友との再会

「トラストリミッター。私が知る人物は一人だが……」

 野崎(のざき)監督が愛理(あいり)を見ると、その微笑みと同時に足音を耳にした。愛理の視線を追うと、通路を前から紀香(のりか)監督が歩いてきた。

 笑顔でお辞儀しながら二人の横を通りすぎると、紀香監督はそのままグラウンドへと向かう。その背中へ振り返った愛理の笑顔が、野崎監督を驚かせた。

「まさか!?愛理君、一(はじめ)の娘がトラストリミッターなのか?」

「はい、おそらくは。その片鱗は、夏の四回戦から現れていましたから」

「四回戦……だがあの試合のバッテリーは、彼らではなかったはず……」

 野崎監督が考えていると、愛理は出口へと歩き出した。

「ちょっ、愛理君!」

「もうすぐ見られますよ?監督。行きましょう」

「あぁ、そうだな」

 小走りに追い付いた野崎監督は、愛理と関係者席へ向かった。警備員のいる階段を上がり、野崎はビップルームと書かれたドアを開ける。ガラス張りの窓が広がる内野バックスタンド上の部屋に、二人は入った。

 すると、そこから立ってグラウンドを見つめていた男が振り向く。足を止めた野崎の体は、小刻みに震えていた。

「に……西島(にしじま)一(はじめ)……本当に西島なのか?」

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30年前の真実

 呆然とする野崎監督の顔を見た西島理事長は、両手をスーツのズボンポケットに入れながら「フッ」と笑って再びグラウンドへ顔を戻した。

「その顔だと、私をここへ通した人物は野崎(おまえ)ではないようだ。久しぶりだな、野崎……約30年ぶりか……突然姿を消して、すまなかったな」

 野崎は、必死で涙をこらえていた。

「バカヤロウ!……お前のせいで、俺が名古屋リミッツの正捕手から監督にまでなっちまったじゃねぇか……あの時全部背負いやがって……。お前の肩を壊したのは俺の……「野崎!!」

 言葉を止めるように、叫んだ西島理事長が振り返る。両手を膝についていた野崎は、顔を上げた瞬間涙を流した目で西島理事長の微笑む顔を見た。

 落ち着きを取り戻した野崎は、ジャージの袖で涙を拭って西島理事長の隣へと歩く。二人は無言のままグラウンドでアップをする両チームを見ていると、西島理事長が口を開いた。

「これでよかったんだよ。俺はノーリミッターとして後悔した事はない。俺の肩が勝手に壊れたんだ。お前のせいじゃないさ」

「ったく、お互いおっさんになったのに、まだカッコつける気かよ。俺を大学で限界(リミット)リミッターに目覚めさせ、プロ入りさせたのはお前なんだぞ?」

「フッ。俺は自分の限界が見たかっただけだ。お前のリミットに、関わった記憶はないよ」

「お前は本当に、最高の野球バカだ」

 二人が微笑みながらグラウンドを見ていると、西島理事長の隣へ愛理が二人の背中を見ながら歩いてきた。

「限界を知らない、無と呼ばれるノーリミッターは、やはり西島さんだったのですね。お二人は、被打率ゼロの無限リミッターと噂された伝説のバッテリー。公式記録がなく闇に消えた理由が、今やっとわかりました。そして、五年前に引退した野崎捕手が記者会見で口にした言葉……今、それも繋がりました」

 西島理事長は目を閉じ、野崎が口を開く。

「この先、限界(リミット)リミッターが生まれない事を願っています……か」

「はい。野崎捕手は最高のキャッチャー、私は憧れていましたから。その選手が最後に口にしたその言葉は、当時とても印象的だったのです。そしてネットで見つけた情報が、私には信じられないものでした。現役時代、一軍投手陣を完璧にリードしていた野崎捕手が、私が生まれる前から一部で壊し屋と呼ばれていましたから。ですが、今ならわかります。野崎捕手を本気にさせられたのは、ノーリミッターの西島さんだけだったのですね」

「そうだ。大学四年に一(はじめ)が野球部を去った後、私は変わらず投手の限界を超える球を引き出そうとしていた。だが、たった数球で異変を訴える投手が続出してしまった。今思えば、当たり前の話だがな。それから私は、プロ入りまで各バッターの限界を見極めるプレーにスタイルを変えた。愛理君がよく知る、完璧と感じた私のプロでのプレーは、本来は限界(リミット)リミッターの別の顔なんだよ」

 その時、西島理事長が目を開けた。

「野崎。目の前に、俺たち以上の過去がいる。お前はどう思っているんだ?」

「俺は知ったばかりだが……それはここに来たお前と同じだろう」

「そうか。なら、この試合で無限リミッターが再来すると思うか?」

無限とトラスト

「いや……一(はじめ)、トラストリミッターの話が本当なら、再来ではなく誕生ではないのか?」

「そこまで知っていたのか……」

「お前がここにいて、母校のバッテリーを止めない理由が他にない。お前は常に前しか見れない、ノーリミッターなのにだ。自分の娘をトラストリミッターに仕組んだのは、お前なんだろ?」

「仕組むか……野崎、それは言い過ぎだ」

「なに?」

 西島理事長は、窓際にある布製の椅子に座ってグラウンドを見つめ始める。

「我が西島野球部は、何があってもこの夏で廃部だ。この決断は変えられない。それに、このチームの主役は始めから私ではないんだ。斉藤(さいとう)一奥(いちおく)を選んだのも、限界(リミット)リミッターの田坂(たさか)遠矢(とうや)を選んだのも、監督の紀香自身。俺も斉藤一奥がノーリミッターだと知ったのは、昨日の事なんだよ」

「そうなのか……」

 野崎監督は、ハの字に並ぶ同じ椅子に座り、斜めに西島理事長と向かい合った。野崎監督が不安を隠せない中、たて肘をついた西島理事長が横目で愛理を見た。

「対戦した君は、斉藤一奥をどれだけ知っている?」

「私ですか……」

 突然の質問に、愛理は困ったように目を泳がせた。その姿を見た西島理事長は、元気よくキャッチボールをする一奥を見ながら話を変えた。

「なら、質問を変えよう。ここまでの試合、君は斉藤一奥の全力を見た事があるか?」

「えっ!?」

 愛理は、その言葉に驚いた。そして言葉が出なかった。その姿に西島理事長は「フッ」と微笑む。すると、隣に座る野崎が腰を浮かせた。

「一(はじめ)!それはどういう意味だ!?キャッチャーは限界(リミット)リミッターだろ?なら俺にはよくわかる。斉藤一奥がノーリミッターなら、己の限界を超えて投げているのは当然だ。高校一年で163キロだぞ?お前ならわかるだろ?」

「いや……わからないんだよ、野崎。当時俺は、お前の素質を見抜いて限界(リミット)リミッターへと目覚めさせたのかもしれない。その結果、自らの限界をさらに引き出せた。無限リミッターになったと思った矢先に、俺の右肩は壊れたんだ。ならばなぜ、ここまで斉藤一奥は壊れないと思う?ここに座る愛報(あいほう)高校の愛理君相手に、彼らバッテリーは手抜きをして勝ったのか?」

「それは……それが、トラストリミッターの力じゃないのか?」

「かもしれない。だが私は、大会前に彼の球と勝負しているんだよ」

『なにっ!?』

 その瞬間、野崎と愛理の目が驚いた。

「結果はホームランだった。あの時彼は、屋上まで飛んだ打球を嬉しそうに見ていたよ。当然だが、手を抜く場面ではなかったとつけ加えておくよ」

「そんなはずはない!いくらお前がノーリミッターだからとはいえ、無限リミッターの本気の球が打たれ、しかもピッチャーが壊れないなんて信じられるか!」

「だから俺は、愛理君に聞いたんだ。斉藤一奥の全力を、見たことがあるのかと」

 愛理は、興奮して腰を浮かせた野崎を後ろから肩を押して座らせた。

「あ……すまん」

「いえ」と座り直した愛理が、西島理事長を見る。

「西島さん。先程の問いにお答えします。悔しいですが、私はバッテリーの全力を見ていないと思います」

「やはりそうか……。ノーリミッターが抑えていたのか、あるいは限界(リミット)リミッターが抑えていたのか……残るは紀香のトラストリミットだが、全力ではない事が腑に落ちない」

「そうですが、今日の相手はタイムリミッターの国井(くにい)君です。ゲームの流れを支配する彼を、手抜きで抑えられるとは思えません。一奥と遠矢君が本気を出すとすれば、間違いなく彼です」

 すると、野崎がグラウンドでキャッチボールをする国井を見た。

「国井か……。我がリミッツは愛理君を一位指名するが、彼も競合一位は間違いない。打撃だけではなく、守備も高校ナンバーワン。しかも特殊な限界を超えた希少種のリミッターだ。すぐにでもプロで活躍するだろう。その相手と、おそらく全力の無限リミッターが激突する……」

 野崎は、椅子と椅子の間にある木製の四角いテーブルに両手を置いて、西島理事長を覗きこんだ。

「一(はじめ)。斉藤一奥はまだ一年だ。それもお前と同じノーリミッターじゃないか。同じリミットを持つ先輩のお前なら、アドバイスの一つくらいできないのか?トラストリミッターを信じていない訳ではないが、お前が目指した未来の逸材が、ここで壊れるのを黙って見ているのか?」

「一度は俺も……止めようとはしたさ……」

「一(はじめ)……」

 西島理事長は立ち上がり、再び一奥を見る。そして微笑んだ。

「だがな野崎。あんなに楽しそうに野球をするバカを、俺が止められる訳ないだろ?」

 その時、野崎は過去の西島一の姿を思い出して微笑んだ。

「そうだな……。アイツはよく似てるよ、お前とな」

「フッ」

 すると、野崎が突然思い出したかのように「そうだ!一(はじめ)」と手をパチンと合わせた。

「突然なんだ?」

「勘違いしないで聞いてくれ。この夏で、勝っても負けても西島野球部は廃部なんだよな?」

「そうだが?」

「このチームを、リミッツアンダー18に入れてくれないか?少し先の話だが、独立リーグの三軍になる予定なんだ。年齢も18才以上から16才以上にルール変更される。今のプロ野球は、生え抜き選手の活躍がファンの主流なんだ。そこで年齢の引き下げを行って、傘下のチームからトップチームへ高校卒業から上げられるようになるんだよ。その球団の地域選手のみ入団の条件も、今の西島高校ならクリアーできる。全員愛知出身だろ?」

「まぁ、そうだが……」

「頼む!選手をリミッツに預けてくれれば、無限リミッターにとっても俺という見本がいる。そういう意味でも適任だろ?俺もお前と見たかった夢を叶えたいんだ。な?」

「そういう話でしたら、私からもお願いします」

 二人に頭を下げられ、西島理事長は腕組みをして目を閉じた。

「はぁ……わかったよ。確かにこの上ない話だな」

 野崎と愛理は、静かに目を合わせて喜んだ。

「だが、選手の意見を尊重したい。私は反対しない、ということにしておいてくれ」

「ああ、わかった」

 すると、ガチャっという音と共に扉が開いた。三人が扉に目をやると、西島理事長が驚きながら立ち上がった。

「上村(かみむら)さん……」

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トラストリミッターと呼ばれた男

 西島理事長が複雑な顔で立ち尽くすと、野崎監督と愛理はお辞儀をした。七十近い白髪の男性は、ゆっくりと部屋へ入ってお辞儀をした二人の前に立った。

「野崎監督。西島君と和解はできたようですね」

「はい、上村ゼネラルマネージャー。まさかと驚きましたが、GMの計らいでしたか」

 そしてリミッツの上村GMは、西島理事長に目を向ける。

「久しぶりだね、西島君。元気そうでなによりだよ」

「ええ、お陰様で。上村さんがスカウト部長からゼネラルマネージャーになられていたとは、存じておりませんでしたが。私をここへ通したのは、上村さんでしたか」

「君が理事長を勤める西島高校の活躍を、耳にしましたからね。それも後一つで甲子園。古豪復活ですね」

「そうおっしゃられても、色々と複雑ですが。当時は本当に、ありがとうございました」

「もう終わった事です。でも本当は、私は今でも君の投げる姿をここで見たかった。後悔はありませんが、当時君の意思を尊重して良かったと思いますよ」

 上村GMは、ニコッとして野崎を見た。空気を察した野崎は、(一(はじめ)が俺を上村さんにプロへと頼んでくれたのか……)と、理解して微笑んだ。

「そろそろノックが始まりますね。西島君、共に無限リミッターの行く末を見守りましょう」

「そこまでご存じとは。さすが、リミッツ名スカウトと呼ばれた上村さんだ。では、遠慮なくそうさせて頂きます」

 ゆっくりと上村GMが腰を下ろすと、愛理は「私は失礼します」と始球式の準備へ向かう。

 扉が閉まると、ノックバットを持って素振りを始めた紀香監督の姿に、上村GMが目を止めた。

「あの子が、西島君のお嬢さんかね?」

「はい。上村さん、おそらくですが、私は娘があなたと同じトラストリミットに目覚めたと感じています」

「なんですと?まさかトラストとは……」

「ええ。上村さんは、スカウト時代から野崎やリミッツの選手をプロの世界へ導き、数々の成功を納めて来られた。今の紀香は、正に上村GMのように……」

「西島君、それは少し違います」

「え?」

 上村GMの眉間にシワが寄る。

「確かに私は、トラストリミッターと呼ばれた名のあるスカウトでした。その功績が認められて今に至っていますが、奇跡の限界を超えてしまうトラストが本当に存在するとは思えないのですよ」

 すると、西島理事長は声を荒げた。

「それは悪い冗談だ!上村さんほど、迷いなく選手を信じられる人を私は知らない!現に30年以上の結果がそれを……」

「私は君を……西島一というノーリミッターを救えなかった……」

 その瞬間、VIPルームは不穏な空気に包まれる。少しの間を置き、上村GMは紀香監督の姿を見ながら細かく何度か頷いた。

「存在も証明も謎のトラストリミット……。それは、スカウトだった私のように、何も教えられない代わりに選手を信じる事で限界以上の力を引き出すリミッターだと言われています。確かに彼女は、素晴らしい素質を持っているようですが……」

 少し表情が曇った上村GMの姿に、元無限リミッターの二人に緊張が走る。

「想いは裏腹かもしれません……」

 その瞬間、西島理事長は立ち上がってガラス窓に両手をつけた。

「それは……どういう……意味ですか?」

「私のように、悲劇は二度繰り返されてしまう……そんな胸騒ぎがするのです……」

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