運命の決勝戦

 一奥(いちおく)は一度下を向いた後、紀香(のりか)監督を嬉しそうににらんだ。

「へへっ、そう言えば忘れてたな。次は監督の限界を超えるぜ?」

「それは楽しみね」

 二人は笑い合い、一奥は列へ向かった。最後尾に位置すると、隣で遠矢(とうや)が迎えた。

「何かあったの?一奥」

「あー。実は監督がさ、名京(めいきょう)ブッ倒してから勝負しろってさ」

「勝負?あー、そう言えば忘れてたね」
『アハハ』

 二人が静かに笑っていると、名京側の最後尾に立つ斜坂(ななさか)が突っかかってきた。

「お前ら、もう勝った気でいるのかよ!能天気すぎるだろ!」

「はぁ?うるせぇ。お前はのんびりブログでも更新してろ!」

「アホか!一奥。ベンチにスマホを持ち込める訳ねぇだろ!」

「なら退屈だな?斜坂。だから初回からピッチング練習しとけって言ったんだよ」

「意地でもやらねぇ」

「ぜってぇさせてやる」

『ぐぬぬぬぬ…』

 一奥と斜坂が睨み合う中、苦笑いの遠矢は「まぁまぁ……」と二人の間に入った。

「そこ!静かにしなさい!」

 球審の声に、一奥と斜坂の背筋がピッと伸びる。遠矢は球審に向けて頭を下げ、列へ戻った。そして、ついに球審の右手が上がる。

「礼!」

『しゃぁ~っす!』

 一奥と斜坂は、互いに舌をべ~っと出しながらベンチへ下がった。後攻の名京ナインが守備に着くと、三塁ベンチの横に球審とリミッツのユニフォームを着た愛理(あいり)の姿があった。一番の要(かなめ)がバットとヘルメットを準備し終えると、球審と話す愛理に近づく。

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意外な始球式

「愛理さん、いよいよですね!」

「要。それは今から名京とやるあなたたちの方でしょ?」

「あはは。そうでした」

「ねぇ、あのシラックマはロッカーに置いてきたの?」

「ベンチで見てます!」

「ウフフ!そう」

「では、そろそろ始めましょう」

『はい!』

 愛理は大歓声に両手を上げて笑顔で応えながら、名京高校先発の竹橋(たけはし)がいるマウンドへ走った。投球練習を終えた竹橋は、落ち着かない様子でロジンを何度も握っていた。

「おい蝶蜂(ちょうばち)。お前、すでにリミッツのスターみたいじゃねぇか。どういう心臓してんだよ」

「失礼ね。ハート形に決まってるでしょ?それに、来年ここで戦うかもしれないクライシスリミッターには、企業秘密よ。仲間なら別だけどね?」

「ケッ!!さっさと投げろ」

 竹橋はマウンドを蹴り、愛理は微笑んだ。すると、ハッと閃いた愛理がニヤリとする。

(ここでクライシスリミッターの竹橋君をビビらす方が……フフっ、面白そうね)

 愛理がマウンドに立つと、ここで場内アナウンスが流れた。

「それではこれより、全国高校野球選手権愛知大会決勝に先立ちまして、今季名古屋リミッツから一位指名を発表されておりますプロ初の女性選手、愛報(あいほう)高校三年 蝶蜂(ちょうばち)愛理(あいり)さんによる始球式を行います」

『オォォォォォ!!愛理!愛理!!』

 一部の観客は大興奮。球審からボールを受け取った愛理はプレートに右足を置き、要がバッターボックスへ入った。愛理が(ぜんりょく)と口で型どると、バッターの要はニコッと返す。愛理も微笑み返し、そして振りかぶった。

(行くわよ要!竹橋君のMAX……155キロのストレートよ!)「いっけぇ!」

 カキーン!「えっ!?」

 驚いた愛理が打球へ振り向くと、そのままライトスタンドへ消えた様子に唖然とした。

『オォォォォォ!!』

 大歓声の中、愛理がチラッと見た電光掲示板に記されていた球速は、目標とした155キロ。すると、すぐ後ろから要の声が聞こえた。愛理が振り向くと、マウンドに笑顔の要がいた

「愛理さん!言われた通り全力で行きました!!」

「ウフフ……(あれは私が全力で行くという合図だったのに……それをアッサリとまぁ……)アハハ!」

 嬉しくなった愛理が要の腰に左手を回すと、約三万人の大観衆へ右手を上げた。観客も大歓声で応えると、二人はそのままホームへ歩き出した。

 要は笑いながら左手を後頭部へ回し、舌を出してバックスタンドへ軽く頭を下げながら歩く。すると、愛理のささやき声を耳にした。

「次の初球だけど……全く同じ球が来るわよ」

「ん?」

 一瞬キョトンとした要だったが、「はいっ!」と敬礼ポーズで応えた。

 二人はホーム付近で別れ、要は左バッターボックスへ。愛理は三塁側へ向かいながら、キャッチャーの国井(くにい)をチラッと見た。すると国井は、マスク越しに要を見ながら不気味に笑っていた。

 愛理はそのまま歩き、三塁側通路へ入る前にグラウンドと各ベンチへお辞儀をする。大観衆に再び応え、通路へと歩き出した。

(国井君のあの顔。準決勝の梯(かけはし)高校戦もそうだったわ……。打たせる気はないけど、打たれても構わないって感じだった。これは、初回から荒れるわね……)

『オォォォォォ!!』

「なに?」

 通路に響いた突然の大歓声に、階段前に立つ警備員と愛理はグラウンド方向を見た。扉が閉まって中が確認出来ない愛理は、急いで階段を上って再びビップルームの扉を開ける。

「失礼します!グラウンドで何が起こったのですか!?ん?あ……」

 愛理の目に飛び込んで来たのは、振り返った三人の奥に広がるガラス窓の向こう側で、一塁ベースを蹴ってガッツポーズをする要の姿だった。

「ハハッ!まるで始球式のリプレイを見ているようだったよ?愛理君。見事な初球ホームランだった」

「野崎(のざき)監督。ウフフッ」

 扉を閉めた愛理は、にこやかに言った野崎の隣に座った。要がホームインしたその時、愛理はキャッチャーの国井の仕草をジッと見ていた。

「何か、嫌~な感じですね……」

 その声に、隣の野崎は鼻から息を漏らす。

「ふ~ん……確かに、国井は初回からダブルリミットの準備開始か……。これは昨日の準決勝から使い始めた、名京(めいきょう)の新たな武器だな。打たれても抑えても構わない……ったく、限界を超えたクライシスリミットは便利なものだよ」

「そうですね。そしてここからボールが浮き上がってきます。西島(せいとう)打線がどこまで得点出来るのか?もしくはキャッチャーの国井君がどこまで点を許すのか?序盤からいきなり勝負所ですね」

 上から四人が見つめる中、要とハイタッチをした二番の仟(かしら)が左バッターボックスに立った。

ストッパーを超えた球

(まだ一球だけど、竹橋さんも全球ストレート宣言をしてる。私も……初球から行く!)

 仟は普通に構え、竹橋が初球を投げる。

「ストライク」

 予定を変えざるを得なかった仟は、細かく頷いていた。

(振らなくてよかった……。ネクストからイメージしていた以上に、ボールが浮いてくる。まだ国井さんのタイムリミットは始まっていないのに。このストレートの威力は驚異だわ……)

 竹橋が二球目を投げる。真ん中から浮き上がるストレートに対し、仟はスイング体勢に入った。

(迷ってる余裕はない!)

 カキーン!

 予測通り完璧に捉えた仟の打球がグングン伸びる。

(手応えはあった!)

 皆が見つめる打球は、要と同じくライトスタンドへ突き刺さった。

 観客は大興奮だが、一塁を回った仟は、横目で冷静にマウンドの竹橋の様子を伺う。

(やっぱり……。どう見ても、竹橋さんが私に打たせた感じはない……でも……)

 仟は、全く表情を崩さずホームイン。マウンドの竹橋がロジンを叩きつける中、ネクストの白城(しらき)が戻ってきた仟の前に立つ。

「なんだよ?ホームラン打ってさえねぇ顔はないだろ?完璧だったじゃねぇか」

「そうですけど……白城さん、竹橋さんは……」

 すると、白城は仟の左肩を三塁ベンチ側へ押してバッターボックスへ向かった。前へ少しつまずいた仟が、白城へと振り返る。

「仟、結果が全てなんだよ。それに俺はな、お前みたいに頭が良くねぇ。ただ来た球を、おもいっきりブッ叩くだけだ!」

「白城さん……」

 仟は白城の背中に「フフっ」と笑い、ベンチへ下がって西島メンバーたちと笑顔でハイタッチした。

 そして、マウンドの竹橋を睨み付けながら白城が右バッターボックスに入る。

「あれからたいして経ってねぇのに、面白れぇ球投げるようになったもんだな?竹橋さんよぉ!」

「西島(にしじま)白城(しらき)……」

 竹橋が帽子を真っ直ぐかぶる。その開かれた左目に、白城はニヤついた。

「光栄だぜ……。選抜ベスト4のピッチャーが、初回からマジになるなんてな!来いや!!」

 すると、キャッチャーの国井が不気味に呟く。

「それはお互い様だ。ダブルリミッター……」

 白城は、「フッ」と国井をチラ見。そしてバットを構えた。投球モーションに入った竹橋の姿は、さらに荒々しくなる。

「食らえ!西島ぁ!!」

「ナメてんじゃねぇ!!」

 カキーンと響く快音。

 打った瞬間、白城は打球を見ずにキャッチャーの国井をその場で見る。カランとバットを離した白城が見た国井のマスクの奥の顔は、計算通りと言わんばかりに目を閉じていた。そしてニヤリと笑う。

 打球は、そんな白城と国井が見ることなくバックスクリーンへ飛び込んで行った。

 歓声を聞いた白城は、マウンドで両手を膝につく竹橋の姿を目にしながら走り出す。その顔は、面白くなさそうだった。

(この対照的な態度のバッテリーはなんなんだ……マジで気に入らねぇ。仟に偉そうに言った俺の立場がねぇじゃねぇか。俺も国井に打たされたのかよ!くそっ)

 不満顔で白城がホームインしたその時、マスクを外してマウンドの竹橋を立って見ていた国井が呟いた。

「三点でここまで来たか……フッ、早いな」

「なに?」

 その声に白城は立ち止まり、振り返った国井と目を合わせる。

「西島白城。さすがは破のダブルリミットだと、礼を言わせてもらう」

「くっ……」

 再び「フフッ」と笑った国井は、マスクを着けて何事もなかったかのように座る。おさまらない白城が国井に噛みつこうとしたその時、左肩をグイッと押された。

「なっ!?」

「どけ!白城。次は俺の番だ」

「杉浦(すぎうら)さん……」

 その瞬間、突然マウンドの竹橋が空へ向かって「うおぉぉぉ!」と叫んだ。あまりの迫力に、白城と杉浦はその姿に目を奪われた。二人を我に帰したのは、背中越しに発した国井の言葉だった。

「次のバッター、早く来い。斜坂(ストッパー)の限界を超えた、絶望のネオクライシスを見せてやる……」

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