西島守備陣の副産物再び

 試合は4-4。

 同点となった四回の裏の名京(めいきょう)高校の攻撃へと移る。この回先頭の五番竹橋(たけはし)は、右手でバットを引きずりながら歩いて打席に立った。

 その姿を、ピッチャーの一奥(いちおく)は数回屈伸をしながら見つめていた。一奥と目が合うと、構えた竹橋は一気に集中力を上げる。マウンドの一奥は、鋭い目つきで叫んだ。

「お前は杉浦先輩に九連続で止められた。俺はお前を超える十連続三振をもらうぜ!」

「ケッ!生意気な。させるかよ」

 挑発に乗った竹橋だったが、初球のストレートを大振り。その勢いで尻餅をついた。

「どうしたよ?フラフラじゃねぇか」

 一奥は、ボールを取りながら挑発を返す。しかし竹橋は、間を開けてゆっくり立ち上がった。

「クソが……。てめぇが138キロなんてふざけたストレートを投げるからだ。本気で来い!」
「なに?」

 一奥が二球目を振りかぶる。

「へっ。誰に何と言われようと、俺はいつでも本気なんだよ!」

「くっ……」

「ストライクツー」

 見逃した竹橋は、バッターボックスを一度外して軽くスイングを開始。表情は冴えなかった。

(また138……どうやら、マジでノーリミッターがぶっ壊れたようだな。だが当たらねえ。この限界(リミット)リミッター野郎の仕業か。ムカつくが、これが今の俺の限界だと言いたいのか……)

 再び打席に立った竹橋が、キャッチャーの遠矢(とうや)をにらむ。

「おい限界(リミット)リミッター。お前の思い通りにはさせねぇからな」

「そうですか?竹橋さん、試合はまだ四回ですよ?」

「うるせぇ。それは俺でなく一奥(あいつ)に言え」

 竹橋はバットを構え、遠矢はミットを構えた。強気にとぼけた遠矢だったが、厳しい表情の額に汗が流れる。

(確かに竹橋さんの言う通りだ。名京には、まだ斜坂(ななさか)がいる。それにタイムリミットがない今、一奥への負担を最小限にしたいのが本音……)

「いくぜ竹橋!これで十連続奪三振だぁ!」

 三球目を投じた一奥の球に、遠矢は思わず眉を上げた。

(一奥!?この球は、完全に竹橋さんの今の限界を超えてるよ!)

「負けられるかぁ!!」

 吠えた竹橋の出したバットが、遠矢の視界からボールを消した。その瞬間、意地の一打は快音を残す。

「やるじゃねぇか。さすがクライシスリミッターだ」

 一奥は両手を膝に置いたまま、三遊間を抜けた打球を見て微笑んでいた。打った竹橋が一塁をオーバーランする中、遠矢は電光掲示板を見ていた。

(やはり143キロ。このままでは、本当に一奥がもたない……仕方ないな……)

 遠矢はニコッとし、西島(せいとう)ナインを見渡す。その笑顔につられるように、それぞれが遠矢へ笑顔で頷いた。そして、タイムをかけた遠矢は一奥の下へ走る。

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裏付けられた奇襲

「一奥。ここから限界を下げるよ」

「へ?」

 その声に、一奥は首をかしげた。

「いいのか?遠矢。さらに打たれるぞ?」

「大丈夫だよ。ここは思いっきり野球ができる、いつものグラウンドと同じだからね……」

 そう遠矢が空を見上げると、一奥も入学からの数ヵ月を思い出すように空を見上げた。

 毎日毎日、心地よい緊張感の中で行われた勝負の数々。二人がバッターの限界で打たせたその経験は、誰よりも生きた打球を取り続けた野手陣へも自然に還元されていた。

 その日打てなかったバッターは、悔しさから他のバッターにもヒットを許すまいと必死の守備を見せる。その必死な守備を破ろうと、バッターはさらに集中力を上げる。

 その積み重ねは、西島守備陣を名京守備陣に劣ることなく成長させた。それをよく知る一奥と遠矢は、大会に入って初めて相手の限界を下回る投球の選択をした。

 だが、同点に追いつかれた名京高校にとって、この回は九回と同じ。消耗している一奥に、名将藤井は隙を見せない。

 六番バッターへの初球、サード村石(むらいし)を狙ったセーフティが決まる。強打には強い村石だが、基本的にバッティング中心の西島高校は、練習中にバントをするメンバーは限られる。西島守備陣のバントに対する弱さは、奇襲を仕掛けた藤井監督に一球で見切られていた。

(やはりあのサード。バントに対する俊敏性はない。ピッチャーの斉藤が走る可能性が低い今、こうなるのは当然の結果だ)

 ノーアウト一、二塁。

 
 七番バッターの送りバントの構えに、ファーストの杉浦は前進守備を取る。

 一奥が初球を投げたその時、杉浦はダッシュ。しかし、その足を途中で止めた。攻撃のリミットがない名京は、堅実に西島守備陣の弱点を突いてきた。

 細かい野球による、連携ミスを誘うバスター。放たれた打球は三遊間へ飛び、サードの村石は一歩も動けない。

その時、ショートの神山(かみやま)がボールを追いながら叫んだ。

「村石!サードだ!」

 その声に、村石は素早くベースカバーへ入る。

 スライディングキャッチしたショートの神山が、サードへ投げてアウト。迷わず村石はファーストへ送球。しかし、それを見た一塁ランナーが(送球ミスだ!)と二塁を蹴る。

 前進守備の杉浦は、鈍足であり帰塁が間に合わない。セカンドの仟は、カバーで二塁塁上にいる。

 しかしここで、西島守備陣の常識にはまらない意外性が発揮された。

 バントの構えに前進守備をしていたライトの鶴岡(つるおか)が、村石の送球をダイビングキャッチ。そのまま一塁ベースをタッチし、すぐさま三塁へ送球した。

 村石は、バッテリーを組み続けた鶴岡が間に合うと信頼をして投げていた。返ってくる送球に、村石はニヤリと笑った。

(さすが、俺の相棒鶴岡だぜ!)

 村石の構えに、スライディングをした一塁ランナーの表情が曇る。

「ハッ!」(なぜだ!?なぜボールがここにくる……?)

 三塁タッチアウトになった一塁ランナーは、呆然と一塁方向を見た。

「驚いたようだな。あいつはライトだ。お前らの常識で、俺たちを計るな」

「くっ……」

「アウトー!」

『ウオォォォォ!!』

 まさかのトリプルプレー炸裂。大観衆は興奮し、西島守備陣に拍手が送られる。

 キャッチャーの遠矢は右拳を握り、一奥はニヤッとマウンドを降りた。ピンチを切り抜けたナインは、笑顔で寄り添いながらベンチへ走る。そして、ベンチ前では迎えた控えメンバーたちとのハイタッチの嵐だった。

国井の挑戦

 このシーンに、名将藤井はこの試合初めて悔しさをにじませた。振り返って紙コップを手に取ると、麦茶を一気に飲み干してコップを静かに握り潰した。

 再び振り返って元の立ち位置へ戻った時には、何事もなかったかのように振る舞う。

 しかし、心の動揺は隠せなかった。一部始終をベンチで見ていた国井は、ゆっくりと立ち上がって藤井監督の前に立つ。

「監督、心配いりません。奴等は時間の問題です」

 藤井監督は目を閉じた。

「だと、いいがな……」

 国井は眉間にシワを寄せたが、その真意はわからなかった。

「国井。タイムリミッターのお前ならわかるはずだ。この流れ、トラストリミッターが動くぞ」

「監督。それは何が起こるとおっしゃるのですか?ノーリミッターが物理的限界を超えた今、そこまで驚異には感じませんが」

 藤井監督は、言葉を選ぶように帽子を取って髪をかきあげ、再びかぶった。

「私は、お前に任せると言ったな?」

「はい」

「ならば、これは甲子園制覇の前に経験しておく壁なのだろう……」 

 その言葉に、国井は嬉しそうに微笑んだ。

「フッ、面白いですね……。監督は止めない。これは、トラストリミッターの俺に対する挑戦と受け取りますよ」

 国井は駆け足でホームへ向かった。

 そして西島ベンチの騒ぎが収まった頃、藤井監督がこの回のキーマンに上げた紀香監督が厳しい表情で口を開いた。

「神山君、始めなさい……」

「監督……わかりました」

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