底上げされた実力

「おっと……へへっ(こりゃ……思ったよりマジでヤバイな……)」

 一奥(いちおく)はベンチへ戻ると、つまずくようにガクッと座った。

「ハァ……。さぁ、反撃と行こうぜ」

 強がる一奥だが、両腕を背もたれへ乗せるその姿にベンチの誰もが顔をしかめる。国井(くにい)との激闘で消耗した一奥に、話しかけられる空気ではなかった。

 そんな中、先頭バッターの杉浦(すぎうら)が静かに闘志を燃やして打席へ向かった。

 五番の神山(かみやま)は、(一奥……)と、下を向いて目を閉じる一奥の姿を見ながらネクストへと歩き出す。

(誰もが連打を浴びる国井のタイムリミット。その名京(めいきょう)相手に九連続奪三振。一奥(アイツ)が疲労するのは当然か。ならば、俺たちが援護するしかない。出ろよ!杉浦)

 四回の表、杉浦は左手でバットの中間を握る弁慶打法の構えでバッターボックスに立った。その姿を、キャッチャーの国井(くにい)はチラっと見ただけでミットを構える。

(四番がバント……意地でも十連続奪三振を止めるつもりだろうが、問題はない。竹橋(たけはし)は、誰よりも逆転を恐れるクライシスリミッターだ。故に一点リードのこの場面では、バントすらかすりはしない)

 初球、のストレートがアウトハイを襲う。バッターの杉浦は、迷わず構えのまま打ちにいった。

「ファール」

 国井は球審からボールを受け取り、竹橋へ返球する。

(なるほど、こいつの構えを少し甘く見ていたようだ。バットに当てるどころか、パワーを生かしてそのまま打ちに来るとはな。しかし、まともな打球が飛ぶとは思えないが)

 そして国井は、杉浦の無表情も気にする。

(妙だな……。よく吠えるバッターが、この打席では感情を表に出さない。リミッターの竹橋相手に、構え以外の勝算があるのか?ならば、もう一球試してやろう)

 二球目、再び杉浦をアウトハイが襲った。

「ファール」

 一塁ファールグラウンドへ転がった打球に、国井は軽く頷く。

(やはり、バットには当てられるが長打はない。むやみに球数を増やすのも厄介だな。ここはサインに従ってもらうぞ、竹橋)

 国井がセカンドへ一・二塁間へ寄れとサインを出したその時、マウンドの竹橋が首を振る。その気合いの入った鋭い目に「フフッ」と微笑んだ国井はインハイのサインに変えた。

(竹橋、あくまで十連続奪三振を狙いたいという訳か……。いいだろう)

スポンサーリンク

炸裂!弁慶打法

 三球目、竹橋がインハイのストレートを投げた瞬間だった。杉浦の動きに、国井は思わず眉を上げた。

(左手をグリップへ引いた?だが逆手のスイングで、間に合う球ではない!)

 国井がそう思った瞬間、杉浦の逆手バットが加速する。引いた左手はグリップの最上部で止まり、杉浦が短く持ったバットは最短距離で鋭く振り抜かれた。

 ベンチで下向いまま快音を聞いた一奥は、ニヤリと微笑みながら呟いた。

「へへっ、さすが杉浦先輩……嫌な音だ」

 打った杉浦は、「フン……」と鼻息荒くレフトへ飛んだ打球を見ながら走り出した。打たれた竹橋は、打球を見ずにマウンドへグローブを「くそぉ!」と叩きつける。

『オォォォォ!』

 観客の声と同時に、打球はレフトスタンドへ吸い込まれた。

 同点ホームラン。

 マスクを外して立ったまま打球を見ていた国井は、(とんでもないパワーだな……)と苦笑いをしていた。そして、マウンドの竹橋に目を移す。

(見事に打たれたとはいえ、竹橋もここまで消耗していたとはな……)

 そして杉浦がホームインし、笑顔の神山が詰め寄った。

「杉浦!ナイスバッティングだ!!」

「ガハハ!当然だ!続けよ、神山」

 二人は、ハイタッチをしてすれ違った。

「おう!」と返事をした神山が打席へ向かい、ベンチに戻った杉浦は西島(せいとう)メンバーたちに囲まれて体中を叩かれた。

「よく打ったぜ!」
「さすが杉浦さんだ」
「ついに完成したな!苦労したからな」

「どけぇ!」
『うわぁ』

 突然叫んだ杉浦に圧倒され、皆がキョトンとする。杉浦は、ベンチに座る一奥の前に立った。

「これで同点だ!一奥」

「あぁ。あの日ついに弁慶打法で打たれたのを、思い出したよ」

「ンハハッ!最高だろう」「へへっ……」

 下を向いたまま一奥は、右手を前に出す。

 パーン!

 その右手に、杉浦はニヤリと右手を合わせた。二人を見ていた西島メンバーたちは微笑み、すぐに五番の神山へと声援を送る。

「続け~神山さーん!」
「いけるいけるー!」
「一気に逆転だ!」

 その声に頷き、素振りを止めた神山が打席に入る。

(一奥が国井のタイムリミットを止め、杉浦がクライシスリミットの勢いを弱めた。ここがチャンスだ!)

 気合いを入れ直した神山が構え、竹橋が初球のストレートを投げた。

タイムリミットの進化

「ストライク」

 神山は、ジックリと球筋を確かめるように見逃した。

(やはり、前の打席とは球質が明らかに違う。スピードは150キロを越えてはいるが、ただのストレートだ)

 二球目、神山は迷わず強振した。

 カキン!『おぉ!!』

 パーン!『あぁ……』

 芯を捉えた神山の当たりは、惜しくもセカンドライナー。西島ベンチの歓喜は、一瞬でため息に変わった。

 しかし、完璧に捉えた打球に西島ベンチはイケイケだった。打った神山も、悔しがる素振りはない。ベンチへ戻りながら、ネクストの村石(むらいし)へ檄を飛ばす。

「村石、やはりタイムリミットはない!いけるぞ」

「あぁ!任せろ」

 そして六番の村石が打席に立ち、「こいやー!」と叫んで構えた。その時だった。村石の表情が、突然曇る。

(なんだ?今、国井が笑ったような気が……)

 村石は、キッと歯を食い縛ってマウンドを見る。

(今は名京のリミットは関係ねぇんだ!迷うな!)

 カキンと完璧に捉えた打球に、村石は「よし!」と声を漏らす。しかし、またもや打球は野手の正面。村石はショートライナーに倒れた。

(当たりは完璧だった。打った瞬間抜けると思ったが、神山にしても俺にしても何かがおかしい……)「ハッ!?」

 ベンチへ戻る村石が閃いて立ち止まったその時、ネクストの鶴岡(つるおか)が笑顔で近づく。

「いい当たりだったな」

「鶴岡……」

「どうした?俺は誉めたんだぜ?」

 村石は、ホームに立つ国井に目を向ける。

「準決勝だ……。この回、俺たちは幸崎(こうさき)を相手にしてるような、そんな感じがするんだ」

「幸崎?まさか、国井がリズムリミッターのようなマネをしているのか?」

「あぁ。とにかく鶴岡、初球は捨てろ。いいな?」

「わかった」

 鶴岡は、半信半疑でバッターボックスへと歩き出す。

(神山に村石。アウトにはなったが、二人ともヒット性のライナーだった。この結果が、リズムリミッター幸崎のように、国井に打たされたと言うのか?タイムリミットは切れたはずだ……)

 打席に立った鶴岡は、村石の指示通り初球を見逃す。

「ストライク」

「ふぅ……」と息をついた鶴岡は、名京ナインの守備位置を確認した。

(初球と特に変わらない。竹橋のボールも浮いていない。本当に村石の言う通りなら、俺もバットを出せばライナーで打ち取られるのか?)

「ストライクツー」

 二球目もバットを出せなかった鶴岡に、キャッチャーの国井が返球しながら話しかけた。

「異変を感じたのなら教えてやる。今の竹橋の球は浮かない。だが、お前はセカンドライナーで終わる」

「なにっ!?」

 鶴岡は、「キッ」と歯を食い縛って構えた。

(国井……俺が振れば、セカンドライナーでアウトになるだと!ふざけるな!)

 そして、チラっとセカンドの位置を確認した。

(定位置か。それなら……)

 三球目を竹橋が投げた。真ん中のストレートに、鶴岡は左へ引っ張るつもりでスイングに入る。

(これでどうだ!……なっ!?タイミングがズレている!)「くっ!」

カキン! パーン!

(やられた……)

 鶴岡は、国井の予告通りセカンドライナーに倒れた。悔しがる鶴岡に、国井は「そういうことだ」とベンチへ下がった。

「くそっ……」と呟いた鶴岡は、下を向いてベンチへ下がった。

(タイミングがズレて引っ張れないと気づいた時、合わせに行ったのは俺の方だった。しかし村石が言った通り、それが国井の狙い……。幸崎は逆にタイミングを合わせてくるからこそ、打球はセンター方向へ飛んだ。結果的に、国井と幸崎は似て非なるものだったが……)

 鶴岡は、歩きながら一・二塁間を見た。

(瞬時にセカンドの位置が変わっていた。名京の鍛えられた守備があってこそ可能になる、国井の計算上のプレーだったのか)

「さすがは名京守備陣!ってところですね」

 鶴岡が顔を上げると、隣にネクストの遠矢(とうや)が立っていた。

「あぁ。完全に国井と守備陣にやられたな」

「そうですね。でも、面白いものが二つ見れましたよ」

「なに?」

「はい。一つは、竹橋さんに特化した名京守備陣のポジション取りです。それと……」
「待て!守備位置の変更は、国井のサインじゃないのか?」

「僕もそう思ったんですけど、おそらく三年間共に積み重ねた経験と、それに合わせて国井さんのタイムリミットが新たな限界を超えたようですね」

「なにぃ!?国井は一奥に抑えられ、タイムリミットは切れたはずだろ?」

「はい、これが二つ目です。確かにこの守備はタイムリミッターの国井さんの影響ではありますが、サインではありません。個々が感じ、いい当たりが野手の正面へ飛ぶように操られています。例えるなら、完全試合が達成される時によくある現象ですかね」

「そうか……これは国井にとって待ちわびた嬉しい誤算なのか。だから嬉しそうに、俺にわざわざヒントを……」

 その声を聞き、遠矢は微笑んだ。

「名京も、この瞬間に成長しているってことですね」

 二人は話ながら、三塁ベンチへと下がった。ベンチについた遠矢は、座ったまま動かない一奥を見る。鶴岡も一奥を見て状態を把握すると、「ああ」とバットとヘルメットを片付けた。

 そして、一奥がゆっくり立ち上がってマウンドへ歩き出す。その足取りは重かった。

「みんな、頼むぜ……」

 それでもマウンドを降りる気のない一奥の背中に、西島ベンチは檄を飛ばす。

「負けるな!一奥」
「お前ならやれる!」
「自信を持っていけ!」

「よし!いくぞー!」

『おっしゃぁ!!!』

 キャプテン神山の声に続き、次々にメンバーたちの声が一奥の背中を押した。

 ナインが飛び出していく姿に、トラストリミッターの紀香(のりか)監督は「フフッ」と微笑んだ。

(セレクションを思い出すわ。一奥(あのこ)は自分で決めるまで、絶対にマウンドを降りない。ホント、野球バカは大変ね……。私との勝負、忘れないでよ……)

 一奥がマウンドへついたその時、腕組みをした紀香監督が立ち上がって叫んだ。

「一奥!」

 ロジンを手に取った一奥が、紀香監督を見る。二人は微笑み合った。

(わかってるよ、監督。俺は名京を倒して、監督も倒す。そして皆と甲子園へ行く!)

スポンサーリンク