試合を決めるST打線
真剣な眼差しの紀香(のりか)監督の指示で、キャプテン神山(かみやま)を中心に円陣を組む西島(せいとう)高校。その姿をビップルームから目の当たりにした愛理(あいり)は、「この感じは……」と腰を浮かせた。
「愛理君?どうしたんだ?」
隣に座る野崎(のざき)が聞く。
「いえ。ただ、西島高校の四回戦で今と似たシーンを、スタンドから見たのを思い出しまして」
「ほぅ、似たシーン?詳しく聞いていいかな?」
「はい」
愛理はビップルームにいる三人に、四回戦の逆転の真実を話し始めた。
「私があの時、感じた事は以上です。紀香監督がトラストリミッターと確信した今、ここから怒涛の反撃が始まります。この試合、西島高校は勝てるかもしれません」
その時、西島理事長が深刻そうに口を開いた。
「そうか……すまない愛理君。その話が本当なら、紀香の想いはそこにある」
反応したのは野崎だった。
「一(はじめ)。お前まさか……」
西島理事長は、野崎の目を見てうなずいた。
「斉藤一奥は、すでに壊れているかもしれない……」
その声に、愛理が「え?」と驚く。静かに話を聞いていたトラストリミット先人の上村(かみむら)GMは、軽くため息をついた。
「西島君の言う通りです。紀香監督の想いは、私と同じくチームに反映されるようですから」
野崎は、「GMまで……それでは本当に一奥(あいつ)は……」と頭を抱えて座る。「あのバカ……」と呟いた愛理は、いてもたってもいられず(一奥……)とビップルームを飛び出してスタンドへ向かった。
そして西島ベンチの円陣から、この回先頭の遠矢が打席へ向かう。
西島紀香対国井定勝
五回の表。
笑顔で打席に立った遠矢に、キャッチャーの国井が話しかける。
「随分と楽しそうだな。これから起こる奇跡に、期待しているのか?」
余裕の表情を浮かべる国井に、遠矢は苦笑いをした。
「あはは……国井さんにはお見通しなんですね。今僕は国井さんのような……」
遠矢は自信満々に構えた。
「絶対王者になった気分でいますよ」
「そうか……」
国井がミットを構える。
(一体何が起こるのか……?試させてもらう!)
ピッチャーの竹橋(たけはし)が振りかぶり、ストレートが投げ込まれた。すると、国井の眉が突如上がった。
(この感覚は……)
国井は、遠矢のスイングがどんな球でさえ弾き返すイメージに襲われた。そしてそれは、現実になる。
遠矢の打球は、あっという間にセンター前へ抜けていった。
盛り上がる西島ベンチに、一塁ベース上の遠矢も右手を上げて応える。しかし、国井は落ち着いた表情のままだった。
(超のトラストリミッターが起こす奇跡……正にチームが1つになった時、その力は最大限に発揮されるというのか……。監督はいい経験だと言ったが、気分が良いものではないな)
国井が下を向いて考える中、九番の一奥が打席へ歩いてきた。
「さてと、俺も遠矢に続くぜ」
一奥がバットを構えようとしたその時、国井は「ククッ」と笑った。その声に、一奥が振り向く。
「ん?何がそんなに面白いんだ?」
「俺の事はいい。それよりお前、元気そうでなによりだ」
「まぁな」
一奥は数度ジャンプし、打席でルーティーンを始めた。
「これが超のリミッターの影響力ってやつなんだろ?お前ら卑怯だぜ。マジで打てる気しかしねぇ」
「ならば、お前も打てばいいさ……」
「はぁ?」
一奥は、面白くなさそうにバットを構えた。
(国井の余裕は気に入らねぇが、今チームはイケイケなんだよ!) 「うらぁ!」
打球はライト前へ。一塁に到達した一奥は、国井に向けて「見たか国井!これがS(西)T(島)打線だ!」
しかし、国井は微動だにしない。まるで完全に一人の世界に入っている様子だった。その視線は、一奥ではなくピッチャーの竹橋に送られていた。
(竹橋……ついに肩で息をし始めたか。この強烈なプレッシャーの中だ。無理もない……)
しかし国井はタイムをかけず、静かにスッと座る。そこへ、一番の要(かなめ)が打席へと歩いてきた。
「よくわかんないけど、力が沸いてきたぁ!」
笑顔で構える要を見ても、国井は流れのままに任せた。竹橋は力をふりしぼってストレートを投げ込むが、要はあっさりライト前へ弾き返す。
「うわぁ、すごー!」
たった三球で三連打、ノーアウト満塁。
ピンチでもマウンドへ行かない国井を、打席へ向かう仟(かしら)は不思議に見ながら打席へ向かう。だが、同時に高まる思いも生まれていた。
(国井さんが動かないのは不気味だけど、今は何が来ても打てる気がする。やっぱり紀香監督は、凄い人だった。これが四回戦を勝ち抜いた、先輩たちが見せてくれた力……)
仟も初球から打ちに行く。
(木村監督とは違う、紀香監督の作った新しいST打線なんだ!)
打球はセンター前へ抜け、遠矢がホームイン。再び西島高校が逆転した。が、
それでも国井は動かない。
続く白城・杉浦・神山・村石にも連打を浴び、試合を決めるST打線はノーアウト満塁のまま繋がり続けた。
しかし西島ベンチは、5点差になっても動かない国井と藤井監督を不気味に感じ始める。そして徐々に盛り上がりを失った。
名京高校側に異変が起きたのは、続く七番の鶴岡がレフト前へヒットを打ったその直後だった。
6点差となり、ついに国井が球審にタイムを要求。ゆっくりと竹橋がいるマウンドへ向かうと、両手を膝につく竹橋のスタミナは限界だった。
「寄るな国井!俺は変わりたくねぇ。このままやられっぱなしで、夢にうなされるのはゴメンだ」
「気にするな竹橋。ここまで打たれたのは、お前の力不足ではない。トラストリミッターの力が本物だっただけだ」
「なに?これがトラストリミッターの力だと?聞いた話と違うじゃないか」
「俺も、この結果は予想外だったよ」
竹橋と国井は、三塁ベンチで腕組みをして座る紀香監督を見た。
「超のリミッターか。結局あの女監督のリミットはなんなんだ?訳がわからねぇ」
「そうだな。藤井監督から忠告を受けてはいたが、正直攻撃でここまでやられるとは思わなかった」
「チッ。だがお前は、それに気づいていながら連打を見過ごしていたんだろ?ならトラストリミット対策は、わかったんだよな?」
「いや。それは初めからわかっている……」
「なに?」
ストッパー斜坂
国井は、一塁側ブルペンで投球練習をする斜坂(ななさか)を見た。その姿に、竹橋はニヤッと笑ってベンチへ歩き出す。
「そういうことか。国井、甲子園で星見(ほしみ)を倒すのは、ストッパーではなく俺だというの事を忘れるなよ」
「あぁ」
竹橋は歩きながら、後ろ向きでポイッとボールを国井へ投げた。フワリと落ちてくるボールをパシッっと受け取ると、マウンドへ斜坂が走ってきた。
「国井さん。この試合大丈夫っすか?6点差っすよ?」
「フッ。わざとらしいんだよ、お前は」
「あれ?やっぱりバレましたか。アハハ」
国井は、ふざけた斜坂の帽子のつばをミットで叩いた。そしてマウンドを去る。
「ノーサインで行くぞ、ストッパー」
その言葉に、ニヤリと笑った斜坂は乱れた帽子を直す。その視線は、打席に立つ八番の遠矢に向けられた。
「おい遠矢!ついに俺がマウンドに上がったってことは、どういう意味かわかってるよな?」
「もちろんだよ」
遠矢は、バットの先を斜坂に向ける。
「斜坂。今日こそピースパームを打たせてもらうからね」
「それは無理な注文だ。全然笑えないし、ブログのネタにもならないな」
そして、戻った国井がホームへと座る。
「斜坂は、全てのリミッターを止めるストッパー……。お前には酷な知らせかもしれないが、俺はあいつの球を一度も芯で捉えた事はない。トラストリミットは、ここで止まる」
「でしたら、挑戦させてもらうだけですよ」
「プレイ」
球審の手が上がり、斜坂はノーアウト満塁の場面で振りかぶった。
(打てるもんなら打ってみろ!遠矢!)