名将の孫

「デストロイリミッター。お前の祖父は、そう呼ばれていた。限界を超える者は、その先を信じた者のみ……生半可な気持ちでは、野球の限界は超えられない」


 西島(にしじま)理事長は、何かを思い出すように自分の右肩へ左手を当てた。


「努力に勝るものはないが、祖父のデストロイリミットは古い野球。それを感じたからこそ、祖父は木村(きむら)監督に西島野球部を託したのだ。自分の信じた限界の先にある、新たなリミッターにな」


 そっと左手を下ろした西島(にしじま)理事長は、数歩先の窓へ足を進めて外を見つめた。紀香(のりか)監督も、西島理事長の隣へ歩き出し、同じ夕日を見つめる。


「私が祖父の隔世遺伝なら、私自身はデストロイリミッターなのかもしれません。それに……斉藤一奥を選んだのは、シースルーリミッターの木村前監督。私では……ありません……」


 紀香監督は、震える体を抑えるように右手で左肘を掴む。すると、西島理事長は優しく娘の肩に左手を置いた。


「私は、木村監督勇退と共に西島野球部の廃部を考えるしかなかった。その時、ふと頭に浮かんだのは紀香、お前の顔だったよ。今では挑戦だと思っているのだろう?……それは、私も同じだ」

「お父さ……」


 その時、紀香監督の震えが止まった。見上げた父の顔は微笑んでいた。


「お前は、立派にチームを作り上げた。だが、この結果は祖父のデストロイリミットの影響なのかと恐れていただろう」

「それは……」

「フッ。私は、そうは思わない。お前は祖父のデストロイリミットを超え、シースルーリミッターの木村監督を倒した名京(めいきょう)高校と戦える力を持つ別のリミッターとなった。この夏で廃部という条件の中、お前は本気で廃部阻止を信じていたのだな。明日の決勝は、私には喜ばしい誤算だよ」


 西島理事長は机に移動すると、引き出しからあるボール取り出した。そして、そのボールを紀香監督にトスすると、紀香監督はそっと両手でボールを掴んだ。

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トラストリミッター

「これは……一奥から打ったホームランボール……」

「紀香。トラストリミッターとなったお前に返そう」

「トラスト?リミッター?私がですか……」

「そうだ。お前はデストロイリミッターではない。どうやら野球部を託した私と木村前監督の目に、狂いはなかったようだ」


 紀香監督は、両手で掴んだボールを嬉しそうに見つめた。椅子に座った西島理事長は、そんな娘の姿を微笑ましく見ていた。


「明日も、いつも通りのお前でいい。私を含め、周囲を納得させるには結果が全てだ。歴代最強と言われる名京高校に勝てるのは、お前の信じた歴代最強の西島高校だろう。甲子園へ、行ってこい」


 紀香監督はボールを右手に持ちながらピッと姿勢を正し、深々と礼をした。


「ありがとうございます、お父様」


 顔を上げた紀香監督は、ニコッと笑う。「フフッ」と笑った西島理事長は、椅子を回して背を向けた。紀香監督も振り返り、その場を後にする。


 職員室の自分の席へ戻った紀香監督は、疲れた様子で机に頭をふせた。


(私がトラストリミッターか……。それが本当なら、明日の試合は……)


「紀香監督」


 その穏やかな声に、紀香監督はガバッと顔を上げて入り口を見る。ニコニコと立っていたのは、梯(かけはし)高校監督の木村だった。


「決勝進出、おめでとうございます。再戦とはいかず、梯(うち)としては残念でしたが」


 木村監督は、右手を頭に当てながらお辞儀をした。その姿に紀香監督は立ち上がると、「止めて下さい」と両手を木村監督に向ける。


 二人が向かい合うと、紀香監督は木村監督が左手に持つノートに気づいた。


「木村監督、それは……」

「ええ。名京高校のデータですな。敗れた今、少しでもお役に立てればと思いまして」


 照れ笑いする木村監督に、紀香監督は微笑み返した。


「お気遣い感謝します。ですが私は、木村監督のように先を読めません。それを頂いても、宝の持ち腐れになると思います」

「ホホッ。やはり、今の紀香監督ならそうおっしゃると思っていました。では、準備は出来ているという事ですな?」

「はい。チームを信じて、あの子たちにいつも通りの野球をさせてあげるだけです」


 紀香監督の真っ直ぐな笑顔に、木村監督はウンウンと微笑みながら頷いた。

「トラストリミット……紀香監督だからこそ超えられる限界を、ついに超えたのですな。ならば、これは西島理事長に渡しておくとしましょう」

「はい。お願いします」

「ホホッ。では紀香監督、明日の決勝を楽しみにしております」


 紀香監督はおじぎし、木村監督は理事長室へと歩いていった。その後ろ姿を見ていると、ふと木村監督が立ち止まった。


「実はですが……奇跡を起こすトラストリミッター対策を、私はこのノートに書いておったのです」


 紀香監督は不思議がり、木村監督は笑顔で振り向いた。


「ストッパーは、今の梯(ウチ)にはいませんがな。では……」


 そう言い残し、木村監督は再び理事長室へ歩みを進めた。


(さすが、シースルーリミッターの木村監督だわ。これまでどのチームも、私を警戒する事はなかった……)


 微笑んだ紀香監督は机に戻ると、カバンを左肩に掛けて駐車場へ向かった。

暴かれた真実

 コンコン……


「失礼します」

「これは、木村監督。お疲れさまでした」


 立ち上がった西島理事長は、木村監督の下へ歩み寄り握手をした。


「梯高校の夏が終わりましたので、ご挨拶にと」

「わざわざ申し訳ありません。どうぞ、こちらへ」


 西島理事長は、黒い二つのレザーソファーが硝子板の机を挟む客席へ手招きした。二人は向かい合って座ると、木村監督は先程のノートを硝子板の上に置いた。


「これは……名京高校のデータですか?」

「ええ。紀香監督に渡そうと思ったのですが、やはり断られまして」

「そうですか。確かに紀香には必要ないでしょう」

「ホホッ。ですから、ここへ置いていきます」

「失礼してよろしいですか?」


 西島理事長は、ノートをめくり始めた。

「さすが、よく西島高校(ウチ)を分析されてますね」

「はい。明日の相手は、西島高校と決めておりましたので」

「それは私も残念に……ん?」


 眉間にシワを寄せ、西島理事長の手が止まった。その瞬間、木村監督が「ふ~ん……」と鼻から息を漏らす。


 木村監督の一文一文に釘付けになった西島理事長の目は、小刻みに震えていた。


「これは……そんなバカな……」

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