一奥対星見

 フッと肩の力を抜いた星見(ほしみ)はヘルメットを外すと、ニコッとして斜坂(ななさか)を見る。

「ありがとう、斜坂君」

「え?やっぱり終わりっすか?」

 星見はネットをくぐり、斜坂は小走りで戻ってきた。

 納得いかない表情の一奥(いちおく)が右足を一歩踏み出した瞬間、隣にいる遠矢(とうや)は「一奥……」と真剣な顔で呟く。そして星見を見ながら、一奥の右肩を掴んで止めた。

「遠矢?」と一奥が返すと、二人の前に空気を読んだ星見が立つ。すると星見は、遠矢の顔を見て「フフッ」と鼻で嬉しそうに笑った。

「どうやら、遠矢(きみ)と新聞記者さんには気づかれたようだね」

 星見はバットとヘルメットを店長に渡すと、そのまま出口へと歩き出した。その後ろ姿に、ネットをくぐってフロアーに戻った斜坂が叫ぶ。

「あのー、星見さん?どうして手を抜いたんすかぁ?」

『えぇぇぇ!!』

 十数人のお客の驚きの声と共に、星見は少し上を見て立ち止まった。

「それは僕の台詞なんだけど……まぁいいか」

 振り向いた星見は、斜坂に穏やかな視線を送る。

「斜坂君、この続きは甲子園でやろう。僕はこれから神奈川へ帰ることにするよ。今年の夏を、最高に熱くする為にね」

 再び出口へ振り向き、皆に右手を上げる星見。その下りた手を掴んだのは、駆け寄った一奥だった。

「待てよ、星見先輩。それで勝ったつもりなのか?」

 星見が振り返ると、一奥は手を離す。

「う~ん、なら……君に一つ聞いてもいいかな?」

「なんだよ?」

 星見は一奥ではなく遠矢を見た後、「フフッ」と微笑んで視線を戻した。

「君はさ、野球を何人でやるのか知ってるよね?」

「はぁ!?そんなの九人に決まってるだろ!」

「正~解~!」

「ってなんだよ!それじゃ、ピースパームを打った理由にならねぇだろ!」

 叫んだ一奥の姿に、星見は「まぁ、そうなんだけど」と、ため息をついた。

「わかった。来なよ、斉藤(さいとう)君」

 星見は、一奥を誘導するように人差し指をクイッと倒す。そして、先程のバッターボックスへとフロアーを歩き出した。一奥も後をついて歩くと、星見は歩きながら挑発する。

「君も絶対に勝てない。その理由を教えてあげるよ」

「上等だ!やってやる!!」

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西島のダブルリミット

 気合いの入った一奥の顔を見た星見が微笑むと、二人の前へ遠矢が立った。

「星見さん」

「ん?」

「僕は一奥とバッテリーなので、後ろに座っていいですか?」

「もちろん構わないよ。その方が、この勝負を楽しめるならね」

 星見は店長から再びバットとヘルメットを受け取り、そのままネットをくぐった。遠矢はスポーツバッグからミットを取りだし、待っていた一奥に檄を飛ばす。

「行こう!一奥。僕らはストレート勝負だ」

「おう!」

 二人がネットをくぐろうとしたその時、斜坂が「待てよ!」と声を出した。

「なぁ遠矢。お前は俺がピースパームを打たれた理由がわかってるのか?」

「多分ね」

「おい!それじゃ一奥もあっさり……って、打たれてもいいけど……と、とにかく星見さんには打たれる。いいから止めとけ」

「あー、斜坂。それなんだけどねぇ……もしここに国井(くにい)さんがいたら、僕に同じ事を言ったかな?」

「げっ……わ、わかった。なら好きに散ってくれ(やべぇ……また国井さんに怒られるとこだった……)」

 斜坂は、気まずそうに遠矢から目を逸らした。微笑んだ遠矢は、再び一奥とネットへ向かう。

 ネットをくぐった一奥は、斜坂の投げた位置へと移動。その間、ミット以外なにも身に着けていない遠矢は星見に話しかけられていた。

「遠矢君。やぼな質問だけど、その格好は僕に対する信用って事でいいのかな?」

「そうですねぇ……星見さんは本気ではないですけど、それでも防具は必要ないと思いますので」

「なるほど。とりあえず肉を切らせる覚悟って訳ね。僕は個人的に、君に興味が湧いてきたよ」

 星見がニヤリとバットを構えると、そのオーラに一奥が叫ぶ。

「いくぜ!星見。ストレート勝負だ!!」

 振りかぶった一奥の左腕が振られる。そして遠矢のミットからは、パーンと乾いた音が鳴った。

『おぉぉ………』
「さすが斉藤」
「一年のくせに、いい球投げるぜ!」

 お客たちが声を漏らす。外いっぱいのボールを、星見は眉を寄せながら見逃していた。

(まさかダブルリミットとはね……。このキャッチャー、本気で僕を抑えに来ている。でも、結果は変わらないよ)

 遠矢が返球する中、笑顔に変わった星見は一奥に声をかけた。

「一奥。次でラストにしよう!」

「へっ。星見先輩ともあろうお方が、随分弱気な発言だな。俺は何球でも構わないぜ?」

「フフッ、本当に楽しませてくれるよ。さぁ来い!一奥」

 星見がバットを構えた。

(ラストとは言ったけど、この勝負を止めるのは……僕じゃない……)

 チラッと遠矢を見た後、星見は振りかぶる一奥に視線を移した。

予測された決着

「いっくぜ、星見!」

 一奥が二球目を投げた。しかし、星見のバットは動かない。遠矢はこのタイミングでは星見に手が出ないと判断した、その瞬間だった。

 結果を見届けたお客たちは、星見のまさかの姿にざわつく。

「スゲェ!あの星見から空振りを奪ったぞ!」
「これで追い込んだな!西島バッテリー、いけるんじゃないか?」

 しかし、星見の空振りには続きがあった。

 遠矢は捕球出来ず、ミットをかすめた外のストレートが後ろのネットに当たって跳ね返った。そして、静かに二人の前へ転がる。

 そのボールを見た星見は、微笑んだままネットをくぐって打席を外した。しかし、遠矢は驚きの表情のまま動けなかった。

(これが星見さんのブレイクリミット……でも、僕が知るブレイクリミッターとは質が全く違った。白城(しらき)さんや九条が豪快な斬なら、星見さんは切れ味鋭い柔のスタイル……。スイング始動から予測した地点までの間に、バットの軌道がここまで変わるなんて。星見さんの空振りは……一奥と僕を試したんだ……)

 遠矢は左手首を返し、ミットをパクパク閉じる。

(二球目のインパクトの瞬間、星見さんは捉えたはずのボールからバットの軌道をわざと変えた。その視界で、僕はボールを見失った。斜坂同様、一奥も完全に打たれていたね……)

 状況を把握した遠矢が立ち上がると、笑顔の一奥が歩いてきた。

「遠矢。今の打たれてたよな?」

「うん」

「にしても、あれは何だ?目隠しか?」

「そうだね。さすが星見さんとしか言えないよ」

 二人が微笑ましくネット越しに星見を見ると、すでに斜坂に絡まれていた。

「星見さん、なんで一奥の球は打たなかったんすかぁ?」

「そう言われてもねぇ。僕はバットを振ったし、その結果当たらなかったんだよ」

「なんすか?それ」

「まぁ楽しかったし、いいじゃないの。それじゃ、僕は甲子園で待ってる。どちらが相手になるのかは、わからないけどね」

「俺っすよ!星見さんにリベンジするのは、俺がエースの名京高校っす」

 そんな斜坂の声を、ネット越しに聞いた一奥が叫んだ。

「なあ星見~!この続きは甲子園でやろうな!」

 星見は出口へと歩きながら、再び右腕を上げた。叫んだ一奥がその背中を見ていると、斜坂がネットにへばりついた。

「アホか!西島(せいとう)は明日負けるだろ!」

「うるせー!負けるのはお前らだ!」

 ネット越しににらみ合う二人。遠矢は一奥の両肩を、仟と要は片方ずつ斜坂の両肩を後ろから掴んでネットから離した。

 それでも二人がいがみ合っていると、要が「あ!」と舞理(まいり)記者に話しかける。

「舞理さん、シラックマ!」

「おー!!アハハ、お姉さんすっかり忘れてたわ。それなら助手席にドカッと座ってるから大丈夫よ。試合はしっかり見せておいたからね」

「エヘヘ、ありがとーございます」

 要はそのまま舞理と出口へ歩いていった。その姿を見た一奥と遠矢はネットをくぐってフロアーに出る。「じゃあな、斜坂」と言った一奥に続いて、「僕らも帰るよ」と、遠矢も歩いていった。

 二人の背中を見た斜坂は、「ったく……」とつまらなそうにフロアーに座りこむ。すると、見上げた先の仟が一奥たちを見ていた。

「あれ?仟ちゃん帰んないの?」

「帰りますよ。でも、斜坂さんにお礼を告げてからですけど」

「へぇ~。で、何かな?ん?」

 仟は、しゃがんだ斜坂の目の前で人差し指を立て、微笑んだ。

「明日の試合、私がピースパームを打ちます」

「へ?」

『おぉぉぉ!!』
「スゲェ!」
「また西島(せいとう)高校の予告かよ!」

 お客の歓声に、一奥と遠矢が振り向く。そして仟は、二人の下へ笑顔で走ってきた。

「えへへ」

 嬉しそうな仟に、歩きながら遠矢が話しかけた。

「仟。その様子だと、星見さんから何かヒントを得たのかな?」

「まだわかりませんけど……」

 そう言った仟が、一奥に微笑む。

「一奥さん、たまには勝負もいいですね!」

「はぁ?」

 仟は、そのまま走って要たちを追いかけていった。

「なんだよ、仟のやつ」

「まぁまぁ、一奥。でもこれで、準備は整ったって事だよ」

「マジか!ならいいか!」

『アハハ!』

 一奥たちの姿がバッティングセンターから見えなくなると、座っていた斜坂が「よっ」と立ち上がる。すると、斜坂はお客同士の会話を耳を傾けた。

「明日のリミスポが楽しみだな」
「あぁ。俺朝イチで買いに行くよ」

「でもどうなるんだ?本当に一面かな?」
「あったりまえだろ!書くことなんか山ほどあるぜ」

(山ほどだと??)

 斜坂は腕を組み、目を閉じた。

(そうか……普通は名京高校三連覇に死角なし!だよな。でも、ストレート勝負!竹橋(たけはし)対一奥(いちおく)もある。いや待てよ!舞理さんは星見さんと俺の対決写真を撮ってたし、その方が先々絵になるよな!……まさか一奥との勝負の空振りな訳ないよな……確かに山ほどネタはある……)

 すると突然、斜坂が焦った。

「ああ!!こうしちゃいられない。早くブロクを更新しなきゃ~!」

 壁沿いにあるベンチにスマホを持って座ると、斜坂は物凄い勢いで両親指を動かし始める。

 その記事がアップされると、瞬く間にコメントが寄せられた。そのまま明日のリミスポ一面についての議論は、結局深夜まで続いた。

そして、それぞれの運命を抱く決勝戦の朝を迎える。

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