猛攻と衰退

 六回の裏。

 進化した国井(くにい)のタイムリミットにより、試合の流れを掴んだ名京(めいきょう)高校。ここでついに、切り札であるリードリミッター平勢(ひらせ)を代打に送った。

「すみません、代打の平勢です」

「平勢君ね」

 小柄で人見知りのような顔の彼にニコリと応えた球審は、三塁ベンチへと走る。

「名京高校、代打平勢君!」

 紀香(のりか)監督は、「はい……」と返事をしながらキャッチャーの遠矢(とうや)へと目を向けた。そして三塁ベンチの様子を見ていた遠矢に、紀香監督はにこやかに頷く。

 その表情に、マウンドへ顔を向けた遠矢は目を閉じて一息ついた。

(好きにしなさい……か。点差は7……今は国井さんのタイムリミット中……そしてバッターはリードリミッターの平勢さん……出塁すれば、盗塁成功率は驚異の10割。さらには、国井さんと同じくチームに影響を与える超のリミットプレイヤーになる……)

 バチンというミット音の後、遠矢はセカンドへ送球。足場を作る平勢が左バッターボックスでバットを構え、球審の「プレイ」がかかった。

 しかし、バッテリーはリードリミッター平勢をストレート二球であっさり追い込む。だが遠矢は表情を崩さない。それは平勢も同じだった。

 平勢は、決して野球センスに恵まれているとは言えない選手だった。彼が名門高校で生き残った方法は、鍛え抜いた選球眼と俊足を飛び抜けた武器としたからだった。

 追い込んだキャッチャーの遠矢は、(ここからだね……)とミットをポンと叩いて気合いを入れ直す。

 三球目、バックネットへのファールで粘る平勢。ストライク先行のバッテリーだが、ここから徐々にファールが減ってカウントが悪くなり始めた。体力的に追い詰められる一奥。その制球が乱れた、フルカウントからの12球目だった。

「ボール、フォアボール」

 球審の顔が横に振られる。外角ギリギリのきわどい球に、遠矢は仕方ない様子で一奥を励ますように頷いた。

 しかし、タイムを要求してマスクを外した遠矢の眉間が一瞬寄る。その目が捉えた電光掲示板には、平勢にフォアボールを与えたストレートの球速が149キロと表示されていた。

 平勢は一塁へ向かい、すぐに気持ちを切り替えた遠矢はマウンドへ走った。

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忘れていた異変

「悪い、遠矢」

「ドンマイ一奥。切り替えていこう」

「でもさ、平勢(あいつ)は塁に出しちゃいけなかったんだよな?」

「うん、そうだね。平勢さんはリードリミッターだから、ここは間違いなく走ってくるよ」

「だよな……にしても、俺の真っ直ぐがホームベースから逃げるように曲がってなかったか?最後も俺は、入ったと思ったんだけどなぁ……」

 少し不満な様子の一奥。遠矢は、うつ向きかげんで思い出すように返事をした。

「……確かに。一奥の言う通り、ボールの方が平勢さんの思いを援護しているようだった。僕も、これがタイムリミットの影響だと確信させられたよ」

「やっぱ国井か……」

 一奥は頷き、二人はネクストへ淡々と歩く国井を見つめる。そのキリッとした目が二人に向けられた瞬間、二人の全身に脱力感を与えるような電撃が走った。遠矢は思わず国井から目を逸らし、一奥は参ったような表情で下を向くしかなかった。

「……へへっ、マジかよ」

「一奥……」

「いよいよ、本気のタイムリミットが牙を向いてきたな」

 一奥は、左手を見つめてギュっと握る。拳を開いては閉じ、何度も握り返されたその時だった。それを見ていた遠矢は、数秒間視界を失う。

(え……?)

「ん?なんだ?遠矢」

 視点が合わない遠矢を、一奥は気にかける。だが遠矢は、サッと逃げるように振り返ってマウンドを後にした。

「何でもないよ。とにかく一奥、ここは最小失点で切り抜けよう」

「あぁ……」

 軽く首をかしげる一奥。かけ足でホームへ戻る遠矢に、交代で三番に入った斜坂(ななさか)がニコニコしながらバッターボックスから声をかけた。

「おい遠矢。どっちが勝ってるのかわからねぇような、いい表情してるじゃないの。ま、気持ちはわかるけどな……って、ん?」

 しかし、遠矢は無言でマスクを付けて座った。(なんだよ……)と、イマイチ面白くなさそうな斜坂だが、バットを構えて気持ちを切り替え、すぐニヤリと微笑んだ。

(そんな余裕なし、絶望してだんまりか。この後、平勢さんが盗塁を決めればウチは超のダブルリミット発動。この回マジで、西島高校は終わりだからな……)

 一奥が初球を投げた。平勢は当然のごとくスタートを切る。しかし、ボールはホームベースの手前で大きくワンバン。遠矢は体で止めて前へこぼした。

 平勢は、ホームを見ながら悠々二塁に到達。

 バッテリーは、あっさり盗塁を許してしまった。ボールを拾って一奥へ返す遠矢を、これまた面白くなさそうな斜坂がじっと見ていた。

(らしくねぇ。何も出来ないとはいえ、ワンバンじゃ余計に平勢さんを刺せない。少しは抵抗しろよなぁ。まぁ、ここから何か考えてくるかもしれないし、めんどくさくなる前に俺は俺の……)

 斜坂が二球目を完璧に流し打ち。

(役目を果たしましょーかね!)「うりゃ!」

 打球は、セカンドの仟が一歩しか動けず諦めるスピードでライト前へ。ライトの鶴岡(つるおか)はバックホームを試みるが、二塁ランナー平勢はゆっくりとした足取りで三塁に止まった。

「チッ……(あくまで国井のタイムリー狙いか!)」

 鶴岡が仟へ返球し、場面はノーアウト一・三塁に。得点圏でわざと止まった平勢を目に、得点圏打率10割のタイムリミッター、四番の国井が気合い十分で打席へと歩く。

(点差は7……舞台は整った。この流れは止められない。さぁどうする……?)

 国井は一定のルーティーンを行い打席に立つ。そっとバットを構えただけだが、あまりのプレッシャーに一奥は一つ大きく息をつく。そしてセットに入った、その瞬間だった。

三球勝負

 一奥の目に、この試合ノーサインでストレートのはずの遠矢からおもむろに送られたサインが映る。それを見た一奥は、鼻から微笑むように息を漏らしながら投球モーションに入った。

(キツイけど、確かにそれもストレートだったな!)

 一奥の左腕が振り抜かれた瞬間、国井の視線が上へと変わる。

(天上ボール……なるほど)

 国井は球筋をなめるように見逃し、ストライクがコールされる。そしてリズム良く返球する遠矢を見た。

(ピッチャーが疲れているとはいえ、コイツが天上ボールで今の俺を抑えられるとは考えていない。だがこれは、カウントを稼ぐ為の奇襲でもない……)

 国井は、二球続いた天上ボールを見逃して追い込まれた。

(投げる球は、初めから一つだ。無限バッテリー渾身のストレートを、破滅の覚悟があるなら投げてこい!そして、俺の限界を超えてみろ!)

 ストレートを待つ国井。だが一奥が投じた三球目に、その視線はゆっくりと上へ向けられた後に閉じられた。

(斉藤一奥。これがお前の限界か)

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力の差

 カキーン……

 国井は、天上ボールと共にバッテリーの心を打ち砕くような凄まじいスイングで完璧に捉えた。

 打球は、左中間スタンドへ飛び込むスリーランホームラン。得点は11対7、四点差となった。盛り上がる一塁側の名京ベンチ。そして、三塁側の西島ベンチは心配そうにグラウンドのナインを見つめていた。

 国井がホームインした後、集まると思われた西島ナインは動けずにいた。下を向く一奥以外の皆が見つめるその先には、じっと座ったまま動かない遠矢の姿が。それでも我慢ができなかったファーストの杉浦は、嫌な空気を振り払うように遠矢に詰め寄ろうと叫んだ。

「遠矢!てめぇ」「杉浦先輩!」

 止めたのは一奥だった。

「打たれたのは俺だから。遠矢のせいじゃねぇよ」

「うるさい!天上ボールを三球続けたのは遠矢(アイツ)だ!だんまりは許さん」

「ちょ、杉浦先輩!」

 一奥の声を振り切り、再び杉浦が遠矢へ詰め寄ろうとする。その時、止めに入ろうとした一奥がつまずいて転んだ。一奥は疲れが足にきていた。

 その様子に杉浦は「むむっ」っと立ち止まり、ショートの神山が「戻れ!杉浦!」と叫ぶ。杉浦はしぶしぶファーストへ戻るが、冷静そうに見えた神山も内心は焦っていた。

(遠矢。これは点差を考え、一奥に無理をさせないリードだったのだろう。どのみち今の国井には、何を投げても打たれていた。ファールを打たされ球数が増えるよりマシだが、それでも遠矢の様子は変だ。そして一奥、お前もなぜ動かない……?)

 不穏な空気を残したまま、抑える策がない西島を名京の攻撃が襲いかかる。それは、常勝名京を知る観客にはいつもの光景。国井がタイムリーを放った後は、連打の雨が相手チームに降り注ぐ。

 紀香監督のトラストリミットで完成したはずの無限バッテリー。それでも国井のタイムリミットを、抑える事が出来なかった。

「これで一点差だ!」

 名京一番バッターのタイムリーで、ついに試合は11対10の一点差に。さらにノーアウト満塁で、打者一巡した二番の平勢を打席に迎えた。

 なすすべがない西島バッテリー。一奥は両手を膝に着き、遠矢は両膝を地面に着けていた。

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