新たなタイムリミット

 仟(かしら)の打球は、綺麗な放物線を描いてバックスクリーンへ飛び込んだ。点差は7となり、ついにスコアは西島高校リードの11対4となった。

 一塁を蹴った仟は、両手で小さく喜びを噛み締めるようにガッツポーズをする。

(やった……本当にピースパームを捉えたんだ!)

 ホームランで盛り上がる西島(せいとう)ベンチ。しかし、一人だけ浮かない顔をする紀香(のりか)監督がいた。

(確かに仟はピースパームを完璧に打った。そして、国井君の心に動揺があったのは間違いない……なのに)

 紀香監督が国井を見つめる。

(あの土下座のような姿が、敗者のそれではない気がするのはなぜ……?)

 三塁を回った仟がホームヘ近づく。すると国井は、仟を待っていたかのようなタイミングで面を外す。目は閉じられているが国井の口元はニヤリと笑っていた。

(そうさ……あの時も、これで良かったんだ……)

 不気味に感じた仟がホームイン。それを見届けた国井は、スッと立ち上がってタイムを要求した。

 ゆっくりとマウンドへ向かう国井。その姿をジッと見ていた仟の下へ、ネクストの白城(しらき)が歩み寄る。

「気にするな、仟。この勝負はお前の勝ちだ」

「でも……あっ!?」

 白城は、仲間のベンチへ送り出すように仟の背中を笑顔で押した。

「今は素直に喜べ!」

「白城さん……はいっ!」

 仟は歩く白城の背中に微笑み、三塁ベンチへ戻って笑顔でハイタッチを交わした。

 そして、国井がマウンドに着いた。怒られると感じた斜坂(ななさか)は、グローブで顔を隠した隙間から様子を伺う。

「斜坂……」

「はっ、はいぃっ!」

 国井の気迫が潜む低い声に、斜坂は両手を下げてピッと背筋を伸ばした。直視出来ずに上を向いていたが、立ち止まった国井は黙ったまま。気になった斜坂は国井を見ると、頭の中で嬉しそうに考えを整理するその姿が映った。

(打たれた経験……。常に強者でいると自分に誓ったが為に、皮肉にも俺に足りなかったものが負けを認める潔さだったとはな……)

「あのー、国井さん?」

「フッ。斜坂、タイムリミットは新たな段階へと限界を超えた……」

「え?それはどういう意味で……」
「お前はいつも通りでいい。ここから俺は、野球の偉人たちさえも抗えなかった、絶対領域のタイムリミットを始める」

「ぜ、絶対領域ぃ?」

「そういうことだ……」 

 驚いた斜坂に背を向け、国井はマウンドを去る。

(俺は星見との敗戦を認めなかった。実力では負けていない、俺なら次は必ず勝てると思い込んでいた。しかしあの敗戦は、そんな自分自身が導いた結果だったのだ。星見を抑えれば勝てる……か。この夏も、同じ目にあう所だったな……)

 ホームヘ戻った国井は、意気揚々と素振りをする白城と目を合わせる。

「国井さん。悪いが俺も、借りを返させてもらうぜ」

「フッ……俺がお前に、何かを貸した覚えはない」

 国井は座り、白城は打席に立った。そして球審のタイムが解かれ、国井はミットを構える。

(全力で抑えられないのなら、潔く負ければいい。それが俺独自の、新たなタイムリミットへのトリガーだったのだ!)

 初球、斜坂はピースの握りからストレートを投げた。白城はスイングに入る。

(パームではなくストレート?)「ナメるなぁ!」

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最高で最悪のリミット

「ファール」

「チッ……」

 舌打ちした白城の心は、白城を試した国井には筒抜けだった。

(本音はパーム狙いだろうが、こいつは現状を把握している。今は斜坂との勝負より、試合に勝つ為に打てる球を逃さない考えだ。しかし、捉えたつもりの球がファールになった。トラストリミットが残るダブルリミッターのお前には、この結果はショックだろう)

(くそっ。初球からピースパームで来ると予測していた分、スイングが遅れちまったのか?にしても、何かおかしいぜ……)

 迷った白城が打席を外す。すると、国井も面を外して立ち上がった。

「トラストリミット……厄介なリミットだが、プレーをしない者の力など、グラウンドではさほど驚異ではない」

「なにぃ!?」

 国井は、面を付け直して座った。白城は怒りをぶつけるように、ブンと一度フルスイングをして打席へ戻る。

(驚いたぜ、国井。アンタはウチの連打をストッパーで止め、同時にトラストリミットも止めたと思わなかったとはな。その上でこの自信……面白れぇ!)

(西島白城。その中途半端な賢さが、今は逆に命取りだ)

 すると、国井がボソッと呟く。

「ここから全てパームだ」

(なにっ?)

 白城は気をとられたが、すぐに振りかぶる斜坂へ目を向ける。

(ここから全てピースパーム?だが国井は、俺がダブルリミットだとわかった上で予告している……ムカつくぜ!)

 二球目。国井の予告通りピースパームが投げられた。白城はパームだとわかった瞬間、「くっ」と声を漏らす。

(マジでパームかよ!なら国井。その伸びすぎた鼻を、もう一度へし折ってやるぜ!)

 白城がスイングに入った。

(一点に集中しろ……。バットに当てれば、つまっても先っぽでもどこでもいい。フルスイングで内野の頭を越えてやる……ここだ!ここからボールが落ち……)

「ストライクツー」

 空振りした白城は、思わず右膝を着いた。その表情は、驚きを隠せなかった。

(なんだ?今のは。ピースパームが……落ちない!?)

 キッと国井を睨む白城。だが国井は、涼しい顔で返球した。

「その顔は意外だったか?お前なら、初球のファールで気づくと思っていたがな……」

「チッ、そういうことかよ」

 立ち上がった白城は、ホームベースにバットを叩きつけた。しかし構えた両手は、恐怖でわずかに震えていた。それを抑えるように、白城はグリップを強く握る。

(こいつはタイムリミットだ……間違いねぇ。だが、いつどんな条件で国井が発動させたって言うんだよ!)

 白城が迷う中、三球目のピースパームが投じられる。

(くそっ、凡退するイメージが消えねぇ。俺自身も、この一瞬で限界を超えるしかねぇのか!)

 白城は、一瞬で集中力を高めた。そしてスイングに入る。

(落ちやがれ!このピースやろう!)

 パーン。「ストライクバッターアウト」

「くそぉ、また落ちねえのかよ……」

 再びバットを叩きつける白城。そしてホームを後にした。

(考えられる条件は、仟のホームランしかねぇ……。だとすれば、ウチが点を取れば国井のタイムリミットが発動するって言うのか?……マジで……最悪じゃねぇか)

 唇を噛みながら戻るその姿に、ネクストの杉浦(すぎうら)は声をかけなかった。そのすれ違い様、白城はボソッとアドバイスした。

「タイムリミットっすよ。おそらく最高の……」

「むっ?」

 杉浦は一瞬立ち止まったが、再び歩いて打席へ向かう。

(俺にはよくわからないが、来た球をおもいっきりぶっ叩くだけだ!)

 そして杉浦は、弁慶打法の構えを見せた。

抗えない流れ

 白城を三球三振に取った斜坂は、いつもの調子を取り戻していた。

「ま~た弁慶かぁ?いいけどさ、今度はそこで踊るだけだぞ?」

「むっ。いいから来い!」

 杉浦は挑発に乗らなかったが、初球のパームを見送る形になった。

「ストライク」

「むむむ……」

 杉浦の苦しむ様子に、国井は過去の自分を重ねていた。

(全身に無駄な力が入っている。打たなければならないという心境は、後ろ向きの焦りを生む。その結果、試合の流れを手放す事に繋がる。流れを無理矢理変えるのではない。そのまま流れに乗ればいいのだ……)

 二球目。杉浦は弁慶打法のバントの構えのまま、空振りを奪われる。

「ふん……」

 杉浦は構えを戻した。だが、今の国井に立ち向かう策はなかった。

 三球目のピースパームが投じられる。国井は勝ちを確信した。

(ピンチの後にチャンスあり!このタイムリミットには、誰も抗えはしない!)

 杉浦は必死に食らいつく。

(クネクネくねくね……)「うらぁ!」

「ストライクバッターアウト」

 「ぐぬぬ……」

 杉浦は、吠える事なく静かに打席を後にする。完敗の結果を、認めるしかなかった。

(全くバットに当たる気がしなかったな……)

 ある意味サッパリしている気分の杉浦に、深刻な表情の神山(かみやま)が近寄る。

「白城が言っていたが、これは本当にタイムリミットなのか?」

「わからない。俺は打てる気がしなかった」

 バットを担いだ杉浦がベンチへ下がる。打席へ向かう神山の足取りは重かった。

(あの杉浦が悔しがらないとは……そこまでとんでもない球なのか?今のピースパームは)

 初球・二球目と、神山は見逃した。見た目は様子を伺うように思えたが、内心は全く違った。

(ダメか。どこへバットを出せばいいのか全くわからない。空振りするイメージしか沸かないのか……)

 それでも神山は、必死にバットを出した。

(とにかく当たれ!当たってくれー!)

 しかし、無情にもピースパームはストンと落ちた。

「ストライクバッターアウト」

「くっ……ここまで何も出来ないものなのか……」

 震えるバットを見つめる神山の姿に、国井はベンチへ戻りながら手応えを感じていた。

(これがピンチから始まるタイムリミット。そして斜坂のベイグネスリミットから放たれるピースパームは、存在しない無制限のストッパーと同等のダブルリミッターとなった。反撃開始だ!)

 そんな国井を前に、ベンチの藤井監督が動く。

「(ここか……)。平勢(ひらせ)、行くぞ」

「はい」

 そのやり取りを見た国井は、うなずきながらベンチへ座ってレガースを外した。球審へ自ら代打を告げる平勢を見ながら、腕組みを崩さない藤井監督が国井に話した。

「突如現れた柔のブレイクリミッターによる、最悪と思われた想定外。しかし、お前は更なるタイムリミットを手に入れるきっかけに変えた。私の読みは、年々衰えているのかもしれない……」

「監督。試合の流れ自体は、初めから何も変わっていません」

「そうか。ならば勝負を選んで打たれたお前の判断が……」

 藤井監督は微笑んだ。そしてこの試合、初めてベンチへ腰をかけた。

「全国制覇への道しるべという訳か……」

 藤井監督の視線が鋭くなる。その見つめる先には、投球練習をする一奥の姿があった。

「気の毒だが、トラストリミッターの奇跡もここまでだ。一奥(やつ)が壊れるのが先か、それとも試合が壊れるのが先か……いずれにせよ、名京が止まる事はない。終わらせろ、国井」

「はい……」

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