高まる想い

「キッ」と白城(しらき)がマウンドを睨む。振りかぶった竹橋が四球目を投げた。

 白城の目が捉えたのは、国井の予告通りフォーシームのど真ん中だった。

「ナメるなぁ!!」

 パーン……

「くっ、マジかよ……」

「ストライクバッターアウト!チェンジ」

(本当にど真ん中のストレートじゃねぇか……)

 動けない白城に、立ち上がった国井は「フフッ」と笑った。

「俺はお前に、打たせようと思ったんだがな」

「なにぃ!」

「お前という人間が、よくわかる勝負だったよ」

「くそっ!(国井は俺のミスだって言いたいのか……)」

 白城はベンチへ歩いて下がり、同時に国井も歩き出した。

(もしバッターが斉藤(さいとう)一奥(いちおく)なら、打たれていたかもしれない……)

 立ち止まった国井は、三塁ベンチへと振り向く。

(白城、お前のこの打席での失敗は二つある。一つは竹橋の浮き上がる球に対応しやすくする為、バットを軽くした事。もう一つは、九連続奪三振阻止の保険として、自らホームランの怖さを捨てた事だ。唯一のダブルリミッターであるお前のヒット狙いなど、名京(めいきょう)は怖くはない)

 再び国井は歩き出す。ベンチへ戻ってきた白城は、ベンチから腰を上げた一奥に絡まれた。

「なんだよ白城。最後はただのど真ん中じゃねぇか。しかも浮いてなかっただろ?」

「お前までうるせぇんだよ!まんまと国井にやられたんだ。ひっかかった自分を殴りてぇ」

 支度を終えた白城は、グローブで一奥の尻を叩いた。

「やり返せよ!一奥。この回、名京も国井で九連続三振だ……ん?」

 ベンチを出た白城が一奥を見ると、一奥は再びベンチにペタンと座ってしまった。

「なにやってんだよ!一奥。行くぞ!」

「へ?あぁ、今度こそ国井を三振にしてやる!」

 一奥は立ち上がり、マウンドへと走り出した。

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思い違い

 三回の裏。

 一奥は二番バッターを空振りの三振に切って取る。

「しゃぁ!これで七人目!!」

 そして三番バッターを空振りの三振に仕留めたその時、ボールを捕ったキャッチャーの遠矢(とうや)が電光掲示板を見ながら「ふぅ……」と息を吐いた。

(ついに159キロがファールチップに……さすがはダブルリミット中の名京打線。かなり球数を投げさせられた……)

 すると、遠矢はタイムを要求してマウンドへ走った。

「へへっ、これで八つだ。次は国井の番だぜ」

「そうだね。それより一奥、足は大丈夫かい?」

「足?へーきへーき。このままこっちも九連続だ」

 楽しそうな一奥を見た遠矢は、「わかった、行こう!」と笑顔でボールを渡してホームへ走って戻った。

予想外の結末

 振り返った瞬間、遠矢の表情は険しくなる。その目は、バッターボックスへゆっくりと歩く四番の国井を捉えていた。

(一奥の言う通りだ。ここで国井さんを抑えなければ、この試合は手遅れになるかもしれない……)

 そして、国井が打席で大きく構える。ホームに座ってその姿を見上げた遠矢は、唾をゴクリと飲んだ。

(さらに限界を、超えるしかない……)

 ミットを構えた遠矢の姿に、一瞬だが一奥の眉がピクリと上がった。

(これは……遠矢がマジになった。この感じは小学生以来……か)「しゃぁ!」

 初球、一奥が気合いを入れて振りかぶった。

「いくぜ!国井!!」

 そして、その腕が鋭く振り抜かれる。

「うおぉぉぉ!!」

 パーン!「ストライク」

 国井は見逃し、電光掲示板を確認した。

(今のが160キロ?……確かに速いが……)

 二球目、またも国井は様子見。

「ストライクツー」

 両手で掴んだバットを右肩に置いた国井は、消沈した姿でキャッチャーの遠矢へ話しかけた。

「ここまでよく、俺たちのダブルリミットを抑えた。だがここまでだ。一気に決めさせてもらう」

 無言でミットを構えた遠矢を横目に、国井はマウンドの一奥へ目を移す。

 そして一奥が三球目を投げた。そのストレートに、国井はフルスイングで対応する。

「ファール」

(なに?今の俺が捉えられないだと?)

 国井は電光掲示板を見ると、その眉をピクリと上げた。

(164キロ……なるほど、球速が上がっている。だがあの表情。一奥(こいつ)は、自分がノーリミッターだという自覚がないのか?)

「へへっ……」

 笑った一奥に国井が目をやると、一奥は肩で一度大きく息を吐いた。その姿に国井は、「フッ!」と強く短い息を吐く。

(ならば、この試合を終わりにする)

 二人のオーラが向き合ったその時、ビップルームで試合を見ていた野崎(のざき)監督が大声で立ち上がった。

「はっ、一(はじめ)!」

 その悲痛な叫びに、西島(にしじま)理事長の眉間にシワが寄る。

「おかしい……この違和感の正体は何だ!?トラストリミッターによって、無限バッテリーは完成したのではないのか!?」

 西島理事長は、無言で目を泳がせた。

 野崎の焦りを感じ、愛理(あいり)は両手を膝の上で無意識に強く握る。トラストリミッターである上村(かみむら)GMも、眉間にシワを寄せた厳しい表情に変わった。

 ここにいる誰もが、グラウンドで起きている真実に気づいていなかった。

 無言の空気に耐えられなくなった野崎は、飛びかかるように窓際へ。

「止めるんだ遠矢!これ以上ノーリミッターの力を引き出したら、本当に一奥が壊れるぞ!!」

 野崎は窓に隣接された板テーブルに両手を置いた。歯を食い縛りながら横目にした西島理事長の組まれた両腕の拳は、震えていた。

(一(はじめ)……)「くっそぉぉ!」

 再び叫んだ野崎がマウンドの一奥へ目を移す。そして四球目。下を向きながら振りかぶった一奥が、小さく呟いた。

「俺の限界は……」

 ゆっくりと右足が上げられ、空気を切り裂くように右手が前に出された後、一奥の左腕が消える程速く振り下ろされた。

「俺が超える!!!」 

 そして国井がスイングに入る。

(魂の一球……一奥!バックスクリーンで散れ!!)

 パーン………

「ストライクバッターアウトォ!」

『オォォォォォ!』

「よし!!」
「へへっ、見たか!」

 遠矢は両手を引くようにガッツポーズ。帽子を落とした一奥は、左手で帽子を拾おうとした。

「いっ……」

 突然走った痛みに、一奥は右手にはめたグローブで左肩を押さえようとした。その瞬間、後ろから走ってきたセカンドの仟が、笑顔で「やったぁ!」と一奥の背中を叩いた。

「いでっ」

「さすが一奥さんです!!あの国井さんが三振ですよ?」

「あぁ。これで九連続だ」

 すると、「ガハハ!」と笑った杉浦(すぎうら)が一奥の肩に右腕を回し、そのまま三塁ベンチへ歩き出した。

「うおっ!」

「よくやったぞ!一奥」

 そんな二人を見ながら、「一奥さん帽子……もう」と嬉しそうに拾った仟は、バッターボックスで仁王立ちしている国井の姿を目にした。

 国井は、表情を崩さぬままジッと電光掲示板を見ていた。

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実現しなかった想い

(165キロ……か……)

 すると、キャッチャー道具の一式を持った斜坂(ななさか)が、「国井さ~ん」とホームへ走る。

「どうしたんすか?チェンジっすよ?」

「気にするな。昔の自分を、思い出していただけだ。ところで斜坂」

「はい、なんっすか?」

「俺はお前と一奥(あいつ)の投げ合いも見たかったんだが……」

「そうっすか?でも、一奥はアホですからねぇ」

「フッ……」

 国井はバットとヘルメットを斜坂に渡すと、斜坂はそのまま一塁ベンチへ下がった。そして国井は、しゃがんでレガースを着け始める。

(俺のタイムリミットが止められたのは、星見とやった春の選抜以来か……。いや、アイツの気迫につられ、悪い意味で熱くなっている自分に気づかなかったのが敗因か……)

 準備を終えた国井は、ゆっくりと立ち上がった。

(最後の球。投げたアイツの顔が一瞬曇った。この三振は、チームより個人だった入学当時の俺の姿。キレのない球を見た瞬間、打つ価値がないと冷めてしまった……悪い癖だな)

 国井は、三塁ベンチへ戻る一奥を見る。

(限界を知らないノーリミッターとの勝負が、俺の野球バカの血を呼び起こした。だが……)

 座った国井はミットを構え、想いを振り払うように竹橋のボールをバチンと捕る。

(やはりこの勝負は、幻に終わった。本当に残念だ、斉藤一奥……。この試合、もう一度俺が本気で熱くなれる事は……)

 バチン……

(もう……ない……)

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