した。

「あのセカンドか。最期はサインプレーか?」

「どうっすかね?キャッチャー遠矢(とうや)は、いいプレーを盗むのは得意っすけど」

「フッ……。なら、中西(なかにし)もやられたという事か。たいしたものだ」

「あの一奥(バカ)のキャッチャーっすよ?まともじゃ出来ないっよ」

「一奥(いちおく)か……」

白城(しらき)は、愛しそうに一奥(いちおく)を見つめる幸崎(こうさき)を不思議そうに見た。

「なぁ白城(しらき)。今日の一奥(あいつ)は、本気で投げていたのか?」

「それは、俺にもわからないんすよね」

「そうか」

「あ、そうだ幸崎(こうさき)さん」

「どうした?」

「試合前の言葉、保留でいいっすか?」

「保留?お前は俺のリミットを超えていた。お前の勝ちだよ」

「いや、それじゃつまらないんすよ。俺はまだ、リズムリミットをホームランにしてないっすから」

立ち止まった白城(しらき)は、幸崎(こうさき)に右手を差し出した。幸崎(こうさき)は、笑顔で握手した。

「また、俺と真剣に遊んで下さい」

「フフッ。それだとまた保留になるぞ?」

手を離した白城(しらき)は、列の一番後ろへ向かった。

「そん時は、また付き合ってもらいますよ!」

右手を上げた白城(しらき)の背中に笑みを返すと、幸崎(こうさき)は列の一番前へ行った。

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決勝の鍵

「ゲーム!西島(せいとう)高校!」

『ありがとうございました。』

観客の拍手に両チームが称えられる中、キャプテンの神山(かみやま)と幸崎(こうさき)が握手した。

「名京(めいきょう)は強い。西島が勝つには、超のリミットが鍵になるだろう」

「超のリミット?」

幸崎(こうさき)は手を離すと、微笑みながら三塁ベンチへ振り返った。

「大丈夫だ。お前らならわかるさ」

「幸崎(こうさき)……」

神山(かみやま)が幸崎(こうさき)の背中に頭を下げる中、一奥(いちおく)がその姿を追いかけた。

「待てよ幸崎(こうさき)先輩」

立ち止まった幸崎(こうさき)は、「ん?」と一奥(いちおく)の方へ振り向いた。

「なんだか気持ち悪いな。負けた僕を先輩と呼んでくれるのかな?」

幸崎(こうさき)の笑顔に、一奥(いちおく)は照れた。

「まぁ……試合は終わったし……3年生だしさ」

「それよりどうだった?君の見たかった川石(かわいし)高校は、強かったかな?」

「ああ!楽しかったぜ!またやろうな!」

「そうだな。今度は僕が、西島(せいとう)高校へ遊びに行くよ」

「おう!いつでも待ってるからな~!」

一奥(いちおく)は幸崎(こうさき)に手を振りながら、走って一塁ベンチへ向かった。幸崎(こうさき)は、満足した表情で一奥(いちおく)を見ていた。すると、二人の様子を見ていた中西(なかにし)が幸崎(こうさき)の左肩に右手を置いた。

「本当、面白い奴だな」

「面白いか?僕は……一奥が恐ろしいよ」

三塁ベンチへ向かった幸崎(こうさき)の肩から、中西(なかにし)の手が滑り落ちた。

(一奥(いちおく)が恐ろしい?ま、幸崎(こうさき)にしかわかんねぇ事なんだろうな)「って、待てよ幸崎(こうさき)!」

最終スコアは3対2。

決勝進出を決めたのは、木村前監督率いる梯(かけはし)高校との第一試合を制した王者、中豊大(ちゅうほうだい)名京(めいきょう)高校。

そして、誰もが予想していなかったノーシードの古豪、西島(せいとう)高校の二校となった。

無謀なストレート一本勝負

試合を見届けた名京(めいきょう)メンバーは、藤井(ふじい)監督の号令でスタンドから出口へ移動を開始した。

同じくスタンドにいた愛理(あいり)と記者の舞理(まいり)の前を名京(めいきょう)メンバーが横切る中、斜坂(ななさか)が二人の下へ笑顔で駆け上がってきた。

「舞理(まいり)さん、明日の先発は竹橋(たけはし)さんになりましたんで、よろしくということで」

「まぁ!これはまたナイスな情報。リミスポが売れちゃう~」

「そっすか?そんなに喜んでくれるなら大サービスしますよ?明日の竹橋(たけはし)さんは、ストレート1本っす」

「えぇ~~~!?」

舞理が驚く。それを横で聞いていた妹の愛理の両手は、強く握られていた。

「斜坂(ななさか)君!いくら竹橋君がクライシスを超えたリミッターでも、今の西島(せいとう)高校をストレート1本で抑えられるとは思えないわよ?」

「おぉ……これはリバースリミッターの台詞とは思えませんね。でも、事実は明日確認してくださいな」

「おい!斜坂(ななさか)。行くぞ!」

「はいっ!ではでは」

タイムリミッター国井(くにい)に呼ばれた斜坂(ななさか)が走り去る中、愛理(あいり)は歯を食い縛って斜坂(ななさか)を見ていた。

「まぁまぁ、愛理(あいり)ちゃん。私たちも帰りましょ~」

「姉さん……うん」

二人もスタンドを後にして球場の外へ出ると、1つの集団を目にした。そのまま立ち止まると、二人の耳に入った声は、一奥(いちおく)と竹橋(たけはし)の声だった。

「面白れぇ!竹橋(たけはし)。なら俺もストレート1本だ!!」

「けっ!」

『おぉ!!』

集団で一奥(いちおく)の姿は二人には見えないが、囲む記者や観客の驚きの声の後、竹橋(たけはし)の姿が集団から出てバスへ向かった。

「誉めてやるぜ!一奥(いちおく)。ここまで俺をビビらせた事を、明日後悔させてやるからな!」

竹橋(たけはし)が去る中、愛理(あいり)は集団へと走った。

「この一奥(アホおく)~!」

愛理(あいり)の声と姿に、集団は振り向きながら道を開けた。

「ん?」

「ん?じゃないわよ!一奥(いちおく)。あなた、本気でストレート1本で名京(めいきょう)に勝つつもりなの!?」

すると、愛理(あいり)は一奥(いちおく)の隣にいる遠矢(とうや)に気づいた。

「愛理(あいり)さん。落ち着いて下さい」

「遠矢(とうや)!あなたもあなたよ!聞いていたなら、どうして一奥(いちおく)を止めないのよ!」

「愛理(あいり)先輩……」

愛理は、呼ばれた一奥(いちおく)と目を合わせた。一奥(いちおく)は、愛理(あいり)に鋭い目線を送った。

「名京(めいきょう)の限界は、俺が超える!」

見たこともない一奥(いちおく)の気迫に、愛理(あいり)は目を閉じて自分に納得させるように頷いた。愛理(あいり)が振り返って舞理(まいり)の下へ歩き出すと、一奥(いちおく)と遠矢(とうや)も反対方向にあるバスへ向かった。

「一奥(いちおく)。もう何も言わないわ。明日は絶対に勝ちなさいよ」

一奥(いちおく)は何も言わず、不敵な笑みで去っていった。

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オマケ

「誉めてやる!ここまで俺をビビらせた事を、明日後悔させてやるからな!」

竹橋が去る中、愛理は集団へと走った。

「このアホおく~!」

愛理の声と姿に、集団は振り向きながら道を開けた。

「ん?」

「ん?じゃないわよ!一奥。あなたいつまでチャック開けたままなの!?」

すると、愛理は一奥の隣にいる遠矢に気づいた。

「まぁまぁ、愛理さん。落ち着いて下さい」

「遠矢!あなたもあなたよ!気づいていたなら、どうして一奥を止めないのよ!」

「愛理さん……」

愛理は、呼ばれた一奥と目を合わせた。一奥は、愛理から視線をそらした。

「さ、作戦……」

「んな訳あるかー!幸崎君に謝りなさーい!」