自由参加バンドの打ち上げ

 スタジオreadyから歩く事20分。商店街を抜けて裏路地をクネクネ曲がると、赤提灯が二つぶら下がる日本食の出そうなお店に着いた。

 築30年くらい?引き戸の上にある横長木製の看板には、英語でburstと書いてある。凄いギャップだね…と思っていると、レイを先頭にガラガラと扉を開けてno nameのメンバーがお店に入っていった。

「いらっしゃい!」

 中から声高な男性の声がした。早苗(さなえ)の背中からお店を覗き込むと、赤い短髪を立てたねじりハチマキをする男性が、カウンター越しにおたまで鍋をかき混ぜていた。

 凄いギャップ……

すると、男性がレイの顔を見て「お?」と微笑んだ。

「なんだレイか。ライブお疲れ」

「あぁ、次は参加してくれよ。大夢(ヒロム)がいないと面白くないからな」

 今参加って言ったけど、この人もno nameのメンバー?

「俺は店があるからな。また都合のいい日に参加するわ」

「そうしてくれ」

 ヒロムとレイの会話に続くように、ギターとベースを弾いていた二人ものれんをくぐった。

「ヒロムお邪魔!」
「うわっ、今日も客少ねー」

「お前ら、一言多いぞ!嫌なら飲ませねーからな!」

 二人はカウンターに座り、早苗(さなえ)に続いて私ものれんをくぐった。

「お?サナ、その子は新入りか?」

「違う違う。私の親友の菜緒(ナオ)。今日ライブ見に来てくれたの」

「そっかそっか。可愛いからま~たレイがスカウトしたのかと思ったわ」

 ヒロムの見た目は怖いけど、悪い人ではなさそう。

「俺は本気なんだけどな」

カウンターに座るレイの呟きに、早苗が飛びつくように座った。

「レイ、マジ!!菜緒になにやらせるの?」

 あの……勝手に話が進んでますけど、私の気持ちは……

「何でもいいさ」

 レイの意味深な言葉に、私はモジモジしてしまった。正直、どうしていいのかわからない。

「おいレイ、その子菜緒ちゃんだっけ?困った顔してるぞ。あんまりいじめんなよ」

「そうなのか?」

「えっ?」

 ヒロムとレイに見つめられ、私は思わず下を向いた。

「私はno nameに入るつもりは……」

「まぁいいから。とりあえず座れって」

「はい……」

 私は早苗の隣に座った。

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メンバー紹介

「レイはビールだな?」

「あぁ」

 手慣れた仕草で、ヒロムはレイにジョッキを差し出した。

「それよりネオはどうした?また打ち上げはサボりか?」

「いつものことだろ」

 ヒロムとレイの声に、私は周りを見渡した。そういえば、彼は来てなかったんだ。妙に緊張してて気づかなかった……

「サナと友達はウーロン茶でいいか?」

「ヒロム!私は今日こそビール!」

「まだ19だろーが。未成年だからダメだよ~ん!」

「う~飲んでみたいのにぃ」

 早苗の気持ちはわかるけど、それはさすがにね……

「菜緒!大学生だしビールだよね!」

「え……」

 早苗の目が助けを求めてる。でも……

「う、ウーロン茶でお願いします」

「菜緒の裏切り者ー!」

「だって……」

 その直後、ヒロムの笑い声が聞こえた。

「サナ。一年後なら嫌でも飲めるんだ。我慢しろよな」

 レイはさとすように話す。大人だなぁ……

「レイまでそう言うかなー。せっかくの打ち上げなのに……」

 諦めきれない様子の早苗に構わず、ヒロムはウーロン茶を差し出した。

「まぁまぁ。ほれ、ウーロン茶」

「あ~ぁ、つまんないなぁ……」

 口を尖らせる早苗に続き、「どうも……」と私もウーロン茶を受け取った。

「奈緒」

「はいっ!」

 突然呼ばれたレイの声に、背筋が伸びた。

「そんなに驚くなよ」

「すみません……」

「まだ紹介してなかったからな。こいつ、ここのマスターのヒロム。って言っても店が実家なんだけどな」

 実家なんだ……なるほど。

「よろしくな。ヒロムちゃんでいいよん」

「あ、よろしくお願いします」

 会話をしながら、ヒロムは冷奴やもろキューをカウンターに置いていく。ギターとベースの二人にもビールが差し出され、そんなヒロムの顔に穏やかさを感じた。

 へぇ~とヒロムを見ていると、「ん?」とヒロムに気づかれた。

「奈緒、そんなに緊張するなよ。no nameはな、家族みたいなもんだ。上下関係もないし、呼び捨てタメ口がルールだ」

「そうなんですか?」

「まぁ、一応レイがルールなんだけどさ……」

 少し照れ臭そうに、ヒロムがレイを見た。

「ヒロム。お前は大げさなんだよ」

「わっ、悪かったな!」

 二人の会話に、私は思わず笑ってしまった。大人だからなのか、気を使ってくれてるのかな?

「なにか、no nameってバンドの感じがしませんね?」

「おっと、ナオ!敬語はなしだ。サナなんてよぉ、最初からだからな」

「わ……わかっ……た……」

 言われた通りにしてみたけど、なんか照れ臭い。初対面なのに、本当にいいのかなぁ……

「ナオを見てるとさ、なんか初々しいよな。まさかサナにこんな親友がいるとは……信じられねぇ」

「いーでしょーヒロム。ナオに手出ししたら許さないからね!」

「出さねーよ、なぁレイ?」

「それより奈緒」

「無視かよ!」

 ヒロムは苦笑いしてるけど、明るい雰囲気のおかげで「はい」と普通に返事ができた。 

「お前さえよければ、本当にno name入らないか?」

本気だったスカウト

「no name……私、楽器とか何にも出来ないけど……」

 困った私がレイの返事を待っていると、ヒロムから意外な言葉が出てきた。 

「ナオ、ウチでバイトしてもいいぞ?」

「バイト?それなら……」

「おぉ、看板娘ゲットだわ!」

 ヒロムは喜んでるけど、なにか違うような気が……

「だからナオに手を……」「出さねーって。サナ、いいから座れ」

「全く……」

 ヒロムが手を下げ、立ち上がった早苗は座った。

「あのー、レイ?」

「ん?」

 話そうとしたその時、レイの向こう側に座る二人が声を上げた。

「おいレイ!早く乾杯しよーぜ!」
「マジ喉カラカラ」

「そうだな。それじゃ、ライブ成功に乾杯!」

『乾杯ーーぃ』

 みんながグラスを合わせ、私は早苗と乾杯した。その時、再びレイと目が合った。

「で、ナオは色々聞きたいんだろ?」

「うん……でも色々あって混乱しちゃって、何から話せば……」

「なら、no nameの紹介からするか。リーダーが俺っていうのはいいよな。それから、後のメンバーは決まっていないんだ」

「え?どういうこと?早苗やみんなはメンバーじゃないの?」

「まぁ……ちっと複雑なんだがな……」

 目を閉じたレイは、なにかを思い出すように手で顎を触った。すると、早苗がこっちを見た。

「ナオはもうno nameのメンバーなんだから、今日からサナでいいよ」

「え?私もうメンバーなの?でもメンバーはいないって……」

 もう、なにがなんだかわからないよぉ……

「私がいいって言ってるんだからいいの!ねぇ?レイ?」

「まぁな……」

 強引にメンバーにされた……でも、悪い気はしないかな……

「さ、サナ……なんか変な感じする」

「そう?」

 早苗はサラッと言ったけど、なんか照れ臭いよ。慣れ……かな……

「サナ、続けていいか?」

「ごめんレイ。邪魔したわ」

 サナがウーロン茶を一口飲むと、レイが話し始めた。

「例えばこいつ、ヒロムはダンサーなんだ」

「そうなんですか……」

「駅前でのパフォーマンス中に、俺が拾ったんだけどな」

「おいレイ、拾ったとか言うな!ちゃんとスカウトって言えよ」

 この二人は面白い。じゃあ私も今日拾われたってことなのかな……

「うるせぇからこいつ(ヒロム)は置いといて、今日のギターとベースはそこの二人にやってもらったんだ」

「今日の?」

 メンバーじゃないって話と繋がる……

「ちーす」
「どーもー」

 笑顔の二人にピースされ、私は頭を下げた。

「二人はno nameのメンバーだが、他のバンドがメインでヘルプのようなものだ。つまりno nameは、メンバーがいない自由参加バンドなんだよ」

「自由……参加?」

 だからなにもできない私をno nameにってこと……

「あぁ。それからサナか。サナはライブ終了後に楽屋に飛び込んで来た時に拾った」

「レイ!私がno nameに入ったのー!」

「まぁまぁ落ち着け。それで後はネオか……」

 レイの口から出たその名前を聞いて、ゴクンと唾を飲み込んてしまった。

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あいつのバンド

 ネオかぁ……

「あいつはな……」

 レイは何かを思い出すように目を閉じた。僅かな沈黙の中、ふと私の脳裏に駅前の風景が映った。その瞬間、私はつい腰を浮かせてしまった。

「まさか、路上ライブで拾ったの?」

「フフッ、ナオに先に言われたか。そうだ、俺はネオを路上ライブで拾った。お前の顔を見てると、その気持ちはよくわかるが少し違う」

「違う?」

「ネオは俺の誘いを断ったんだ。というより、元々no nameはネオのバンドと言った方が正しいだろうな」

「えっ?」

 no nameが……あの人のバンド?

 私は静かに座ると、レイは人差し指をテーブルにトントンと叩き、ヒロムを呼んだ。

「ヒロム、ビールくれ」

「はいよぉって。レイ、今日はペース早くねぇか?」

「そうか?」

『アハハ!』

 何事もなかったかのような周りの空気に、私は一人取り残された。視点の合わない私に、おかわりのビールをグビッと飲んだレイが話を続ける。

「ネオってさ、変わってるだろ?だけど俺は、あいつの才能に惚れてしまった。だから提案したんだよ。自由参加ならどうだ?ってな」

「ハッ」

 そういうことか……

「ヒロムがno nameは家族みたいだと言ったが、あれは俺の口癖だ。それくらい大切で仲がいいってのもあるが、家族はネオの心を動かした唯一の言葉なんだよ」

 声が出なかった私は、小さく頷くだけだった。

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