リミッター星見との出会い
「まぁ……」
照れ臭そうに茶髪の長い前髪をかき上げ、星見(ほしみ)は持っていたバットを元の位置へそっと戻す。そこへ店長が近づいてきた。
「でもおかしいねぇ。確か、神奈川も明日決勝ではなかったかなぁ?」
「ええ、そうなんですけど。監督に今年の愛知は面白いと言われまして……僕はその偵察でちょっと」
「偵察!?激戦の神奈川大会真っ最中だというのに。さすが、王者の余裕ってやつかねぇ」
「いえいえ。野球は一人では勝てませんし、そういうつもりではないんですけどね」
すると、店長と星見の会話を聞いていた一奥(いちおく)が星見の前でニヤついた。
「なぁ、星見先輩。明日の愛知大会決勝をさぁ、本当に見学するだけで帰るのか?」
「一応、そのつもりだけど?」
そのわくわくするような怪しい顔に、星見はニヤリとした。良からぬ思いを感じたのか、仟(かしら)が二人の間に手を入れる。
「一奥さん!今からグラウンドへ行くのはダメです。星見さんと勝負したい気持ちはわかりますが、明日は大事な名京(めいきょう)高校との決勝ですよ!」
仟が怒り顔で一奥に言う。しかし、その右腕を隣にいた要(かなめ)が笑顔で掴んだ。
「アハハ。仟、もう止められないよ?」
「要……」
要の視線を追った仟は、星見の笑顔とは裏腹の、一奥に向けられる怪しい瞳を目撃した。それでも仟は「遠矢(とうや)さん!」と二人を止めるつもりで叫んだが、遠矢はお手上げ状態だった。
すると、星見が仟の肩にそっと手をやった。星見の視線は一奥に向けられたまま。仟は二人の間から身を引くしかなかった。だが、星見は先程の闘争心を消し、ニコやかに一奥を見始めた。
「それで、MAX163キロの西島高校エース君。君は何がしたいのかな?」
「ん?そんなの決まってるだろ?さっきピースパームがどうのこうの仟に聞いてたじゃん?でも甲子園では打てなくなるからさ、今から打たせてあげようと思ってね」
「それは随分な自信だね。でも、それならお言葉に甘えようかな」
「へへっ、そうこなくっちゃ面白くねえ。星見先輩、着いてきてよ」
「フフッ」
一奥は、手にはめたままのグローブをパンと一回鳴らし、ニコニコと星見と店を出ていく。その後ろ姿に、仟はため息をついた。
「もう……勝負になると言うこと聞かないんだから……」
「まぁまぁ、仟。この勝負、無駄ではなさそうだし、一奥にやらせてみようよ」
「結局、遠矢さんもやりたい訳ですね……私はどうなっても知りませんから」
ニコニコする遠矢にあやされ、仟と要も一奥たちを追った。
五人が向かった先
三人の前を、自転車を押す一奥と星見が歩く。三人も自転車を押して二人についていくと、西島高校からはドンドン離れていった。
楽しそうに話す二人を見ながら、仟は首をかしげた。
「ところで遠矢さん。二人はどこに向かっているのですか?」
「そうだよね。僕もわからないけど、多分バッティングセンターじゃないかな?」
「バッティングセンター!?……ですか。そこで星見さんがピースパームを打つ……?」
仟が考え込んでいると、しばらくしてゴルフ練習場を改装した巨大バッティングセンターに着いた。立ち止まった星見は、一奥に「ここでピースパームが打てるのかな?」と聞く。
「いや、打てるかわかんないけど……」
話しながら一奥がバッティングセンターを見渡すと、一人の男の姿にニヤリとした。
「いたいた。まさか本当にいるとは思わなかったぜ。星見先輩、ピースパーム打てるかもしれないから、行こうぜ」
「ふ~ん……」
二人は中へ入り、三人も後を追う。すると、カキーンという快音と笑い声が響いた。
「ハハハ!絶好調だぜ。明日は国井(くにい)さんでも竹橋(たけはし)さんでもない。この俺自ら一奥を……「おい、斜坂(ななさか)」
「その声は、噂をすれば一奥。へ?一奥?」
バッティング中の斜坂(ななさか)は、ブンと空振りして振り向いた。
「お前、俺の一人言を……じゃねぇ。シッシッ、帰れ帰れ。練習の邪魔を……なにっ!?あなたはもしや……ほ、星見さんですかぁ!?……いや、神奈川の星見さんは明日決勝。こんな時間に愛知にいるわけが……」
「斜坂君、次の球が来るよ?」
星見がマシンを指差すと、「え?」と振り向いた斜坂の目にボールが入る。
「うおっ!」
斜坂は、間一髪避けた。
「あっぶねぇ……」
「アハハ!」
「一奥!お前は笑うんじゃねぇ」
すると、笑い終えた一奥がマシンを指差す。
「斜坂!また次の球が来るぞ!」
「へ?ぬおっ!!」
斜坂は再び避けた。その姿に、一奥はお腹を押さえて笑う。
「プッ。斜坂、これじゃ練習にならないじゃねぇかよ。ちゃんとバット振れよ」
「うるさいぞ一奥。くそっ、お前のせいで30円の損失が……」
「いいから早く構えろって。次が来るぞ」
「おぉ、そうだよ!」
斜坂は、素早くバットを構えた。しばらくみんなの視線がマシンにそそがれるが、ボールは出て来なかった。
「あれ?……終わってるじゃねぇかよ!」
「だはは!」
「だから笑うな!」
斜坂は、ネットをくぐって打席を外す。
「なんなんだよ全く……それより一奥、何でお前があの星見さんと一緒なんだ?」
「そこのスポーツ店で会った」
「そうじゃないだろ」
すると、星見が斜坂に話しかける。
「斜坂 剛二(ななさかごうじ)。名門、名京高校の一年生エースで、ピースパームという絶対的守護神の球を投げる……いやぁ、君は凄い投手だね!」
「おお?」
誉められた斜坂の表情が、一気に明るくなった。
「いやぁ、やっぱり俺の名は神奈川まで届いてましたかぁ。さすが、全国ナンバーワンスラッガーの星見さんですねぇ!」
斜坂は笑いながら、一奥と星見の間に入る。肩で押された一奥はムッとしたが、構わず斜坂は話を続けた。
「って事は、一奥はただの案内人。俺に用って事っすね?」
「まぁそうなるけど、君は明日先発?」
「いえ、違いますよ。明日の決勝は、ウチの竹橋さんと、この一奥(バカ)のストレート勝負らしいっす。せっかく偵察に来てくれたのに、僕が投げなかったらすみませんね」
それを聞いてムッとした一奥は、斜坂の首を背後からアームロックした。
「ぐぎぎ…」
「おい、斜坂!俺たちはな、お前をぜってぇを引っ張り出すっつーの」
「わがっ……わがったから……はなぜ……」
星見は笑い、一奥はアームロックを外した。斜坂は「ほぉ……苦しい」と喉を押さえながら後ろを振り向く。
「でもよぉ、一奥。今日の竹橋さんの球……あ、お前らは見てなかったか……」
「ん?あの球ってなんだよ」
「お前は相変わらずだな。ストレート一本勝負を挑んだ竹橋さんは、今はとんでもねぇ球を投げてるんだよ。ブレイクリミッターの白城(しらき)さんならともかく、西島高校は対策してないのか?」
「そんなもん、あるに決まって……」
強がる一奥。すると、斜坂の問いに星見が興味を持った。
「斜坂君、ちょっといいかな?」
「はい、もちろんっすよ」
「西島高校にブレイクリミッターがいるって話、ホントなの?」
「(そっちか……)えぇ。星見さんとの前哨戦だぁ~って、ご存じの通り竹橋さんは怯えてますよ。ほら、名京(ウチ)は春選抜の準決勝で、海風(かいふう)高校に負けてますからね」
「へぇ……これは面白いね。あのクライシスリミッターが限界を超えて、西島高校のブレイクリミッターと勝負か……なるほど」
斜坂対星見
すると、周りのお客たちが星見に気づきだし、人だかりが出来始めていた。「すみませーん。ちょっといいですか?」という中年男性の声を聞いた星見が振り向くと、そこには遠矢とバッティングセンターの店長が立っていた。
「話は彼(遠矢)に聞きましたよぉ」
「え?」
「さすが選抜王者の四番。星見君、他のお客さんも期待してますし、さっさと始めて下さい」
「あ……アハハ……皆さん、どうも」
照れ臭そうに星見が周りの様子を確かめると、いつの間にかバッティングをしている人がいなくなっていた。星見はニコッと微笑み、斜坂の持つバットに手を出す。
「じゃあ斜坂君、これ借りるよ」
「おお!こんな所で、星見さんのバッティングを生で見れるんっすね!こりゃスゲェわ!」
バットを持った星見は、斜坂の使っていたヘルメットも手にする。それをかぶってネットをくぐると、マシーンの前へ歩き出した。振り返ってホーム側を見る。
「う~ん。少し距離は足りないけど、まぁ良しとしますか」
皆が星見を見守る中、歩いて戻ってきた星見はネット越しに斜坂の前で立ち止まった。
「斜坂君、準備はいいよね?」
「はへ?何の準備っすか?」
「ピースパームと言えば、君しかいないはずなんだけど」
「もちろんピースパームは俺の球……へ?ドユコト……?」
困惑する斜坂に構わず、星見は話を続けた。
「そこにいる斉藤(さいとう)君が、ピースパームを打たせてくれるって言ったんだけど……」
「ええ~~!」
斜坂は、サッと一奥をにらんだ。
「一奥、てめぇ……」
「な、斜坂っ!落ち着けって!」
「落ち着いていられるかー!お前は脳筋だが俺は知性派……」
すると、集まった十数人のお客が『おぉーー!』と叫ぶ。助かったとばかりに、一奥はニコニコした。
「ほれほれ斜坂。早く行けよ」
「お前なぁ……」
「もし投げれば、明日のリミスポ一面はお前かもしれないぞ?」
「アホか!そんな美味しい話が起こるはずが……「こんばんは~!」
「えぇぇぇ!舞理(まいり)さん!?」
一奥の後ろから、リミスポ記者の舞理がニコニコ顔を出す。
「なんでここにいるんすか?」
「偶然よ!偶然。愛理(あいり)ちゃんを家に送ってから西島(せいとう)高校へ取材に行ったんだけど、誰もいなくてね~。あ~あ、またやっちゃったぁって車を走らせていたら、なんだか騒がしい君たちが目に入っちゃったのよ。でもまさか、星見君もいるしバッティングセンターでスクープを発見しちゃうなんてね。ほら、私って持ってる女って言われてるでしょ?もうついついラッキーってスキップしながらここに来ちゃったわよ~」
「はぁ……。つまり僕は、はめられたって事っすね」
ひきつった顔をしながら、歩き出した斜坂がネットをくぐった。
「それなら舞理さん。俺のいいとこバッチリ撮ってくださいよ?なんたって、これは甲子園前の超前哨戦ですからね」
「もちろんよ!まっかせてぇ」
斜坂は人差し指を立てて舞理にウインクし、舞理はカメラを構えた。
(あいつ、切り替え早いな……)
そう思った一奥たちは、二人を見て苦笑いをしていた。そして、右腕をグルグル回しながら歩く斜坂と星見がすれ違う。
「注文はピースパームだけど……球種は混ぜていいからね」
「そうっすか?俺はパームのみでも構わないっすけどね」
「これはこれは。頼もしい一年生だよ」
互いにニヤリと笑いながら通りすぎ、それぞれの位置へついた。
「じゃあ星見さん、いくっすよ~」
「斜坂!ちょっと待って!」
叫んだのは遠矢だった。
「なんだよ遠矢。俺はお前らの罠にハマってやっただろ?ありがたく見ておけ…って……」(なんだよ。今度は無視か?)
斜坂が不満そうに様子を見ると、遠矢はネット越しに右打席に立つ星見へ話しかけていた。
「星見さんはブレイクリミッターですよね?」
「そうだけど……何かな?」
「いえ。ただの興味ですけど、ピースパームは対策済みですか?」
「もちろんだよ。でも、他の人には参考にならないと思うけど?」
「はい、わかっています。ただ……」
「ん?」
「以前、国井(くにい)さんはここにいる一奥のパクリピースパームを、目を切って打ちましたので……」
「目を切る?」
星見は微笑む。
「へぇ。国井君はそんな方法で……。でも、それがタイムリミッターの限界なら……」
スッと星見がバットを構える。
「春よりも、涼しい夏になりそうだ……斜坂君!いつでもいいよ」
「え?は、はい!」
斜坂は、星見を見つめながら振りかぶった。
(スゲェ、やっぱオーラがあるなぁ。初球は止めようと思ったけど、予定変更だ。俺のピースパームで勝負する!)
斜坂がピースパームを投げた。助言をした遠矢は、星見の表情を伺う。その目はハッキリとピースパームを見ていた。
星見がスイングに入ったと思われた瞬間、バッティングセンターにパキーンという快音が響く。
「え……?」
斜坂は驚きの声を漏らした。
打球は、斜坂の遥か上を通過してネットに突き刺さる。それは、甲子園のバックスクリーンを越える距離だった。
その場にある全ての目が虚ろになる。不敵に目を閉じた星見の姿は、普段の少し抜けた姿とは別人のようだった。
国井のタイムリミット、そして竹橋のクライシスリミットを春に超えた男。そして斜坂の球、ピースパームは完璧に攻略された。